投函者(三井千絵)

 

3月27日、キヤノンが有価証券報告書を提出した。この監査報告書は今年から早期適用となったKey Audit Matters(監査上の主要な検討事項、以下KAM)の記載がなされる新しいレイアウトフォーマットになっていた。

ニューヨーク証券取引所にも上場しているキヤノンは、同日米国SECに英語版を提出、この有価証券報告書に添付された監査報告書も同様に英訳され、KAMとしてあげられた項目が記載されていた。いよいよ日本でもKAMを記載した監査報告書が実際に提出されるようになったのだ。

 

この新しい監査報告書には、2つのKAMが記載されていた。ひとつは「のれんの評価」、もうひとつは「未払い販売促進費の評価」である。先行する英国の事例や、昨年(監査報告書としてではなく)自主的にKAMを発表した三菱ケミカルの事例から比べても項目数は少ない。しかしKAMの数は多い方が良いという訳ではないので、まずはこの監査報告書を見てみたい。

 

 

キヤノンのKAM

まず、「のれんの評価」を監査上の主要な検討事項とした理由について述べている。商業印刷事業及びメディカルシステムビジネスユニットに帰属するのれんの公正価値が、帳簿価額を超過する比率は他の報告単位に比べて小さいが、報告単位の公正価値の決定にはマネジメントの見積もりが反映され、その際に用いる売上高成長率や営業利益率といった仮定ついて市場の影響を受けやすい、だから重要だと考えたということだ。

そしてそれに対する監査人の対応としては、報告単位ごとの公正価値の見積もり方法をネットワーク・ファームの評価専門家を集め評価した、と書かれている。それから経営者の見積もりを、過去の見積もりと実績を比べることによって評価したそうだ。次に仮定の変動に伴う公正価値の変動を調べ感応度分析を行い、またキヤノンの時価総額と指摘した、と書かれている。

公認会計士からみると「みんな同じようなことをやっています」という。「これだけ会計士がチェックすれば、のれんに減損のリスクはなかったと考えていいのでしょうか?」聞くと「う〜ん、複雑ですからね・・・」

この中で肝なのは、おそらく公正価値の評価だろう。ネットワーク・ファームの専門家を入れたと、言われたら納得するべきだろうか。ただもう少し会社固有の状況を具体的に書けないものだろうか。会社固有の状況、例えば中国に関連会社が多いとか、同じ有価証券報告書に書かれている情報にひもづいてチェックをしたことなどが書かれていれば、納得感があるのだが。

 

次は「未払販売促進費の評価」だ。「顧客との契約に基づく取引価格は、売上に応じた割戻し等の変動対価を含んでいる。変動対価は、過去の傾向や売上時点におけるその他の既知の要素に基づいて見積もられる。会社は期末日において、変動対価に関する未払費用を計上している」

つまりこの見積もりには、「販売促進期間における見積販売数量及び対象製品に対して提供する販売促進費の水準といった仮定を含む」と述べている。この部分は複雑で専門家の判断を要するからこれを監査上の主要な検討事項に該当するものと判断した、とある。これについては納得だが、気がついたのは「のれんの評価」のほうにはのれんの帳簿価格が出ているが、こちらには該当する金額が出ていない。従ってこれがものすごくPLに大きい影響をあたえるのかどうかがわからない。

また、実際の監査で行ったことについては、見積もりに使用されたデータを検証した、前期の見積もりと実績を比較し影響を評価した、期末日後の状況をみて評価をした、と書かれている。こちらも数字がないので、評価した結果がどうだったのかがわからない。

 

 

SECファイリング

ただキヤノンの監査報告書は、厳密には日本監査基準に基づいたKAMではない。冒頭でも書いたように米国に上場するキヤノンは米国会計基準で財務諸表を作成しており、監査も米国公開会社会計監視委員会の規則に従って行われている。だからこの2つも正確にはKAMではなく、米国の監査報告書で開示が求められるCritical Audit Matters(CAM)だ。昨年の8月にマイクロソフトが提出したCAMも2項目しか記載されていない。内容は、収益認識と、法人税の不確実性だ。要件はKAMと変わらないと言われているが、米国ではどうやら平均的にCAMの数は少ないようだ。実際は米国の要件にあわせて監査報告書を日本語で作成し、その後、英訳してSECに提出したようだ。

CAMでは、KAMと同様、CAMの特定、選定の理由、その監査上の対応の記載が求められている。そして関連科目や開示への参照をしなければならないため、日英どちらも注記番号が記されている。

 

 

投資家はKAMに注目するべき

キヤノンの監査報告書は、他のKAMとは異なるかもしれないが、これから次々と早期適用企業のKAMが出てくるだろう。3月期末の企業にとっては、新型コロナウイルス感染拡大もありその財務諸表作成も監査も困難が予想される。そんな年に早期適用までしなければよかったと後悔している企業もあるかもしれない。

しかし、見方をかえれば、これだけ多くの事業や金融資産で減損リスクが高まっているだろう年に、KAMが始まることは財務諸表の利用者にとっては、非常にありがたいかもしれない。

まだ始まったばかりで、記載はわかりづらいところもあるかもしれないが、まずはKAMが記載されていたらよく読んでみるべきだ。それは企業の状況の理解に役立つだろう。そしてフィードバックを送ることは、企業との重要な対話となるのではないだろうか。