投函者(三井千絵)

 

ESG投資、インパクト投資への期待は、グローバルな気候変動リスクに対する意識の高まりに伴い益々大きくなっているが、その中で最近“法的リスク”についても耳にするようになってきた。そんな中5月に行われたResponsible Investor のカンファレンスで、「法の中のESG」というパネルが設定され、筆者もモデレータとして参加することができた。本稿ではその議論について紹介したい。

 

ESGに関する説明は適切か?

4年前、あるオーストラリアの年金基金は、気候変動リスクを適切に考慮しなったことが「善管注意義務違反」にあたるとして加入者から訴えられた。2年後に和解となったが、このように年金基金が適切な運用をしていないと最終受益者から訴えられること自体は新しいことではない。ただそのテーマが、ついに気候変動やESGになったということらしい。

投資を行うというのは“契約”だ。だからESGに関する取り組みが投資の決定要因だった時、その説明が実は正しくなかったとなれば問題となる。これもESGに限らない。ESGに関することに投資をするといってお金を集めたファンドが、実はESGの何を考慮したのか不明であった・・・というケースも同様だろう。ESGという言葉はまだ定義がはっきりしないのに、年金基金でも個人投資家でも注目度が高まっている。そこで企業も投資家もこぞってこの単語を用いるようになり、意図的なミスリーディングの疑いも生まれ、“グリーンウオッシュ”という言葉で批判されるようになった。2021年の春、米国SECはESGと名乗っているファンドについて調査を行い、リスクアラートというレポートを発表、ESGの説明が十分ではないケースがあることを指摘した。その後米国だけでなく、日本の金融庁もESGを標榜する運用について、監視を強めることがたびたび報じられている

パネルでは2つのケースを取り上げた。まずは説明に関わること、虚偽記載リスクだ。そしてもうひとつは、ESGに関わる取り組みを行わないリスクだ。パネリストはESG評価機関と、PRI、国際非営利法律家団体で活躍する金融企業法弁護士の方という構成だった。

 

虚偽・誇張・不正確な説明によるリスク

ESG評価機関に属するパネリストの一人は、まず2015年に発覚したフォルクスワーゲン(以下VW)の排ガス不正の問題の事例を取り上げた。VWは2014年5月から2015年9月の間に債権を購入した投資家から集団訴訟を受けた。車の保有者による訴訟や罰金ではない。この間VWは3回私募債を発行し80憶ドル調達したが、この時 “排出量を小さく見せるツールを用いたこと”を開示をしなかったことに対し投資家が起こした訴訟で、結果的に4800万ドルで和解した。規制対応ができなかったことがVWの動機だったと思われるが、投資家は“環境に良い”ことに取り組む企業であると期待させ、その情報に基づいた投資判断が行われた。誇張、不正確な説明、そして虚偽の情報を投資家にもたらせば、投資家が提供した資金が大きくなればなるほど、その罪は重くなる。

米国SECは5月23日、BNYの資産運用子会社に対し、投資先のESGに関する情報開示が不十分だとして制裁金150万ドルを科した。同件が日本で報じられた5月24日現在、会社はSECの指摘は認めてはいなかったが、罰金は支払ったようだ。PRIからのパネリストは現在グローバルに規制当局が投資ファンドの目を光らせ始めている状況を紹介した。前述の2021年春の米国SECによるリスクアラートだけでなく、2022年の2月にはEUで、“グリーンウオッシング”の法的定義に向けた取り組みが開始された。また4月には英国FCAで新たな取り組みが始まった。これは過去一年間の調査に基づいた3か年計画で、ESG投資商品の誤解を招くマーケティングの発生率や、スチュワードシップ活動(エンゲージメント、議決権行使)などの評価を指標化することを目指している。ESG投資と名乗る運用への監視を強めることは、日本の金融庁も2021年の金融行政方針で触れている。

弁護士である3人目のパネリストは、日本の金商法に基づく法定開示責任のフレームワークの下でESGに関わる虚偽、誇張、不十分な説明が法的リスクを招くかどうかについて述べた。現在法定開示にはEやSの記載の要件がまだないため、刑事責任や行政責任を問う虚偽記載、記載欠缺を立証するのは難しい、としながら「投資商品の内容」、「企業の経営課題」、「事業等のリスク」などが該当することはありうると述べた。また損害賠償などを求める民事責任では、“誤解を生じさせないため必要な重要な事実記載の欠缺”となっており、米国のようなクラスアクションはみられないが、実は個人投資家が損害賠償請求を行おうとすると、立証は米国法より容易であると解説した。また現在ESG開示はスチュワードシップコードや、コーポレートガバナンスコードによるソフトローで導入されているが、現在金融庁では法定開示への導入が議論されており、今年中に改訂が予想される。その場合はしっかりとした開示をおこなわないことは法的リスクを高めるだろう、と述べた。

 

事業や投資においてESGに関する取り組みを行わないリスク

後半では、ESG評価機関に属するパネリストは、2016年に米国メリーランド州のバルチモア市が石油会社に対し行った告訴について取り上げた。BP、シェブロン、シェル、エクソン・・・多くの石油産業がバルチモア市で操業している。市は年々ひどくなる洪水、暴風雨、海面の上昇が市に多大な被害を及ぼし、その“MitigationとAdaptation”の負担を背負うことになったとしてこれらの会社を訴えた。地球規模の気候変動の影響そのものを、その地で操業する企業に責任を求めることは実際は難しい。しかし市はこれらの企業が事業と気候変動との関係を認識しながら、それを最小限に抑える努力をしなかった、として損害賠償を求めたのだ。

気候変動やその他のESGリスクに対処しなかったことの責任は、これからますます問われるかもしれない。冒頭のオーストラリアの年金基金のケースも同様だ。PRIからのパネリストは、最近PRI発表した「Legal Framework for impact」というレポートをもとに解説した。まず投資家の受託者責任は一般的に経済的利益の達成を主な目的とし、それに影響を与えるようなサステナビリティに関する考慮は、それを行う法的義務を負う可能性がある。しかしこのレポートでは、状況によって投資家は、経済的利益の達成以外の理由でもサステナビリティに関するの考慮を追求することが“できる”ケースを、レポートは整理している。ひとつは当該金融商品の目的がそうすることを約束した場合で、前章の虚偽開示と裏表のようだが、開示だけでなく具体的な目標として、「1.5度シナリオ」と整合しているか、SDGsの実現などを約束した時、それに向けて対応を行うこと自体が法的義務となるということだろう。

最後にやはり弁護士であるパネリストから、日本での受託者責任を求める法律について解説が行われた。日本での受託者責任は「善管注意義務(運用の専門家として注意を払って業務を行う義務、収益獲得の為合理的な裁量を行うことを求める)」と、「忠実義務(利益相反の防止)」が中心となっている。この善管注意義務がESG投資をどこまで許容するかという点については、中長期的に投資収益の向上につながる合理的な裁量のESG投資は許容される、という。また結果的に収益獲得に失敗をしても、具体的な投資手法、合理的な判断について開示があれば、紛争リスクは減少するだろうと述べた。そして現在のように気候変動リスクが予見可能となってきている状況では、逆に投資家がスチュワードシップ活動や売却によって気候変動リスクの削減を行うことは、善管注意義務違反防止に有効である、と解説した。

 

今求められること

いずれのケースでも、ESGへの対応やESGリスクの認識について、説明責任の重要性が改めて共有された。パネリストの一人は最後に、「とにかく、開示が重要だ。開示のないところで健全な市場は成り立たない」と強調した。

いまだ、資産運用関係者の中であっても「ESGの対応だけでも大変なのに、更に開示でコストを引き上げるのはいかがなものか」といった意見も聞かれるが、今やESGは事業や投資に影響を与え、経営者にとっても投資家にとっても考慮をしないことが責任となるかもしれず、また説明しないことは投資家に対し損失のリスクをもたらす可能性がある。そのようなムズカシイ時代になったということだ。気候変動やその他のESGリスクのある中で、我々は事業を営み、投資を行っている。その法的リスクの足音が聞こえる中で、ESGに関わる説明には真剣に取り組んでいく必要があるだろう。