投函者(三井千絵)

 

ロシアのウクライナ侵攻に対し、グローバルな機関投資家などによるガバナンス団体であるICGNは声明文を発表した。そこで戦争が及ぼす人権、社会の持続可能性、エネルギー転換に対する影響について、投資家は今どのように考えているかを取り上げたい。

 

ICGNステートメント

The International Corporate Governance Network (ICGN)は、2月28日そのホームページにロシアのウクライナ侵略に対するステートメントを発表した。ロシアの行為は国際法違反であり、民主的な主権国家とその国民に対する不当な攻撃であると非難し、適切な政府の行動に期待すると述べ、続けてこの侵略がパンデミックからの回復や、エネルギー転換に向けた取り組みに与える悪影響への懸念を述べた。そして機関投資家から見ると、ロシア企業の資本コストの増加、ロシアソブリン債の格下げといったロシア経済への今後予想される影響を挙げ、ロシア政府が行ったことはロシア人を含む長期のサステナブルな価値をいかに破壊したか、その責任がいかに重いかを訴えた。

 

グローバルな投資撤退の中で

すでに先週から、機関投資家や企業によるロシアからの投資撤退が始まっている。ノルウェーのソブリンファンドはロシアからの投資撤退を27日に発表カリフォルニア公的年金でもそのような議論が行われている。とはいえロシアの行為に対しては明確に支持しないといいながらも直に資産売却することにはいくつかの意見があるようだ。「受益者の利益を守るため適切な行動を取らなければならない」という。一方エネルギー大手のBPやシェルはロシアでの事業の撤退を表明している。そのような中、MSCIは28日メディアに対しロシア株の指数からの除外について検討をしていると話した。2月26日には国際決済システムSWIFTからロシア金融機関の排除への合意がなされてから、通貨も暴落し、ロシア中銀は政策金利を9.6%から20%に引き上げた。3月1日には米国のアップル社がロシアで製品輸出をストップしただけでなく、Apple Payの利用を制限している。たとえすぐにダイベストメントを始めなくても、雪崩のように影響が連鎖し、投資継続はいずれ難しくなるだろう。

このような状況の中、投資家はポートフォリのリスク管理と顧客資産の保護、サステナブルな投資としての判断、人権への配慮、指数の入れ替えなどによって必然的におこるダイベストメントなどをどのように今考えているのだろうか。

 

エネルギー政策へのリスク

ある日本の商社を担当するヘッジファンドのアナリストはサハリン2について、日本のエネルギー・セキュリティの観点で心配している。LNGポートフォリオの再編を進めているシェルにとってはちょうど売却しやすかったのではないか、と見ている。

一方で保険系ESGアナリストは「これまでEUが取り組んできたカーボン系エネルギーからの転換は、同時に局在しているエネルギーの政治リスクの回避の目的もあったと思う。シェルやBPがすぐ動けたのは、これまでの政策にあわせ脱炭素を進めてきたからこそだ。逆に言えばロシアはそれだけ危機感を感じていただろう」と述べた。2018年から取り組まれているEUサステナブルファイナンスの政策では、日本など域外の関係者から「天然ガスはCo2を減らし、地球温暖化対策に”貢献”しているのでは?」と問われても、頑なにそのグリーン事業のリストである“タクソノミ”からは天然ガス事業/利用を除外してきた。(今年の1月から一部のガスについて見直しが提案されているが)欧州は天然ガスをロシアに頼っているため、脱炭素だけではなく、エネルギー転換を成し遂げとげることで政治リスク回避の目的のほうも強かったのではないか。「日本も、エネルギー転換の1日も早い実現を考えなければならないのではないか」と同ESGアナリストは語った。

 

経済の寸断

SWIFT遮断についても、経済が寸断され多くの資産がリスクに晒されたことに対し、投資家としては複雑な思いがある。しかしそれだけではなく、制裁は強ければ良いというものではなく、ロシアが振り上げた拳をしまい込むための現実的な落としどころが必要ではないか、という気持ちもある、と上記の商社担当のアナリストは考えている。

一方で米国系運用会社のアナリストは「制裁は、顧客(アセットオーナー)がどう考えるか次第」と言う。たしかに昨今アセットオーナーがESGの行動指針をもっている。アセットオーナーがロシアの資産を売却、と判断すればそれに従う必要がある。その逆の場合は運用者としては苦しい対応をしなければならない時もあるだろう。リスクが高まったとして指数から除外されるほうが、楽かもしれない。

またこのような状況に直面し、投資家として今一度考えるべきは、古くから言われていることではあるが、海外投資において地政学的・政治的リスクをどう認識して投資判断を行なっていたか・・・ということだ、とあるアナリストは述べた。米国の国際政治・経済における影響力が低下する中で、投資プロセスを再点検しなければならない時期なのだろうか。

 

人権・従業員の安全

あるアナリストは偶然先日JTに取材をしたところ、先週の半ばでウクライナ現地従業員の安全を確認、安全の確保・退避をサポートしていく、と答えたことを評価していた。このような時会社のガバナンス体制が問われると感じている。別の信託銀行のアナリストも「ロシアの経済力を弱めることは、戦争を長期化させ、死者を増やす可能性もある」と懸念する。

米国系運用会社のESGアナリストは「これは人権の問題。人権はけっして“おもいやり”とかではなく、このような時、どういったアクションがとれるかだ」と言う。「台湾への武力行使が懸念される中国で事業を行う企業を我々はどう判断すべきだろうか」

人権についてはウクライナの人々だけでなく、ロシアの人々のことも考えなければならない。「報復の連鎖になる危険性だけでなく、結局国内のガバナンスを正すことができるのは、最後はその国の人々だ。だから彼らが立ち上がれなくなるほど経済を弱めることが、解決策とは思えない。投資家はもっと長期のサステナビリティを考えた上で行動を起こさなければならないのではないか」と悩む投資家も少なくない。  (続く)

 

この取材を続けていきたいと思います。続きは近日中に執筆します。