誰が短期志向か? 〜リードステア株主育成のために〜

(チョロ弾きおやじ)

誰もが短期志向である。同じ投資リターンが得られるのであれば早い方がいい。しかし、会社が価値を生み出すには時間がかかり、その可能性が株価に反映されるにも時間がかかる。価値を生み出すのに時間をかける会社が短期志向の投資家に資本を拠出してもらうためには、どうすればよいか。

オランダで株式会社が世界で初めて設立される[i]と同時に、株式の流通市場が生み出された。会社に拠出された資本は会社に留まるが、拠出した資本を回収したい投資家は流通市場で持分を売却することができるようになった。流通市場の成立があってこそ、株式会社は経済活動の推進母体として大いに普及したのである。

流通市場が整備されたからといって、投資家の短期志向が消えるわけではない。会社のイノベーションには10年以上はかかるとされるが、投資家の長期投資の視野は長くて3~5年だ。他人の資金を預かる機関投資家は、投資パフォーマンス競争の中で、より早くより高い投資リターンを求められる。四半期報告で悪い成績を出すと、ファンドから資金を引き出されてしまう。中長期の事業投資が株価に反映される可能性が高いと考えられる成長経済の時代であっても、四半期の成績を気にして機関投資家は短期的に株式を売買する必要性に迫られることも少なくないであろう[ii]。しかし、先進国経済は成熟化しているし、かつてBRICsと呼ばれた国々の経済の減速もはっきりしてきた。「日本の株式市場は永遠に不発です。」[iii]などという、おやじにしか通用しない自虐的な駄洒落も聞こえてくる。

株式市場に明るい見通しを持つことができにくい状況で、機関投資家は、どのように対応すればよいのか。

一つの方法は、小さな投資リターンを上げる回数を増やすことである。技術進歩で、人間が介在しなくても非常に高い頻度で小さな投資リターンを積み上げることができるようになった。しかも、デリバティブも活用できる。ヘリコプター・マネー政策は、この高頻度トレードやデリバティブ取引のチャンスを拡大している。

第二の方法は、割安に放置された企業に投資し、当該企業に働きかけて、比較的短期に株価を上昇できる施策を実行させることである。典型的には、自社株買いを実施させる、低収益・不採算事業を分離・売却させる、会社ごと他社に売却させる、などである。しかし、このアプローチは高頻度トレードに比べ時間がかかるし、コントロールできない要素が多い。不確実性を抱え時間をかけても大きな投資リターンが獲得できる投資対象に限定される。割安に放置され、しかも当該企業に大きな価値増大機会が存在するケースがメイン・ターゲットになる。あるいは、価値向上策を強引に働きかけることになる[iv]

第三の方法は、様々な投資ファンドを組成し、管理手数料を確保することである。機関投資家に個人は直接・間接に資金運用を委託している。米国の2012年のデータに基づくと、運用成績に関係なく、運用資産価値の0.77%を年間の運用管理手数料として機関投資家は得ているという。運用成績が振るわず、ファンドから資金を引き出される状況でも、新しい投資ファンドを組成すれば、管理手数料を確保することができる。こうした新規投資ファンドの組成が運用資金の回転を上げることは否定できない。しかも、投資ファンドの販売手数料も稼ぐことができる。しかし、このアプローチは、本質的価値の創造につながるとは限らないし、資金運用の委託者利益を毀損している可能性が高い。本質的な価値を生み出していないにも拘らず、報酬が高いという金融業界への批判が近年高まっている。金融資本市場規模と本質的価値創造活動規模の格差が拡大してしまっていることが背景にある。「世の中は不平等だ」という現実を理解しながらも、所得格差、資産格差の問題が先鋭化しているのは、格差の理不尽さ、度を越した不平等にあると考えざるを得ない。

おカネを早く回収したい、という願望は投資家に限ったことではない。ストック・オプションを大量に付与された経営者も早期の株価上昇を望む誘惑を断ち切るのは簡単ではないだろう。米国企業が証左だ。ほどほどの株式型報酬にしなければならない。

政府も同じだ。可能な限り早期に、税金を取りたい。2016年4月1日に役員等に報酬として交付される譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)が日本でも導入できるように税制が変更された。しかし、譲渡制限が解除された時点で所得課税(譲渡制限解除日の株価で評価された金額が所得とみなされる)が適用される。株式を売却した時点では、「売却株価-解除日株価」に譲渡益課税される。解除日以降速やかに課税対応のために株式を売却しなければならない。解除日に速やかに売れるようにするという動機付けが内包されているといえる。短期志向が強いと言われる米国では、譲渡制限解除日には課税されない。売却して現金を手にした時点で課税される(「現金化時課税」と呼ばれる)。

この現金化時課税は、米国ではスピンオフでも適用される[v]。日本企業のイノベーション力の向上には、日本企業が各々の得意分野に特化し、全体のエコシステムの中での優位なポジショニングを確立する必要がある。成長経済下における大量生産大量販売というビジネス・モデルでは、垂直統合や事業多角化が競争優位の源泉であったが、垂直統合や事業多角化は、必ずしも得意でないオペレーションや活動を自社で行うことを意味する。稼ぐ力を向上するには、日本の大企業の中で低収益・不採算事業のスピンオフが必要なら障害なく進められる体制が整備されなければならない。

株式投資における短期志向という性質は人間の持つ性ともいえる。道徳や規制の価値を否定しないが、道徳や規制で消すことができるものでもない。金銭欲を無くせ、といっているようなものだ。金銭欲をなくせ、では人間は幸せにはなれない。むしろ、ストレスを高めるだけであろう。他人の資金を受託している機関投資家は、受益者の金銭欲を満たすことに専念する責任を負う。しかも、低成長経済ではこの性はより強くならざるを得ない。

しかし、低成長経済であるからこそ、経済活性化にはイノベーションが必要である。大きな価値を生み出すイノベーションに早道はない。簡単に実現できるイノベーションは簡単にマネされてしまう。大きな価値を生み出すイノベーションには、長期的視野に立った投資家間でのバトンタッチが必要だ。投資家の短期志向は長期志向の会社に対する規律付けになるが、行きすぎるとイノベーション自体が阻害される。

株式投資の短期志向とイノベーション投資の長期性という矛盾をどう活用するか。

産学連携の推進は、イノベーション投資の長期性問題を緩和する効果を持とう。しかし、株式投資の短期志向に対応する政策を展開する必要がある。現金化時課税は最低限必要だろう。しかし、これだけでは不十分である。米国の状況が教えてくれている。

保有期間に応じて課税水準を変えることが一つの方策だ。例えば、投資してから1年以内に獲得した譲渡益には通常の所得課税を適用する。保有期間2年、3年、4年、5年ごとに、譲渡益課税率を25%、20%、15%、10%と低下させていく。長期保有を前提に株式投資を行うことが最終的な受益者にとって望ましくなるから、長期投資パフォーマンス競争が機関投資家の間で促進される。この過程で、機関投資家は、投資先企業に関するファンダメンタル分析を深め、投資先企業との対話の充実を進めるであろう。この譲渡益課税はベンチャー投資促進にもなる。

最適資本構成という概念があるが、最適株主(所有)構成はどのように考えればよいのであろうか。株主は企業の基本方針を承認し、取締役を適切に選任する権限を持ち、その権限を適切に行使することが期待されている。同時に、流動性と適正な株価形成に貢献することも期待される。そのためには、株主構成に多様性が確保されていなければならない。

多様性を前提として投票行為によって適切な結論が導かれるためには、独立した意思決定ができる多数の投票者が「平均」以上のインテリジェンスを持っている必要がある。コンドルセの陪審定理が教えるところだ。

個々の企業レベルでの最適株主構成では、当該企業の本質的価値を見極め株価形成をリードしてくれる「リードステア[vi]」と呼ばれる機関投資家を企業が惹き付けていることが重要である[vii]。企業にとって、リピート・カスタマーが重要であるのと同じである。評判が評判を確実なものにするのも同じだ。リードステアとは安定長期保有株主ではない。本質的価値を株価が大きく上回っていると判断されれば、持分を売却する株主である。売却しない株主ではない。大きく下回っていれば、株式を買い付ける株主である。所有者であれば、所有物の価値の向上に関する当事者意識を持っている筈である。リスク・シェアリングの仕組みとしての株式会社には、リスクを小分けして分散させることだけでなく、見解の相違を利用した移転可能性が確保されていること[viii]も含まれる。こうした株式を巡るExit(適正な株価形成と流動性の確保)とVoice(企業に適切に関与する所有性の発揮)のバランス問題が最適株主構成を考える際の無視出来ない側面である。

ExitとVoiceのバランスの観点から現実の日本全体の株主構成、特に機関投資家構成を見ると、こうしたリードステア株主が少ないのではないか。大企業には海外機関投資家がリードステア株主的な役割を果たしているかもしれない。中小企業に関しては、リードステア株主としての役割を果たせる機関投資家は多くないのではないか。企業の大小に拘らず、リードステア株主としての役割を果たせる多様な機関投資家は日本企業に対して少ないのではないか。多様なリードステア株主が存在する資本市場が、様々な形でリスク資本を提供できる成熟した資本市場である[ix]。スチュワードシップ・コードは、機関投資家に対して一つのベンチマークを示した点で評価できる。しかしながら、ムチとしてのコードだけでは多様な機関投資家を育成することは困難である。投資家の短期志向性に対処するインセンティブが提供される必要がある。上述したような譲渡益課税の変更は、投資の短期性を緩和し、多様なリードステア株主を育成する効果を持つ筈である。

2016年6月2日に発表された日本再興戦略2016では、コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードの実効性を高め、日本再興を進めるとある。しかし、それには、税制自体の短期志向を是正し、投資家の短期志向を緩和し、リードステア株主を育成する必要がある。多様なリードステア株主の増加は、他の投資家や企業経営者などに良い刺激を与え、中長期的な企業価値向上を促す効果が期待できる。もちろん、税制変更は特定の利害関係者に望ましくない影響を少なくとも短期的に与えるかもしれない。日本再興戦略で取り上げられた成長分野に関する投資に限って、譲渡益課税の変革を行うことから始めてもよいかもしれない。どう試行するかも含めて、このような税制改革に関する議論が様々な角度からオープンに行われることが日本再興には必要であると思う[Ⅹ]

 

脚注

[i] 1602年に設立されたオランダの東インド会社が世界最初の株式会社である。英国の東インド会社は1600年に設立されたが、当初、航海が計画されるたびに出資を募り、航海終了後に出資金と利益をすべて返還する形式であり、継続的な資本を有しているものではなかった。オランダと同様の株式会社に変更されたのは17世紀半ばであるという。ただ、オランダあるいは英国の東インド会社の難破・拿捕率は1割程度だったようだ。悪い投資ではない(古田裕清、源流からたどる翻訳法令用語の来歴、中央大学出版、2015年)。ベンチャー・キャピタルの成否は10社に1社でも10倍の投資リターンが達成できれば、そこそこの投資リターンを出資者に提供できるとされる。1600年ごろの株式の流通市場といっても、東インド会社の航海成功率からすると、現代のような頻繁な取引活動を想定しなくてもよかったであろう。

[ii] だからといって、四半期開示をなくせ、という議論は望ましいとは思わない。人も企業も性弱である。

[iii] 個人の名誉を守るために、出所は明かさない。筆者が作成したものではないことは明記する。

[iv] 良いアクティビスト株主と悪いアクティビスト株主が存在するが、アクティビスト株主が存在すること自体が企業に対する一つの規律付け、ガバナンス・メカニズムになっているといえる。

[v] スピンオフは子会社(新設を含む)の株式を親会社の株主に現物配当として交付することで、子会社を分離する組織再編を意味する。現金化時課税とは、現物配当を受領した時点では株主は課税されず、子会社株式を売却し現金を手に入れた時点で課税されるというものである。子会社の株式の価値を含む親会社の株式が、スピンオフによって、子会社株式と残りの親会社株式に分解されただけであって、所得は発生していない。したがって、課税されない。子会社の株式を20%未満の比率であれば、株式市場で親会社が売却しても、スピンオフ税制は確保される。

[vi] Lead Steerである。一般的な定義は、「他者を追随させる力を持った支配的な人」である。Steerとは「かじを取る、操縦する、ハンドルを切る」などに加えて、「助言、情報」を意味する。Leadは「先導する」「主要な、中核の」などを意味する。株価の方向づけをし、必要に応じて会社に助言や情報提供を行う中核的な投資家を少なくともいくつか確保していることが、企業の中長期的視野に立った企業経営と適正な株価形成が促される、という考え方である。対応策や評価を生み出せる多数の投資家に加えて、提示された論点を評価することができる投資家が多数いることが望ましい株主構成といえる。

[vii] 1970年代にある日本企業が海外IRを行った際に、ヘンリー・シュローダーに言われたこととして関係者から聞いた話が興味深い。「機関投資家は、①担当者が頻繁に売買する「ファイル」ボックスに入れておくもの、②それよりは長期に所有するもので「金庫」に入れておくもの、③美術品の「額縁」の如く、財産として超長期で保有するもの、の3種類に株式を区分する。」 同社がどれに分類されたのかは不明。2016年では、投資対象株式を③に区分するのは困難であるように思えるが、Warren Buffett氏率いる上場投資ファンドといえるBerkshire Hathawayはここでの②と③を中心に運用しているといえる。

[viii] 流通市場を整備することは、投票の回数を増やすことを意味する。回数を増やすことで、コンドルセの陪審定理の成立前提である多様性と平均以上のインテリジェンスが確保される条件がより満たされることになる。この論理が成立するためには、企業による適切な情報開示が必要であることを強調したい。

[ix] 野村證券の相田雪男氏の対談録の中に、ニューヨーク大学でのファイナンスの講義の回想がある。ファイナンスの教授が、講義の際に、リンゴを持ってきた。そのリンゴを生徒の前で一口かじったという。そして、かじられたリンゴに値段をつけろ、と生徒たちに迫った。そして、どんなモノにも値段をつけ、取引の対象にできるのが成熟した資本市場である、と語った。かじられたリンゴに適正な価格形成ができるか否かが資本市場の評価を決定する。成熟した資本市場には、取引対象物に関して独自に考え判断し行動できる多様な機関投資家が必要となる。あらゆるものをマネタイズできる能力を持つことが資本市場の能力・競争力につながる。しかし、あらゆるものをマネタイズしてよいか、という視点は重要である。

[Ⅹ] ここでの議論はリードステア株主(機関投資家)の育成にフォーカスした。しかしながら、投資家・株主が企業の中長期的企業価値向上を阻害しないための歯止めとしてどのようなことが企業サイドに提供できるか、という論点も重要であろう。例えば、アクティビスト株主による株主権の濫用に企業が対抗するために、取締役会に米国のユノカル基準のような指針を何らかの形で示すことの是非、必要性も検討に値する。なお、ユノカル基準等に関しては、「武井一浩他、上場企業法制における企業の中長期的利益とショートターミズムとの調整(上・下)―最近の欧米の議論の諸相から―、商事法務No.2097(2016年4月5日号)、No.2098(2016年4月15日号)」を参照せよ。ユノカル基準とは、一定の条件を満たせば、たとえ企業買収の局面であっても、取締役会は、短期的な株主価値を最大化させる義務を負うものではないという考え方を支持するものである。具体的には、企業経営を行う権限は(株主総会ではなく)取締役会にあることが徹底されていることを前提に、市場で株式が買い集められることで企業の取締役会が考えている中長期目標の施策の実現に支障が出るおそれに対応するため、①会社が考える中長期的施策への脅威が存在すると信じる合理的理由があること(脅威要件。)、②防衛措置が当該脅威との関係で相当な内容であること(相当性要件)、の2つの要件が満たされた場合、ライツプランの発動解除をしないことは取締役の善管注意義務違反にならないという規律がユノカル基準と呼ばれるものである。①の脅威要件は、取締役の誠実性(Good Faith)と合理的調査(Reasonable Investigation)によって立証可能とされ、独立社外取締役が過半数を占める取締役会の承認を得ることで証明度を高めることができるとされる。②の相当性要件については、(1)買収防衛措置の内容が過酷(draconian)か否かが、強圧的(coercive)(すなわち、対象会社の現経営陣の提案する選択肢に従うことを株主に強制するもの)または排斥的(preclusive)(すなわち、企業買収を決定的に不可能にするもの)でないかという観点から検討され、(2)過酷でない場合には、当該措置が合理的範囲内(within a range of reasonable)か否かが検討される。会社の経営陣が中長期的な施策を持たず会社の支配権を手放す状況になると、ユノカル基準は適用されない。取締役会は株主が手にできる売却価格をできるだけ最大化する義務を負うことになる(これはレブロン基準と呼ばれる)。米国では、①会社経営における時間軸の設定権限は取締役会に排他的に与えられており、②裁判所は会社の短期的価値と長期的価値の比較論に立ち入ることはせず、取締役会の考える時間軸を尊重し、当該時間軸に脅威をもたらす買収に対して防衛措置をとることにも取締役会側に広範な裁量を認めている、とされる。