投函者(三井千絵)

 

アジア株に投資をする投資家による団体ACGA(Asia Corporate Governance Association)は11月10日と11日、ロンドンで4年ぶりとなる対面のカンファレンスを開催した。(ACGAはパンデミックの間、香港で対面開催を行ったことがあるが、海外からは参加できず)2019年の11月はまだコロナ前であったが、香港の情勢が不安定であったため年次カンファレンスを一旦2020年の2月に延期、しかし今度は新型コロナウイルスの蔓延がはじまり、結局2019年度のカンファレンスを中止した。

ACGAはオーストラリア・ニュージーランドを含むアジア全域をターゲットとしているが、やはり日本の話題は多い。カンファレンスではまず直近10年を振り返るセッションがあり、その次は “Are stewardship codes working in Asia?”というお題で、アジアで最初に導入された日本のスチュワードシップ・コード(以下、SSコード)の話がメインとなった。また3つ目のセッションでは“ジャパン”と、“アジア”という2つのセッションに分かれたが、アジアのセッションでも結局日本の制度への不満が話題となった。モデレータは「アジア各国で法令などに違いがあり、ギャップを感じることはありますか?」といった質問をしたが、パネルのうち2人が連続して「ええ、あります。日本では・・・」と日本のケースを出した。一人は有価証券報告書が株主総会の前に発行されない問題について指摘、もう一人はコレクティブ(コラボレート)エンゲージメントがやりにくい、SSコードで積極的にサポートされていないといった点を指摘した。

 

コラボレート・エンゲージメント

コロナ禍もオンラインで海外投資家とやり取りをしてきたが、対面で話して改めて感じたことも多い。日本では、日本版SSコードが“コレクティブ・エンゲージメント”を強く求めていないことについて、問題点としての指摘はそれほど強くは出ていないようだ。しかしこのカンファレンス中、複数から“日本のSSコードは今年改訂しないのか?”、”コレクティブ・エンゲージメントはどうなるのか“と問われ、改めてこの問題を考えた。

海外の、というより英国の投資家がこの点を繰り返し指摘するのは、やはり英国のSSコードが生まれた時からコレクティブ・エンゲージメントを奨励していたこと、そしてここ数年の間にますます英国の投資家の間で大小様々なコレクティブ・エンゲージメントが増えていることが背景にあると考えられる。英国のコードは2010年に今の形式になってから、コレクティブ・エンゲージメントを奨励してきた。その理由は第一に投資家の負担軽減、そして効果を高めるためだ。英国でもパッシブ運用が多くなり一社当たりの保有は少なく、エンゲージメントの効果は期待薄にも見えた。また英国企業を保有する投資家の海外比率は9割に及び(2017年頃FRC担当者談)、地元のコレクティブ・エンゲージメントを行うグループであるインベスターフォーラムはFRCから「海外投資家も誘ってほしい」と言われていたそうだ。FRCは海外投資家にもSSコードにサインをすることを奨励し、英国企業に対するエンゲージメントで活かせるようコーポレートガバナンス・コードの改定期には説明を積極的に行った。国内外問わず投資家に“英国企業のガバナンスの向上に効果的に関与してもらいたい”というFRCの期待がみられた。もう一つの背景としては、ここ数年気候変動・インパクト投資系のコラボレート・エンゲージメントが増えている点だ。投資家のエンゲージメントはGHG排出量だけにとどまらず、森林破壊や海洋汚染など様々な自然資本系のテーマに広がる。しかしこれらは気候変動以上に専門知識を要し難しい。「何かのテーマについて、アカデミックやNGOの取り組みとコラボレートできると、きっかけになる。そこで専門家と一緒にリサーチをし、どうすればリスクが減らせるかを分析する。そしてペーパーを出したりして、同じ企業に投資をしている投資家などにも理解を広げ、コラボレートする」といった取り組みが以前よりさまざまなところで行われているようだ。CFA協会のESG資格を最初に立ち上げたメンバーであるB氏は「投資家側のナレッジの構築が急務。まずはこのコラボレートのような取り組みをやっていくしかない」と感じている。ロンドンではも以前は“コレクティブ・エンゲージメント”と呼ばれていたが、ACGAの今年のカンファレンスでもすっかり“コラボレート”という言い方が定着しているようだった。

 

海外の投資家から見た日本

日本にもコレクティブ(コラボレート)・エンゲージメントの取り組みをする投資家はある。機関投資家協働対話フォーラムでは、7社の参加投資家が連名で企業にレターを送ったり、協働で対話を行うといった活動を行っている。理事長を務める木村氏は「日本では確かにコレクティブ・エンゲージメントに制約がある。これはSSコードだけの問題ではない。協働でエンゲージメントしている内容が金商法上の重要提案行為に当たらないということに注意を払っているが、”重要提案行為“の定義の内容が広いことが難しい点だ」という。重要提案行為を投資家が協働で行っていると認識されると、投資家が5%以上保有した場合に提出する大量保有報告書を、協働の投資家の保有分も合計して報告しなければならなくなるため、5%を超えるケースが増え、またその後日々変動分を報告しなければならなくなる。(何もなければ月2回の報告)これは大手運用会社には非現実的だ。

木村氏は「協働エンゲージメントについては、日本のSSコードの書きぶりが英国等にくらべて弱く、金商法の規定も海外に比べて協働エンゲージメントに対して厳しいのは事実だ。しかし、金融庁の有識者会議などでも問題提起がされており、金融庁でも前向きに検討していただけることを期待している」という。しかし日本人であっても難しいルールとその運用は、それだけで外国人投資家から見ると “妨げられている”と感じてしまうだろうし、更に日本は英語資料が圧倒的に少ない国だ。アジア諸国でも外国人投資家が関与するところの政府のサイトや法律文書などで、英語の説明がないというのはあまりみなくなった。いまだに日本の官公庁等にように英語情報は一部しかない、という状況では、それらに対する理解もなかなか進まないだろう。

2022年の株主総会シーズンで、はじめて英国の運用会社から気候変動リスクに関する対応を求める株主提案が行われた。ESGを求める日本の機関投資家でもこの提案に賛成しなかったところがあったことは、英国の投資家からみたら“意外”であった。理由は様々であったがそれすら英語情報が少なく、「そもそも日頃からコレクティブ・エンゲージメントを推奨していないからでは・・・」という思いを抱かせたかもしれない。

 

日本の投資家はコラボレートに関心を持たないのか?

国内の運用会社も、グローバルなコラボレート・エンゲージメントの活動を含むプラットフォームに参加しているケースはある。責任投資原則PRIやACGAのような様々なテーマを扱っている団体や、気候変動やダイバーシティ、自然資本など固有のテーマを取り上げているグループに日本の運用会社も参加している。そのようなプラットフォームで頻繁にコラボレート・エンゲージメントに参加しているM氏は「グローバルなプラットフォームで“重要提案行為か?”といった話題が出ることは全くない」という。

PRIについては、日本からは100団体以上の機関投資家が参加している。もちろんPRIではコレクティブ・エンゲージメントだけではなく、何かESGに関する課題についてステートメントが出される時に署名をすることで賛同を示したり、ディスカッションを行うワーキンググループに参加することもできる。しかしM氏は「体感としてよく活動しているのは、参加機関の1/10ぐらい」という。その中でコレクティブ・エンゲージメントまで参加する機関投資家は更に少ない。「日本の投資家はあまりコレクティブ・エンゲージメントをするメリットを感じていないのかもしれない」

逆に英国の投資家はなぜコレクティブ・エンゲージメントにメリットを感じるのだろうか。ひとつは英国のスチュワードシップコードに要因がある。まずコードが明確に奨励しているので、そのようなコードに署名をするということは、まず他の投資家とコラボレートすることが良いことだということだ。そして英国のコードはエンゲージメントにせよ議決権行使にせよ、アウトカムを強く求めていることも影響しているかもしれない。英国ではスチュワードシップ・コードの署名機関になるだけでも、FRCが当該機関が開示をしているレポート類を調べ、スチュワードシップ・コードに資する活動をしているかエビデンスチェックを行う。この時アウトカムを明確に示していないと、署名機関にすらなることができない。アウトカムを生み出すには一社ではなく、コレクティブ・エンゲージメントを通したほうがもちろん効率が良いだろう。

 

日本のスチュワードシップ・コードは3年に一度見直すという文言が本文に記載されており今年はその3年目にあたる。フォローアップ会議では、もうコードに必要なことは盛り込まれており、今年特段の修正は必要ないという意見が主流のようだ。しかし運用方法もコードの議論の一部といえる。日本でももっとアウトカムを重視したり、企業への効果がどれほどか検証をする必要はないだろうか。3年に一度といわず、常日頃から行うべき活動ではあるが、この機会に今一度見直してみてはどうだろうか。