投函者(三井千絵)

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道のりは長くとも、本質的な対応に向かって

6月2日発行の週刊経営財務は、5月28日までの適時開示情報をもとに、3月期決算の2社が議決権行使基準日を事業年度末日より後に設定するよう定款の変更を予定していることを報じた。

株式会社ソラコム(以下、ソラコム)と株式会社アドバンテスト(以下、アドバンテスト)は、来年から株主総会を有価証券報告(以下、有報)開示の後に開催するため、今年株主総会基準日の変更を議案にかける。2024年4月に岸田元総理が、海外投資家団体に対して行った約束「有報の株主総会前開示に向けて、金融庁で検討をする」という発言から1年以上経過した今、55%の企業が総会前に有報を提出すると金融庁の5月末の調査に回答している。しかし、株主総会のための資料として会社法が求める株主総会の2週間より前までに提出すると、この金融庁の調査時点で回答した企業については2社にとどまっていた。

 

有報を株主総会の前に?

「有報の総会前開示」はこの1年注目のテーマとなり、金融庁、経産省など様々なところで議論された。しかし厳密にいうと投資家が求めているのは”有報を株主総会の前に提出する”ことではない。”有報を株主総会の前に得て議決権行使の検討に用いたい”だ。この2つには大きな違いがある。後者をかなえるためには、有報を先に提出するだけではなく株主総会の開催を遅らせても実現する。一方、前者は今年からでも対応できるが、後者には定款によって定められた基準日を変更する必要があるため、少なくとも1年前から準備しなければならない。つまり今年の株主総会議案に、基準日変更が入っていなければ、その企業は翌年も株主総会を遅らせることはできない、ということだ。(関連記事「株主総会基準日を有報の後に – – – さらに1年かかるのか?」)

有報は2027年からサステナビリティ情報を追加し、今後さらに内容が充実する。そうなればいったいどれだけの企業が株主総会より2週間以上前に有報を提出することができるだろうか。またそのように短い時間で作成した有報は、本当に投資家の役に立つのだろうか。

 

今年の株主総会で基準日変更

そのような中、冒頭に記載したように、今年少なくとも2社が、「基準日変更による定款変更議案」を発表した。昨年上場したばかりのソラコムはIOTプラットフォーム企業としてグローバルNo1を目指す。6月25日に開催する第12期株主総会において、その1号議案に「定款の一部変更」を上程している。

変更箇所は2か所だが、そのうちの1つは、

(1)定時株主総会の開催日を柔軟に設定することにより、株主の皆様との建設的な対話を促進するため、定時株主総会の招集の時期、その議決権の基準日、及び配当基準日を変更するものであります。

となっており、現行の会計年度末である3月末日から4月30日に変更するとしている。

ソラコムは、昨年より経産省などで行われている議論を受け、なんらかの対応をすべきだと考えていた。しかし監査のプロセスなどを理解していく中で、株主総会の前に有報を作成するのは相当大変で、本質的な対応にならないと考えた。それならば無理に数日前に有報をだすのではなく、株主総会の時期を遅せれば、総会の集中も回避でき、その時間を株主、投資家との対話により使うことができる。そして社内で議論を重ねたのち、4月30日に議決権基準日・配当基準日をずらすよう決定したそうだ。またソラコムは、自らが上場したての新しい企業であることから、このような変更も他社に比べて対応しやすいかもしれない、誰かが実施をすれば他の企業も取り組みやすくなるかもしれない、とも考えたそうだ。

アドバンテストは、半導体製造装置においてその高い技術力と技術サポート力をもってグローバルに最先端をリードすることを目指している。招集通知によるとその理由として、

株主の皆さまと建設的かつ実効的なエンゲージメントを図るためには、株主総会前の適切な情報提供が不可欠であると考えております。この考えのもと、有価証券報告書と事業報告の一体開示を視野に入れるとともに、7月下旬から8月上旬での定時株主総会の招集を可能にするため、定時株主総会の議決権の基準日を5月15日に変更したいと存じます

と、述べている。

 

次に総会を迎える企業に

アドバンテストは招集通知において、一体開示についても触れている。経済産業省は昨年の岸田元首相による発言来、複数の委員会で株主総会の議論を行ってきたが、昨年の6月に中間報告を発表した「企業情報開示のあり方に関する懇談会」では一体開示の重要性を打ち出していた。アドバンテストは、経産省の議論に注目し、それらを踏まえて今回の決定にいたったそうだ。ソラコム社もまた、招集通知等では記載されていないが、今後一体開示についても検討したいそうだ。

この6月総会で多くの企業が総会の1~2日に有報を提出すると表明しており、それだけでも大変な事務作業の変更があったと思われる。しかしそれは、株主総会に出席する個人投資家にとっては必ず議論の助けになるものの、事前に議決権行使を行う多くの機関投資家には、残念ながら意味を持たないのが現実だ。次に株主総会を迎える企業は、ぜひ本質的な対応に向け検討を行ってほしいと思う。