投函者(三井千絵)
米国の下院委員会は現在、公開会社会計監督委員会(Public Company accounting oversight board、以下PCAOB)を廃止しその責任をSECに移管する法案が提出されている。これは現在米国が取り組む財政赤字への対策のひとつとして提案されている。しかしPCAOBは、財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards board,以下FASB)と同様政府から一定の独立性を有している非営利団体で、その運営資金は企業が直接会費として払っており政府予算とは別になっている。グローバルに20万人の会員を有するCFA協会や、やはりグローバルにコーポレートガバナンスを重視する投資家団体ICGNはこの処置に対し、反意を表明する公開レターを発表した。
不正会計の番人
PCAOBは、2000年代初頭に続いた会計不正事件の後、「⾦融市場を揺るがし、何万人もの雇⽤を奪い、何百万人ものアメリカ人の退職貯蓄を壊滅させたエンロン社とワールドコム社の破産を受けて、超党派の圧倒的支持を得て、2002 年にブッシュ大統領によって成立したサーベンス•オクスリー法」(CFA協会レターより)に基づいて設置された。これらの会計不正は、監査基準の弱さ、監査人の独立性の欠如、監査法人に対する資⾦不足と監督の甘さが原因であり、それに対処するためには監査基準の設定、監査法人の登録、公開会社の監査の検査、違反に対する強制措置の実⾏を⾏う独立委員会が必要と認識されたためだ。
PCAOBのエリカ・ウイリアムズ委員長は5月1日、WSJのインタビューに答え、「今日、PCAOBの使命はこれまで以上に重要となっている。歴史的に見て、景気が逼迫すると不正のリスクが高まるからだ。401(k)プランや年金制度などを通じて、何百万人ものアメリカ人が株式市場に投資しており、監査人はこれまで以上に慎重に監査を実施する必要がある。今こそ、監査監督に大きな混乱を生じさせるべき時ではない」と述べている。
CFA協会のレター、「PCAOBの予算は政府から独立している」
現在提案されている法案の目的は赤字削減であり、冒頭で述べたように、PCAOBの予算は政府から独立しているので、その目的に該当しない、というのがCFA協会のレターの主張のひとつだ。PCAOBを閉鎖しても企業が払うコストはなくなるがそれが連邦政府の財政に貢献するものでもなく、SECに移管するのであればSECで新しい財源が必要となる。またレターでは、PCAOB設立以来エンロンのような事件は発生しておらず、その間他国の市場で監査の失敗が続いていたことを鑑みると(例として東芝、シュタインホフ、カリリオン、ラッキンコーヒー、ワイヤーカードなどを挙げている)PCAOBが機能してきた証左であると述べている。
CFA協会はこのレターの後半で「(それでも)もし採択されれば、この条項は、投資家保護と資本市場の健全性と健全性の基盤となる財務報告の正確性と信頼性に影響を及ぼすだろう、過剰な規制は企業投資を阻害する可能性があるが、上場企業監査に対する厳格な監督など、投資家保護が失われると、投資家のリスクテイク意欲が低下し、企業の資本コストが上昇する可能性がある」と警告している。
監査監督のコア・プリンシプル
たしかに法案が財政改善を目指したものであると考えるとPCAOBのSECへの移管は矛盾している面もあるが、一方でSECに統一されることは悪いことではない、という声もある。問題はどのような監督体制が必要とされているかだ。CFA協会が指摘するように15年ほど大きな会計不正がないと米国でなくても、監査の監督は縮退させてもいいのではないか、という声がでるかもしれない。
監査監督がどのようにあるべきかということについては、原則が存在する。
証券監督にIOSCOという国際組織があるように、監査監督にはThe International Forum of Independent Audit Regulators, (以下、IFIAR)という国際組織があり、現在は56カ国・地域が加盟している。IFIARはヘッドオフィスが東京にある唯一の国際金融機関でもある。ここでは監査監督がいかにあるべきかのコア・プリンシプルが策定されている。そこでは監査監督に求められるべきことがらが、組織、運用、インスペクション、エンフォースメントについて14章からなる原則として提供されている。
例えばこの原則2を見ると「監査規制当局は独立性を保つべきである」、とされており、原則4には「監査規制当局は、質の高い監査を促進するための包括的な規制権限を有するべきである」と記載されている。一方原則7には「監査規制当局は、他の監査規制当局、および必要に応じて他の国内当局との協力のための適切な取決めを行うべきである」とあり、SEC自体も独立性があり十分な権限があれば、統合されること自体は悪いことではないかもしれない。しかし原則5でも求められているように、十分な専門性をそなえた人材を確保し、専門の職員を有することは、この組織が有効に機能するためには必須だ。組織が分離されているほうが専門人材確保はしやすいかもしれない。
グローバル市場における監査の重要性
いうまでもなく、市場はグローバルにつながっている。エンロンの被害を受けたのは米国の投資家だけではないし、東芝に投資をしていたのも日本の投資家だけではない。証券市場で開示ルールなどをグローバルに互換性のあるものにしていくためIOSCOが役割を果たしてきたように、監査の監督においてIFIARは各国のレギュレーターが互いにグローバルな投資家の信頼を得られるものにするために取り組んでいる。
いまや投信やETFを通して日本の個人投資家すら米国株に投資をしている。米国でこれからどのような議論がなされようとも、監査監督の力が弱まらないよう、その組織は原則に従ったものであってほしい。そうあるべきだと、IFIARのメンバーや関連組織が働き続けていくことが望まれる。