— 開示・監査・ガバナンスのレギュレーターのあり方とは? —

投函者(三井千絵)

 

2018年12月18日、これまで企業開示、コーポレートガバナンスにおいてグローバルにリーダーシップをとってきた英国FRC(Financial Reporting Council)に対し組織改編を求める独立調査団レポート“Independent Review of the Financial Reporting Council” が発表された。

レポートは英国BEIS(Department for Business, Energy and Industrial Strategy)担当長官から諮問されたジョン・キングマン卿によって作成された。4月から約8ヶ月の調査を経て83項目の勧告が記載されていた。レポートはFRCを「企業報告、ガバナンスそして監査の質、正確性、信頼性は投資家そして広く企業が関わる公共の場で最も重要なものである」とし、そのために現在のFRCを新たな組織に置き換えることが必要と提言している。

FRCはこれまで、スチュワードシップ・コードコーポレートガバナンス・コード、そしてストラテジック・レポートに代表される開示の改善に取り組んできた。Key Audit Mattersも他国に先駆けて導入した。日本で言えば金融庁のような役割を一部担っているわけだが、もともとは財務会計基準を作成する機関で、ASBJやFASB、IASBと同様、独立した民間団体である。そのユニークなプロジェクトのひとつであるFinancial Reporting Labでは、開示のベストプラクティスについて投資家と企業などの関係者がひざを突き合わせて議論をする新しい形を創造してきた。

 

この独立調査が行われた背景は、昨今英国で発生したいくつかの会計不正事件だった。特に2018年1月に英国第2位でグローバルに4万3000人の従業員を抱えていた建設会社カリリオンが経営破たんしたことは、英国社会に衝撃をあたえた。鉄道や公共施設の建設を広く請け負い、下請け業者も多く、影響は広範囲に及んだ。この責任の一端に監査を請け負っていたKPMGの責任が問われ、その後英国では監査のクオリティ問題についての議論に発展した。2018年6月にはFRCからKPMGの監査のクオリティについて問題があると追及する評価レポートが発表された。しかしKPMG側はあまり深刻にその評価を受け入れているようにはみられない対応で、FRCに“監査法人に対する権限がない(弱い)”とった批判が寄せられた。

FRCは、他のいくつかの国でもそうしているように、1990年に財務会計(UK GAAP)を策定する団体として政府から独立した形で設立された。その後ガバナンスや監査についても担当となり、2つのコードや開示のフレームワーク作り、そして監査報告書の改革と、日本でいえば金融庁と同じような役割になっていったのは、その時々でそれが最適だと政府も関係者も考えたからだろう。実際Comply or Explainベースで原則主義を基にしたコードは、柔軟にマーケットの声を拾いやすいFRCならではの成果も大きかったのではないか。しかしレポートは“必要に応じて適切な権限をもち、恐れられることも必要である”と、政府機関でないことを弱点として分析しているようだ。

 

レポートは現在のFRCがこれまで内外ともに非常に尊敬される仕事をしてきたことは、その冒頭で少し認めている。FRCが生んだコードや開示のフレームは、日本をはじめとしてアジアの多くの国で参考にされている。だから今後もグローバルにリーダーシップをとっていくものであるとし、権限がないにも拘らずこれまでも事実上の力をもつイノベーションがあった、そのひとつがFinancial Reporting Labだと述べている。それでもレポートが“FRCのような立場の組織は、今のままではだめ”と言っている点として、例えば監査法人に対しては、米国のPCAOBと比較して監査品質に対する対応は不十分であると述べている。また企業開示については、FRCが現在行っているチェックが良い効果をもたらしているようだと言いながらも、これまでFRCが策定してきたストラテジックレポートなどが(その前のレポートを簡素に下にもかかわらず)開示の量が増えているが投資家に有益な情報であるか証拠はないとし、今後はユーザーの利益にかなっているかの評価をBEISに報告するべきと勧告している。そしてスチュワードシップ・コードについては、投資家がコードを“適用した”というだけですんでいると問題視し、投資家はその報告をすべきだと提言している。この提言は2019年1月にはじまった英国のスチュワードシップ・コード改定のコンサルテーションにすぐに反映され、運用会社は活動報告書を開示することが義務付けられる方向だ。またこういったFRCの活動面だけでなく、レポートはこれまでFRCのボードの選出が、オープンに募集されなかったことがあったと、そのガバナンス体制についても追求している。

 

しかしFRCは、グローバルにおけるリーダーシップだけでなく、これまで他国のレギュレーターに比べ驚くほど投資家から信頼されていた。同じ目線で一緒に問題をさぐり、解決方法を探る姿勢は政府機関でないからこそ持てたのかもしれない。実務や現場の課題を丁寧に調査し、ベストプラクティスを研究した。それらの活動が2つのコードや開示ガイドラインを支えた。これは英国の原則主義にあっていたといえる。

こんなことがあった。ある夜、ロンドンで開示に関わる様々なプレイヤーがFRCに集まっていた。Financial Reporting discussion Groupという集まりで、公認会計士協会やIIRC、開示支援企業、投資家団体など様々な人が互いに声を掛け合い定期的に集まっているそうだ。議題はもちよりで、この日はIFRS15号の開示の状況などについて、ICAEW(The Institute of Chartered Accountants in England and Wales 英国の公認会計士協会の一つからプレゼンが行われ、その後意見交換が行われた。参加者の一人に連れられて筆者も参加した。ディスカッション後も、もちよりのワインやスナックで遅くまで談話していた。こんなレギュレーターはおそらく世界にあまりない。

 

レポートはこんなFRCに政府機関となって強力な権力をもち、議会に報告をし、仕事のやり方を見直すことを求めている。・・・これは本当に機能するのだろうか。しかしそんなキングマンの提言に、地元の公認会計士や、投資家、FRC自体も、実は「基本的には良い提言」と言っている。このようにしなければ、今は監査の質を上げ、会計不正をなくしていくことはできないと考えているようだ。

また気になることがある。以前はロンドンで投資家にヒアリングしてもFRCを悪く言う声は全くきかれなかった。しかしキングマン・レビューが出た後、状況が少しかわった。ロンドンの投資家からも「もっとスチュワードシップ・コードにESGについて明確に書いて欲しい」、「FRCがいうのは報告のことだけだ。スチュワードシップ活動について書いて欲しい」といった不満が聞かれるようになった。もちろんこれらに対する反論も聞くことができた。「報告を求めるのがFRCの役割だ。具体的な内容は投資家が決めること。だからどうすればいいかは、我々が決めるべきだ」後者のほうが従来からの英国だと感じるのだが。英国の投資家も変わってきたのだろうか。

日本が2013年にスチュワードシップ・コード導入の検討をはじめてから、英国は常にお手本だった。FRCもFRCが提供するLAB、コード、ガイドラインは理想だった。弱点があったかもしれないが、良い部分を壊さないよう、今後英国においては、どうか慎重に議論して欲しいと思う。そして我々も、英国で起きていることを知り、今後について良く考えていく必要があるだろう。