スチュワードシップ研究会有志 

政策保有株式に関する意見

趣旨:
スチュワードシップ研究会で議論する投資家有志は、コーポレートガバナンス・コードの企業による受け入れ本格化に際し、スチュワードシップの精神に則り、上場企業の政策保有に関する投資家の懸念をできるだけ分かりやすく述べ、企業と投資家のコミュニケーションのたたき台としたい。以下は当Blog掲載時点で研究会として検討したのでも多数の意見となったのでもない点にご留意いただきたい

一般に政策保有とは、事業提携の証や株式保有者の安定化等を意図したものと考えられる。しかし、政策保有以外の一般株主は、経営者が事業提携先のメリットのために株主の利益を損なうことを恐れる。例えば他の購買機会を逃しても高くで原材料を買い付ける可能性を懸念する。多くの場合多少の条件の悪化があっても長期的な取引がもたらすメリットがあると思われるが、単なる高コスト取引の現状維持や、議決権の棚上げを兼ねた「政策」投資になっていれば、株主を含む企業のステイクホルダーにとって価値の破壊となる。このような価値破壊は経営者が意図しないにも関わらず起こりうる。

このような「恐れ」をなくすために、またもしこのような破壊が行われているケースがあれば適正化して政府の新成長戦略で言われる「稼ぐ力」を増すために、政策投資を行っている企業は、コーポレートガバナンス・コードの受け入れにおける情報開示と何らかの行動をお願いしたい。行動とは、例えば今後の政策投資の削減の意志を開示する、政策投資が自社のそれ以外の株主の利益を損なっていないことを監視する仕組み(例えば独立社外者の監視委員会)を作る、事業部門と議決行使担当者の間にウォールを設置する、などがありうる。どのような行動が適切かは企業それぞれで異なるので、投資家との対話を通じてそれぞれの状況に応じた行動が選択されることを望む。

また、投資家は、マクロ経済の改善を望む日本株への投資家として、企業の「稼ぐ力」の回復のための政策投資の見直しのみならず、銀行を中心とした金融機関の政策保有が実体経済に「プロ・シクリカル」に働くことを懸念している。特にBIS等の規制を受ける大手銀行については、政策投資の維持と監視体制の強化の組み合わせよりも、積極的な政策投資の削減が適切と思われる。

1. 歴史的背景

政策保有株式の慣行は、60年代に始まった資本の自由化により欧米企業等に敵対的に買収されるリスクを軽減すること、80年代のバブル時のファイナンスの受け皿として親密先、取引先等の企業間で急拡大したと考えられる。実際、敵対的買収における取引制度の不備は、既存株主にも強圧的買収などの悪影響を持ちうるものであった。また商法の不備は、一部とはいえ企業といわゆる総会屋のような反社会的勢力との接点を持たせていた現実もあった。株主の安定化は経営者の仕事だと言う考え方があったことは否定できない。

このことは、企業の政策保有が事業提携の証のような純粋なビジネスや収益拡大の動機だけで行われたとは言えないことを意味する。買収防衛のための保有は、結果として「サイレント」あるいは「与党」株主を生み出し、経営の現状維持力を強める。また、事業提携の証の目的であっても、提携後の世代の経営者が、よりよい取引先を探し利益率を高めるインセンティブを弱めている恐れがある。

しかし、度重なる商法改正と会社法への集大成、金融商品取引法や取引所ルールの改正等の積み上げにより、いわゆる総会屋等の問題は適切な解決の可能性が高まり、敵対的買収が強圧性を持つ可能性はほとんどなくなった。一方で、少子高齢化とグローバル化が差し迫った課題となり、右肩上がりの経済における現状維持的経営施策は機能しなくなっている。いわゆる伊藤レポート でも示されたように、「持続的低収益性」からの脱却と資本効率の改善が日本企業の喫緊の課題と言える。

上場企業のコーポレートガバナンス・コードの受け入れにおいて、政策投資がビジネスを行う上で必要か、資本コスト及びリスクの観点から期待される収益が見合うものか、適切に議決権行使を行い現状維持だけを図っていないか等の検証が求められる理由は、このような歴史的転換点を背景にしていると考える。

2. 投資家の問題意識

① 企業価値拡大の視点
投資家は、政策保有株式が歴史的にしばしば企業価値を上げるための投資ではなかったことを懸念する。投資家は企業の「特にビジネスを行う上に必要とは言えないが、相手先との関係を壊す恐れがあるので売れない」との趣旨のコメントをしばしば耳にしている。継続保有の理由は明確ではない上、一般に株主に選択権があるはずの買収・合併において、経営者「与党」の力が強いことは、株主共同の利益の観点で適切な決定を排除する恐れがある。また、「与党」が強いことがそもそも買収案件の妨げになる恐れがある。また市場の乱高下時の保有株式の減損リスクは企業価値を下げる要因となる。

また、業界秩序などと呼ばれる企業間の関係を強める政策保有も企業価値向上の妨げとなる恐れがある。取引先の特定と株式保有は、しばしば企業間の力関係を表現しており、個別企業の観点からは最善の取引機会を追求する可能性を減らす。一方で、経済社会全体に非効率をもたらす談合と類似の寡占や独占につながる恐れがあり、公正取引の観点から疑念がある。

コーポレートガバナンス・コードの趣旨は、企業が自律的に情報開示と監視の仕組みを作り、外部者である株主の懸念を減らすことを通じて自らの収益力と資本効率の改善を求めていると理解される。

② 資本市場の視点
政策保有株式が保有している企業の価値のみならず保有されている事業会社の価値を棄損する恐れがあることを、投資家は懸念する。例えば保有する企業が相手先(保有されている)企業の従業員に商品を販売し、客数が増加したとしよう。経済的なリターンがあるため保有している企業の株主の価値棄損は起こっていない。しかし、保有されている企業の株主の観点からみれば、本来の事業に集中すべき経営資源を別の株主のために利用したことになる。これは保有されている企業の経営者が株主共同の利益の追求を弱めていることになる。

このような慣行は、敵対的買収時にも同様の問題を引き起こす。ある企業が買収されることが、その企業の株主にとって支配株主プレミアムを得る貴重な機会であるケースを考えよう。その会社に融資をしておりさらに政策保有も行っている銀行がその会社が合併されてしまえば融資先を失うと考えているとする。この銀行とその株主にとっては買収に反対しTOBに応じず株主総会であっても買収に反対することが合理的に見える。しかし、保有されている企業の株主から見れば合理的ではない。株主間の利益相反が起こってしまう。株主共同の利益を重視する観点から、この場合の銀行は自らの株主の利益と保有されている会社の株主の利益とを別々に最適にしなければならない。つまり、事業(この場合融資)のメリットを切り離し、保有されている企業の株主が誰であれ適切と思うこと(があるという想定)に賛成することが必要となる。

資本市場は、このような株主間の利益相反が適切に解決されていることを必要としている。株主の立場が恣意的に利用されれば、株式会社を中心とした資本主義へのリスクとなりかねない。

③ 「保有させている」問題
深刻なことに、政策保有株式を保有している側だけでその売却を決定できない場合がしばしば伝えられている。この場合、保有させている側に問題がある。保有させている側が保有している側の経営の意思決定の一部(バランスシート)に介入しているということだ。しかもしばしば「サイレント」な株主であることあるいは事業場のなんらかのメリットを要求しているとすれば、資本市場の価格メカニズムが適切に機能する環境への負荷となってしまう。換言すると、少子高齢化やグローバル化を不可避とする状況下で、十分高い利益率の追求や効率的な資源配分の機会が奪われてしまう。

3. 銀行の政策保有

① 潜在的な利益相反関係
銀行の保有株式は、その額の大きさから、コーポレートガバナンスへの影響もさることながら、日本経済への影響が懸念される。ガバナンスの観点からは、融資の提供者である銀行が株主になることが潜在的な利益相反と言える。そもそも負債保有者は貸し出しや社債の安全な償還と利払いを望む一方、株主は資本の効率的な活用と成長を期待するはずの存在だ。日本の場合、銀行はその事業構造から安定した期間損益を企業に求める傾向にあったので、常時には配当の安定(負債返済能力の維持)、事業継続性に疑義がある時には役員等を送り込む等、状態依存型のガバナンスの主体となった とされる。そうだとすれば一般の株主の利益と一致しない可能性が高い上、効率を重視せざるを得ない経済環境において、適切な経営につながらない恐れがある。

② 実体経済への影響
銀行が保有している株式の残高が自己資本対比で大きいため、株価の変動が銀行の信用供与能力に影響を与えてしまう。これは90年代初頭のバブル崩壊以降の株価下落局面で顕著に示された。株価の下落が政策保有株式の時価を棄損し、自己資本の現象を通じて新規融資を制約、さらに貸しはがしに至るケースも出てしまう。このような事態は実態経済の縮小を加速させる要因となり、さらに株価が下がるという負のスパイラルの原因となる。リーマンショック後のBIS規制等銀行の資本規制が世界的に強まる環境において、銀行等の金融機関が大量の株式を政策的に保有していることは、経済社会としてのリスクと考える。

③ 日本のガバナンス問題の集約として
銀行が株式を保有しているから企業がその特定の銀行から融資を受けるとする商慣習があるとすれば、金融サービスの質と能力によって企業が選別していないことを意味するため、企業の経営行動としても銀行としても経済の効率性に抗っていることになる。サービスの差が大きくなく過剰供給体質にありながら、業界秩序を守ることでグローバルな視野で見れば鎖国的な仕組みを持っている恐れもある。銀行は保有ポートフォリオを経済的に最適な状態にすることができないと考えられる。さらに、銀行が株式を保有している相手先企業の売却の「許諾権」があるとの懸念もあり、上述してきた日本の政策保有株式の持つ問題が銀行保有株式に集約されている。

銀行や金融機関は率先して政策保有を削減ひいては皆無とし、社会的な責任をまっとうすることが求められる。

4. 企業への期待

上述のように政策保有に関する株主の問題の多くは「懸念」であることに留意されたい。個別の企業が政策的に株式を保有するからといって株主に悪意を持っていると決めるのではない。株式保有が事業提携の証であれ株主の安定の目的であれ、企業価値の棄損や株主の損失(機会損失を含む)にならなければよい。

一般企業の政策保有については、コーポレートガバナンス・コードの受け入れにおいて、経済合理性の説明、議決権行使の基準の開示などが求められている。しかし説明や開示の形式のみが議論されるべきではない。企業は自律的に行動できる。例えば、自らの株主に政策保有が含まれる企業は、そうではない一般株主の損失がないことが独立社外取締役に委員会等を通じてモニターされることが望まれる。あるいは議決権行使と事業部門との物理的分離も検討されるべきだ。いわゆる親子上場などではより緻密な開示が必要かもしれない。個別の事情を投資家と対話してほしい。

銀行等金融機関については、企業のモニターだけでは経済の動きをさらに加速させる問題を含むため、政策保有の削減、消滅が望ましい。金融機関が政策保有解消を率先することが、日本企業へのシグナルとなり、変化のきっかけとなることが望まれる。

 以 上

2016年1月20日