投函者(三井千絵)

 

休暇もマイレージも消化しなければならない3月末、筆者はフィリピンマニラを旅行した。(マニラは最も少ないマイレージで特典航空券が得られる都市の一つだ)短い滞在だったが幸いにも、フィリピンにある投資家団体CFAソサイエティのメンバーであるA氏に会うことができた。マカティの街角でお茶を飲みながら、若い市場の若い元気な投資家団体の活動を聞くことができた。

PSE_Manila

フィリピン証券取引所近隣。マカティ市

フィリピンの投資家・アナリスト

フィリピンは外国人に対してとてもフレンドリーなカルチャーだと言われているが、マニラやマカティといった都市では本当にそれを感じた。A氏は、大手ユニバーサルバンク2行(RCBC、Security Bank)はそれぞれ三井住友、MUFGグループと提携しているんですよ、と開口一番に話してくれた。また地元では日本のアニメがとても人気だそうだ。

ところで筆者は7年前の2015年夏、東南アジアの企業開示の進展を調査する仕事でフィリピンに訪問したことがある。その時はフィリピン証券取引所(PSE)に260社が上場し、株価は上り続け地元の市場関係者からは「上がりすぎた」と心配する声も聞かれた。投資家団体CFAソサイエティ・フィリピン(グローバルに投資家・アナリストを中心に17万人ほどに投資の専門資格を提供するCFA協会の資格取得者を中心としたフィリピンのソサイエティ)にコンタクトをすると、セルサイドでアナリストB氏が時間をとってくれた。当時のメモをみるとB氏からは「企業情報としてはPSEが上場企業に提出させている情報だけでなく、SEC(フィリピンの金融庁にあたる組織)が非上場企業にも提出させているiレポートを基にしたデータベースをよく使います。フィリピンでは(上場企業が少ないので)企業間比較に非上場企業もみなければなりません。iレポートのデータベースには年次報告書だけでなく、オーナーシップ情報が閲覧できます」といった話を聞いていた。SECはPhilippine Financial reporting standard をIFRSにコンバージェンスさせようとしていた。一方PSEはコーポレートガバナンスの開示に力をいれており、浮動株比率や株主総会資料、アナリスト説明会資料、オーナーシップ情報なども提出させていた。ソサイエティのメンバーで、大学の研究者たちは年次報告書のクオリティチェックをする活動を始めていた。しかし当時の会員数のメモが見当たらなかった。当時はまだ会員数はまだそれほど多くなかったように記憶している。フィリピンだけではないがアジア各国では上場企業数が増えていく中で、CFAの資格保有者も増えているその途上だった。

 

フィリピンの活動

あれから7年たったが、フィリピンは今でも世界の市場の中で若いほうだ。現在、国内上場企業の時価総額は約2700億ドル。コロナもあってか2015年の2400億ドルからそれほど大きく上昇はしていない。(ちなみにその前の7年では1000億ドルから2.5倍ほどの成長を遂げている)上場企業数も268社(2023年度)で殆ど増えていないようだが、CFA協会によると資格保有者は2015年の160名から390名となっている。ソサイエティの加盟者も300名ほどだという。(各国の資格保有者と地域のソサイエティの会員数は必ずしも一致しない)それだけフィリピンの金融機関のビジネスが拡大しており、CFA資格保有者がより雇用されている、と見ることができる。

そのような背景から、今CFAの資格は若い世代にどんどん浸透していて、学生からの問い合わせも増えているという。みなCFAの資格を取得することが、自分の将来のキャリアに役立つと期待している。そこでソサイエティでも、学生向けにリサーチイベントなどを催している。(日本のCFAソサイエティでもそのような取り組みがある)

ソサイエティではもちろん学生だけでなく、資格保有者が勤務先として選ぶような、資産運用業界や保険会社、年金基金などに対するアドボカシー活動も行っている。エクイティマネジメントやボンド、モーゲージ、M&Aなどをテーマなどで、Webinarというより、トレーニングも行っていて、一部は有料で提供している。そして興味深い活動として、入手可能な情報をもとに、運用の評価を行い”Fund of the year”の表彰を行っている点だ。これは5年以上で運用を行っているファンドが対象で、基本的にはパフォーマンスをもとに評価しているそうだ。CFAのソサイエティとして、CFA協会が提供しているGIPS(グローバル投資パフォーマンス基準)に基づいて運用評価をしている。

また、SECや中央銀行とエンゲージメントも行っている。今フィリピンでも、サステナビリティが大きなトピックになりはじめている。グリーンボンドや、サステナビリティ・レンディングは人気が出始めており、ポートフォリオが“どれだけESGにアラインしているか”をアピールするようになったそうだ。そのため、ESGやサステナビリティに関するメンバーの興味は高まっている。しかし変化はゆっくりだとおもう、とA氏らは感じている。グローバルにはNetZeroが叫ばれ、逆にグリーンウオッシュが問題となるほどだが、フィリピンではまだ数字よりESGをストーリーでとらえ、投資判断を行うことが主流だという。

 

グローバル基準に対する取り組み

グローバルの基準等に関する取り組みをおこなっている。このソサイエティでも、CFA協会が2021年に発表した「投資商品のためのESG開示基準」のプロモーション活動を行っている。これはもともとGIPSの教育活動をしてきた、ということもあるようだ。(CFA協会はGIPS基準を提供している経験をもとに、2019年からファンドのESG開示であるこの基準を作成していたため二つの基準は非常に近い考え方で策定されている)

もう一つのグローバルな取り組みで、サステナビリティに関する企業開示である、IFRS財団の国際サステナビリティ基準(ISSB)についても、「アナリストたちは興味をもっている。サステナビリティのターゲットやメトリクスについて、企業とエンゲージメントを始めている」とのことだ。一方EUをはじめとするいくつかの国や地域で取り組まれている「タクソノミ」(ESGと分類できる定義集)については、マレーシアやインドネシアほどはまだ注目されていないようだ。

 

資本市場の先輩として・・・

ところでフィリピンの企業が、他のアジア各国に比べて優れているのは英語開示だ。実際職場でも普通にフィリピン人同士で英語で話している。「フィリピンはたくさんの島からなる国で、地域でみんな違う言葉を話している。マニラ、セブ、ダバオ、みんな違う。だからフィリピン人同士でも英語で話す方が楽ということがある」3,800社を超える上場企業のうち有価証券報告書を英語で作成する企業が昨年40程度であった日本から見ると、これはやはりアドバンテージと感じる。

A氏の言葉やフィリピンのソサイエティの活動の話から、ESGやSEGsに対する関心を高めているこの若い市場の様子がとてもよくイメージできた。また滞在中あちこちで「2023年3月はNational Woman’s month、Gender Equality Inclusive Society」という紫の横断幕をみかけた。今年、日本も有価証券報告書にDEI系の開示項目を追加するが、ここでもDEIは注目されているテーマのようだ。

日本は、資本市場の先輩としてこのような若い市場に、ESGや開示でお手本を示すことはできるのだろうか。日本の金融庁はISSBに対し、人的資本の開示を早く基準化するよう意見発信しているようだが、東南アジア各国はどうだろうか。リーダーシップをとることは期待されているだろうか。新しい事業年度の始まりに、もう少し頑張らなければならないのではないか・・・と思ったひとときだった。