(投稿者 木村祐基)3月27日、東芝機械(4月1日から芝浦機械に社名変更)の臨時株主総会において、村上世彰氏系の投資ファンド、シティインデックスイレブンス(以下、ファンド)によるTOB(株式公開買付)に対抗する買収防衛策(既存株主に無償で新株予約権を割り当てる)が、62%の賛成で可決された。ファンド側が事前に、株主総会で買収防衛策が可決されたらTOBの提案を撤回すると表明しており、買収者側が提案を取り下げたため、買収防衛策が実際に発動されることはなかった。
買収防衛策については、投資家は一般的に原則として反対という姿勢であるところ、今回の事案ではどのような点が賛否を検討する際のポイントになったのかを考えてみたい。なお、本稿は、会社側、ファンド側の開示資料とメディア報道に基づいて筆者が考えたことを述べるもので、当事者への取材などは行っていないことをお断りしておく。

TOB提案に関する原則論と整備されてきたTOBルール
まず、TOBについての原則論として、そもそもTOBに応募する(株式を売却する)かどうかは株主の自由な判断に任せるべきで、会社(経営者・取締役会)がこれを妨げるべきではない。経営者・取締役会が行うべきことは、株主が正しい判断を行えるように、買収者に十分な情報を出させること、またできるだけ株主が有利な価格で株式を売却できるように買収者と交渉することであり、会社が買収防衛策を使って株主が自分の持株を売却する機会を妨げるべきではない、という考え方がある。
もちろん、TOBの提案が「強圧性」があって株主が本当は売却したくないのに売却しないと損害を被る可能性があるために売却を余儀なくされるような場合や、買収者がいわゆる「濫用的買収者」で、買収者自身など一部の株主だけが利益を得て、株主共同の利益が守られないような場合には、経営者がこれを阻止することも正当化されるだろう。ただし、強圧性や濫用性は慎重に判断されなければならない。
既にわが国の金融商品取引法のTOBルールも整備されてきており、TOB提案者に対して会社側が質問や意見表明を行う時間の確保などは相当程度可能になっている。このようなことを受けて、近年、いわゆる事前警告型の買収防衛策の導入・継続には機関投資家の反対が多くなっており(もちろん防衛策の内容によって賛成しているケースも皆無ではない)、買収防衛策を廃止(継続を断念)する企業も増えている。東芝機械も2019年6月の株主総会で買収防衛策の非継続(廃止)を決めたところだった。

有事導入型買収防衛策の事例
一方、今回の東芝機械の事例のように、TOB提案がなされた後に、これに対抗して事後的に会社側が導入を図る、有事導入型の買収防衛策については、機関投資家も、その都度ケース・バイ・ケースで判断するほかないというスタンスであろう。
有事導入型の買収防衛策が実際に導入・発動されたケースは、過去に2007年のブルドックソースの事例が1件あるだけである。今回のケースは、その後買収防衛策をめぐる法制度や資本市場の環境も大きく変化してきた中での新たな事例として記憶されることになろう。
ブルドックソースのケースでは、買収防衛策が株主総会で承認された後、買収者側(スティール・パートナーズ)が裁判に訴えたため、法廷での判断に持ち込まれたが、裁判所でも発動が認められる結果になった。
その判決の内容は地裁、高裁、最高裁でそれぞれ異なっているが、最高裁での判断では、①株主の相当数が賛同したこと(議決権総数の83%の株主が賛成)、 ②買収者には新株予約権に相当する金銭が支払われ、買収者に経済的損害を生じていないこと、などにより正当と判断された。 もっとも、②の金銭的補償については、これが必要かどうかはその後も議論の分かれるところになっている。また高裁では、買収者が濫用的買収者であるともされた。

今回の東芝機械では、買収者側がTOBを取下げたので、司法判断が示されることはなかったが、機関投資家の視点から、議論のポイントを検討してみたい。

東芝機械の株主構成と賛否比率
はじめに東芝機械の株主構成を確認しておこう。日経新聞の記事によると、2019年9月末時点の自己株式を除く株主構成は、外国法人32%、国内金融機関27%、国内法人16%、個人その他24%、証券会社1%となっていた。またファンド側(共同保有)の2020年1月時点の保有比率は約13%であった(上記の分類のどこに何%含まれるかは不明)ようだ。
総会後に公表された臨時報告書の投票結果を分析すると、議決権の行使率は約73%であった。議案への賛成率は62%だったが、買収提案者を除く株主の約76%が賛成の投票を行ったと推計される。国内法人は、取引関係者などいわゆる政策保有株主と見られ、ほとんどが会社側に賛成したものと仮定すると、その他の一般株主(外国法人、国内金融機関、個人)の約6割が賛成、4割が反対だったと推計することができる。なお、新聞報道によれば、外国人株主は約6割が賛成し、国内株主は反対も多かったとのことである。

「部分買収」の問題点
一般的に、機関投資家は買収防衛策に否定的であるが、今回賛成した投資家が多かったのは、特に海外投資家に影響力がある議決権行使助言会社のISSが会社提案に賛成の推奨を行ったことが影響したと考えられる。
ISSも一般的には買収防衛策に厳しい判断を行ってきたが、今回賛成した理由は、①TOBの提案が「部分買収」であること、②買収者が買収後の経営方針を示していないこと、が主な理由とされる。
特に「部分買収」の提案については、一般株主への公平な扱いに反する、株主共同の利益に合致しないとして、TOB規制のなかでしばしば議論となっているところである。
今回、ファンド側は、最大43.8%の株式取得を目指すとしていた、この比率は、東芝機械の過去の株主総会における議決権行使比率が75~80%程度であったことを考えると、実質的に議決権の過半数を支配できると言えるレベルである。日本におけるTOB規制では、このような部分買収が認められているが、これに対しては、少額の投資で実質的に会社を支配でき、支配権が買収者にわたるが、会社は一般株主を残したまま上場を続けることになり、支配者が交代した後の経営方針がわからなければ、一般株主が損害を被るかもしれないし、株主として残るべきか、退出すべきかの判断が困難であるといったことから、特に海外投資家からの批判が強い。
英国やEUでは、TOBに際しては「全部買収」(TOBに応募した株主のすべての株式を買い取ること)が義務付けられている。また米国では、制度上は部分買収も可能であるが、少数株主保護の意識が強いため、実際には全部買収が定着しているとされている。
では、日本でも「全部買収」を義務付ければよいのではないかというと、投資家の立場からはそのような意見が多いのではないかと思われるが、むしろ企業側から部分買収を認めてほしいという要請が強いとも言われている。日本では、親会社が過半数の株式を保有しつつ、子会社を上場させて、上場のメリットを求める「親子上場」が広く行われており、全部買収が義務付けられるとこのような施策が行いにくくなるためである。
実際日本では「友好的買収」においてはこの部分買収の手法が広く使われている。投資家からは批判も強いが、友好的買収であれば、通常、株主がこれを阻止する手段は見当たらない。今後のTOB規制のあり方についての大きな論点といえそうだ。

買収者による経営方針の開示は必須の条件か?
次に、買収者が買収後の経営方針を明らかにしていないという問題について考えてみたい。実は、TOB提案に対して株式をすべて売却した株主にとっては、買収成立後の経営方針はさほどの関心事ではないかもしれない。しかし、部分買収では、TOB成立後も既存株主の株式保有は残ることになる。
今回のケースでは、買収者がTOBで取得する株式は最大30%程度なので、現在の株主は保有株の65%程度[1-(30%÷87%)=65%]はそのまま残ることになる。また、近年増加しているパッシブ運用の投資家にとっては、買収後もその会社がインデックスに残っている限り、保有し続けることになる。したがって、会社の支配者が変更された後に企業価値が下落すると損失を被ることになるので、買収成立後に会社が企業価値を高めていけるかどうかは重要な問題である。そのため部分買収者の経営方針が信頼できないものであれば、買収を阻止したいと思うであろう。その意味で、部分買収の場合、買収者の経営方針は、投資家の判断にとって重要性を増してきていると言えるだろう。
また、会社側が、対応方針に関するお知らせの中で、村上氏系のファンドが過去に行ったいくつかの投資事例について、濫用的買収にあたるのではないかという説明資料を開示したことも、投資家の判断に幾分か影響したかもしれない。
ただし、この部分買収に関する問題は、完全買収(100%買収)の場合には当てはまらない。既存株主は保有株を買収者が提案した高い株価ですべて売却してしまうからである。しかし、株主以外のステークホルダー(従業員、取引先、地域社会など)にとっては、会社の支配者の交代は重要な問題であり、TOBにあたって株主が他のステークホルダーへの影響を考慮すべきかどうかは難しい問題である。近年、ESG投資など企業と投資家の社会的な責任への関心が高まる中で、「投資リターンの最大化」を優先するか、「すべてのステークホルダーの利益の最大化」を考慮するか、なかなか答えは出ないかもしれない。

TOB価格の評価
今回、TOB提案価格は3,456円であった。同社の株価は過去2年間以上2,000~2,500円程度で推移してきた。同社の一株当たり純資産は3,447円(2019/3期)であり、株価は純資産を大きく下回ってきた。買収提案価格は純資産とほぼ同額という提案であった。今回、買収提案価格の妥当性については、少なくともメディアではあまり議論されなかったようであるが、この価格をどう評価するかも投資家にとっては重要なポイントの一つであろう。
TOBの提案においては、経営陣が買収価格の妥当性について買収者と交渉し、できるだけ高い価格で株主にTOBの機会を与えることが責務と考えられているが、そのような交渉が行われた様子は見えなかった。経営陣が自社の株価水準やTOB価格をどう評価しているかについて、そのメッセージを聞きたかったというのが株主・投資家の感想ではなかろうか。
会社は、TOB提案を受けた後の2月4日に中期経営計画の見直しと経営改革プランの策定を公表した。2023年度に営業利益率8%、ROE 8.6%を目指すとした。前年の5月に公表した前の中計では設けていなかったROE目標値を示すなど、株主の視点を意識したものとなった。さらに2月21日には、6月末株主に30億円(1株当たり124円)の特別配当を行うことも正式に発表するなど、株主視点の経営計画や株主還元に一定の姿勢を見せた。
TOBが撤回された後、当社の株価は2,000円程度まで下落している。新型コロナウイルスの影響拡大で世界的に株価が下落しているため一概に経営陣への低評価を反映したものとも言えないかもしれないが、純資産価値に比べて極めて低いレベルであることは否めない。
TOBは撤回されたが、ファンドは依然として大株主として残るし、市場で買い増すことは可能である。経営陣には、引き続き株主との対話を続けつつ、中計で掲げられた施策を積極的に実行して、株主の期待に応えることが課題になろう。

以上