投函者(三井千絵)

 

IFRS適用企業が増えたといっても、未だ約3500社の上場企業がJ-GAAPで財務諸表を作成している。そのJ-GAAPでは、今年3月に「会計上の見積もり」の開示の会計基準が公表された。これまでもIFRS同様、資産や負債の評価を行い、必要があれば減損をしなければなかったが、この時経営者がどのような前提で計算をし、減損の有無を判断したか(会計上の見積もり)についての開示は、会計基準に入っていなかった。新基準は2021年3月から適用、今年から早期適用が可能であるが、これは日本企業にとって”難しい開示”になるだろうと言われていた。

 

会計上の見積もりの開示とは

企業会計基準委員会(ASBJ)は4月9日に開催された委員会で「会計上の見積もりを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響の考え方」について審議を行い、その結果を発表した。

その一週間ほど前の4月3日に日本経済新聞が一面で「減損緩和」が行われるかのような記事を出したことも影響したかもしれない。日経新聞の記事の後、JICPAなど関係機関は記事を否定したが、“コロナウイルスの影響で減損処理をしなければいけないような場合でも、今年は厳しく資産評価をしないかもしれない”と日本企業全体が疑われてはいけないというのが、この9日の審議とその発表に込められていたのではないか。ASBJは減損の評価の方法ではなく、経営者がどういう見積もりで評価を行ったかを、財務諸表注記に“追加情報”として開示するよう求めたのだ。

そのような開示がなければ、経営者が「見通しがわからないから評価は据え置きました」としているのか、今後の事業回復のシナリオをもって減損処理の必要がないと考えたのか、投資家にはわからない。逆にこの情報が開示されれば、投資家はこのシナリオが適切かどうかを自ら考え、企業と対話することができる。特に今年は、疑いを抱かざるを得ない経済状況にあり、実際3月末に株価も大きく下がった。このような時、説明が開示できるということは、投資家だけでなく自社内部に対しても透明性や方向性を示すことができる。

 

一向に開示されない”追加情報”

しかし、その後4月後半から5月前半にかけて開示された3月期決算企業の決算短信では、新型コロナウイルスの影響に関連する会計上の見積もりの記載は、J-GAAP企業にはほぼ見られなかった。そこでASBJは再度メッセージを発し、更に5月21日には金融庁がメッセージを発信して、2回のASBJの発表に触れ、この「コロナウイルスの影響による会計上の見積りにおける追加情報」だけでなく、それと整合した「事業等のリスク」、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)」の記載を改めて求め、それらは有価証券報告書レビューの対象であると述べた.

しかし企業側は決してASBJや金融庁の言っていることを無視しているわけではないようだ。これが話題となり話をしたある企業の経理関係者が「うちはちゃんと書いていると思うのですが・・・」と決算短信のリンクを送ってくれたが、そこに記載されていたものは関連した情報ではあるが“会計上の見積もり”ではなかった。J-GAAPの企業にとってはそもそもこの開示は今年は早期適用でこころの準備もなかった。あるエンゲージメントを重んじるアクティブ運用の投資家は「企業はまじめに考えていると思います。だからぼくは相談を受けると“(決算短信に記載がなくても)有価証券報告書か、第一四半期にしっかり書いてください”と言っているのですが・・・」とつぶやいた。

 

 “会計上の見積もり”は業績予想ではない

5月中旬、ある企業がこの“経営者の見積もり”を、財務諸表注記の“追加情報”に開示した。長文の説明があったわけではない。今年の売上は何パーセント減、回復期はいつと仮定をたてていることを明示し、資産の現在価値を計算して減損の必要なしと判断した旨が書かれているだけだが、投資家はこの開示を歓迎した。これは業績予想ではないので、重要なのは見積もりが正しかったかどうかではなく、今経営者がどう考えたか、或は実際に仮定を置いて判断したのか、だ。

金融庁もASBJも有価証券報告書のような法定開示書類でなければ、企業に対するエンフォースメントを効かせることはできない。しかし会計上の見積もりは、減損の判断に直結し、今年のように投資家にとって資産の減損が関心事項であれば、本来決算短信の段階から開示されるべきコンテンツといえるだろう。もちろんそういった情報が重要だということは多くの企業は認識していると思う。今年は、財務諸表上の記載の仕方に慣れていないだけで、たとえば非財務情報として決算短信と一緒に用意した説明会資料などで、その予想回復時期などを説明しているケースも多々見られた。そういった企業とはおそらく投資家も信頼関係を保ちやすかったのではないだろうか。

しかし見積もりの仮定は、本来は財務諸表を作成した段階であるはずの情報だ。今年のように減損の可能性がクリティカルな時、決算短信で開示せず、個別に投資家から質問をされてしまったらどう対応するのか? また、今後の事業環境について仮定を置いて判断していないとすれば、その財務諸表を前提にどのような経営判断ができるのだろうか。新型コロナウイルスの影響はまだまだ予断を許さないが、今のような時こそ、企業はこの情報を決算短信の段階から記載するほうが良いし、投資家も「これは業績予想を当てるための数字ではない」ことをよく企業に伝え、早い段階での開示を促し、より市場との信頼関係を築けるよう導いてほしいと思う。

 

 

■関連情報

日本証券アナリスト協会も「新型コロナウイルス感染症と会計上の見積もり」として4月30日に文章を出している。