投函者(三井千絵 — ディスカッション参加者のみなさまのご意見をまとめました–

 

日銀が購入するETFの残高が膨らんでいる。これはエクイティ市場にとってどういう影響があるのだろうか。9月中旬、日銀のオペレーションに関する専門家も交え、増え続ける日銀保有のETFが及ぼす影響についてディスカッションを行う機会があった。参加者は主に機関投資家でスチュワードシップ活動に取り組む立場であったり、企業のガバナンス問題についてなんらかのかかわりをもつ。そこで次の3つの問題点について議論した。

・スチュワードシップ・コード導入後、機関投資家が取り組んできた企業のガバナンス改革に対する影響

・マーケットの価格形成力に対する影響

・保有者である日銀自身のリスク管理(ガバナンス)の状況

以下にその議論の要旨と認識した点について述べていく。

 

1.現状確認とこれまでの経緯

日本の株式市場は安定株主が非常に多い。上場企業の安定株主を、子会社・関係会社として保有しているケースや退職給付信託などの保有分も考慮し個社ごとに計算すると未だに35%ぐらいになる。これに創業家や会社関係者個人の保有分を加えると、TOPIXの組み入れ比率を計算する時に用いられる浮動株比率の逆数である固定株比率が、東証一部で平均すると約46%ということと符合している。商事法務「株主総会白書」の安定株主比率アンケート結果とも符合する。

そしてこれに加えて、公的年金(GPIF、公務員共済など)が8%で、うち9割ぐらいがパッシブ運用、そして日銀保有ETFは2018年3月末で24兆円、つまり市場全体の4%に迫ってきている。

公的年金が当面資産配分を変える可能性は少ないだろうし、日銀は簡単には売却に動けないだろうから、これまでも安定株主の存在で浮動株が少なかったが、これがさらに少なくなってきており、更に日銀が現在のペースで購入を続けると毎年1%ずつ減少していく。

また購入の仕方も特徴がある。日銀がETFを新たに買いいれれば公表されるため、その日の株価と照らし合わせると、日銀は株価が下がったポイントで購入をしている。つまり株価を下支えしようとする相場操縦になっている。世界では中央銀行が株を保有しているケースはない。

購入したETFは、これまで日銀が市場で金利の調整のために買入れしてきた債券と異なり償還されない。反対売買をするまで日銀のBSに残る。それは日銀のバランスシートをエクイティのリスクにさらしている。

このような事態となった経緯については、もともと日銀が行ってきたオペレーション自体がすでに海外から無謀と言われるほど多くの資産を抱えている状態になっている。そのような中で国債だけを購入するのはよくないという考え方から、2010年にETFやREITも購入対象となった。一方で2013年ごろからFRBや海外では資産圧縮の議論が起こり始めている中、黒田総裁になり日本だけは物価2%上昇実現が政策目標となり、ETFの購入規模も、2014年、さらに2016年に現在の年間6兆円のペースにまで急拡大されてきた。

しかしその後、元日銀政策委員会の審議委員であった木内登英氏が4月9日に発表した記事「日銀のETF処理スキーム」にも見られるようにETF購入の問題点は日銀関係者の中でも認識されていると見ることができる。7月31日の政策会合で柔軟化の方向性も示されたが、年間6兆円の購入目標は維持されたままであり、現に相場の下げ局面では、引き続き積極的な購入が続いている(大きく下げた2018年10月月間の購入額は過去最大の8436億円に上る)

 

2.参加者から出た意見

参加者からは、まず日銀自身が本当にリスクを認識しているのか、日銀内でのガバナンスはどのように機能するのか、という点について指摘が繰り返し聞かれた。当然、日銀は他のエクイティ市場参加者(企業や投資家)とは立場が異なり、株式を資産運用の目的で購入していない。従って、バランスシートのリスクを考慮するより、下がったら買うということが日銀の使命となる。日本国債を500兆円買ったことから考えると、目的のためには、東証上場銘柄全てを買うこともありえるのか、このまま株価が下がったらどうするつもりなのか、といった意見も出た。

企業のガバナンスに対する影響がもっとも心配されるが、それについては主に責任投資部門に属する参加者から、「ETFは運用会社が組成し、議決権は運用会社が持っている。したがって取締役選任議案も反対できるし、エンゲージメントも行うことができる」と、悪影響はない、あるいは悪影響がないように自分たちがしっかり頑張る必要がある、という意見も聞かれた。ただ一方、「ガバナンスや業績に問題のある企業の株価が下がったり、株安になればM&Aをされるかもしれない、というプレッシャーを経営に与えることが重要だ。“株価が下がっても買ってもらえる”と経営者が考えれば、マーケットは経営者に対し緊張感を与えることができなくなる。議決権行使は機能しても、もともとのガバナンス改革の目的であった、資本の効率性は達成できるのだろうか?」といった懸念が示された。

 

参加者の中には、マーケットの価格形成に悪影響が出ていると感じたケースはなかったが、アセットオーナーである一人はアセット・マネージャーから、「中小型株の価格がおかしくなっており、企業の業績と関係なく株価があがる。これではアクティブ運用を辞めたい」と言われたことがある、と述べた。

しかし、一方ではこの原因は、日銀のETF購入ではなく、市場全体でパッシブ運用の割合が大きくなっているからではないかという指摘があった。特に日銀がTOPIX連動ETF購入の割合を増やした時、逆にNT倍率が上がったという点を挙げ、マーケットの価格形成に悪影響を与えるのは、日銀の購入だけではない、という意見が多かった。

ある参加者は「海外に比べて、非効率的な面があるマーケットなので、割安になっても経営者は困らない。海外であれば買収されるようなケースでも、そうはならない。そういう状況で、日銀が更に買う量を増やしていけば、緊張感がなくなるというマイナス面が大きい。それはアクティブ運用のアセット・マネージャーにとっては、非常に厳しい状況になる」と述べた。

他にはパッシブ運用の問題点として、そもそもTOPIXに2000銘柄も入っていることが、他の市場よりさらに問題を大きくしている、エンゲージメントに限界がある、という点が挙げられた。

 

3.日銀は出口に向かうことはできるのか?

日銀がETFを購入することに対する問題は、その問題の深さに対する認識の程度差はあったものの、それではどうすればこの後、“解決”することができるのか、という点が深刻な問題であることは、ほぼ参加者全員が同じように認識していた。この状況で金利が本当に上がったらどうなるのか、また「株価が下がっている時のボラティリティは、日本株市場は比較的高いと思う。だから日銀が思っているより下がると思う」といった意見が出た。

まず日銀がETF購入をやめられるのかどうかという点については、2%の物価目標は果たして達成できるのか、達成できるまでETF購入をやめないのか、ということから、このような物価目標はもう諦めるたら良いのではないかという声があった。7月31日の政策決定会合の結果、今後の動きに期待できるという意見もあった。

次に日銀は保有してしまったETFをどうするのか、という点だ。債券と異なり償還されないETFは売却しない限りずっと持ち続けなければならない。売却が市場に察知されれば株価が下落する引き金になる。ある参加者は保有株式の配当を利用して徐々に市場に放出してはどうか、と述べたが、この方法は年月を要する。それだけ問題の根が深くなってしまったことを意味する。

別の参加者は、全上場企業が同時に自社株買いを行い、バランスを取りながら日銀が撤退すれば株価に影響を与えずに解消する道もあるかもしれない、と述べた。しかしそれをするには同時に一日も早く日銀にETF購入を止めてもらわなければならない。

 

日銀のETF購入はその額が増えるにつれ、将来にわたった深刻な問題となってきている。解決策は限られている。多くの関係者がまずはこの問題を共有し、解決に向けた議論が早急に必要と言えるだろう。エクイティ市場に関わる関係者の更なる注目と議論が必要と考えている。