投函者(三井千絵)

 

– – 伝統的な経営者、ぜひ新世代に伝える工夫も – – –

canon

(中の建物が映らないよう正門から外に向かって撮影)

キヤノンの株主総会は、桜が満開の下丸子駅から8分も歩いたところにあるキヤノン本社で開催された。コロナ禍中に株主総会にオンラインを併設するところは増えたが、キヤノンからは従来通りの招集通知が送られてきた。キヤノンは早くからデジタルカメラを普及させたそのプロダクトのイメージと異なり、決算説明会の動画なども公表していない。しかし会場につくと驚かされたのは、株主総会の会場には2000席を有する御手洗毅記念館を用い、感染対策に一つ置きに着席を可能とした席は少なく見積もっても30~40%ぐらいは埋まっていたということだった。つまりおおよそ3、400人ほどの参加者はみな、これに出席するために駅から歩いてきたのだ。あたりは満開の桜で、思わず写メを撮ると研究施設が映るのでSNSなどには投函しないで下さい、と念を押された。

 

米寿を迎えるCEO

ここ数年キヤノンは逆風の中にあった。スマートフォンがデジタルカメラ市場を侵食し、コロナ禍による在宅ワークの広がりは、ペーパーレス化の波を後押しレーザープリンターなど複合機の需要を押し下げていた。しかしその後家庭用プリンターが伸び、円安などもあって業績は急回復している。年間配当も120円と、昨年から20円の増配を第1号議案としている。(今は比較的少なくなった配当を株主総会議案にしている)第2号議案は取締役全員5名の選任で、第3号議案は監査役2名(1名は新任)の選任、そして第4号議案は役員報酬だった。

開催時にすでに事前に行われた投票数が発表され、総会の成立と議案の事実上の可決が発表された。この日の株主総会資料によると、発行済み株式数は約13億。しかし3億株を超える自己株式があり、それを除くと議決権は約1000万ほどだ。株主数は42万人弱。この1年間で一万人近く減ったそうだ。平日であることもあってか会場には明らかに高齢者が多い。そして取締役会の平均年齢は78歳。CEOの御手洗氏は今年の9月で米寿(88歳)を迎える。「サクセッションプランはどうなっていますか?」と聞くべきだろうか、と少し悩んだ。ステレオタイプかもしれないが「だからオンライン化への対応も積極的ではないのだろうか?」という考えが浮かんだ。

株主総会がはじまり、定款に従い御手洗社長によって議事が進められた。キヤノンは決算説明会のスライドもあまり飾らず、伝統的な表と説明を淡々としたものが多いが、ここでは最近の潮流であるビデオによる事業報告が、御手洗社長による説明の後に上映された。オフィス需要が戻ってきていると主力のプリント事業の状況について解説した後、力を入れているネットワークカメラや、医療機器、半導体露光装置(半導体の回路を印刷で製造)についてその需要や期待を説明した。上映が終わると始まってから40分たっていた。高齢の取締役会と役割を終えようとしているオフィス機器の会社というイメージを追い払う安心感を抱かせる説明だった。

 

研究してくる株主たち

株主質問が始まった。筆者は、株主質問は30分ほどしか聞けなかったが、驚いたのは株主たちがよく準備をしてきていることだった。最初に当てられた株主は、キヤノンが以前発表した事業計画と、発表されている売り上げなどの数字を述べ、主要プロダクト以外は売り上げや収益がプロダクトごとに細かく開示されておらず、これだと目標が達成できるかどうかわからない。もっと開示を細かくしてもらえないかと述べた。御手洗社長はややそっけなく「それはしない」と答えた。次の質問者は若者がTVを見ている時間など、発表されている統計数字をいくつかあげて、広告費はインターネット系に厚く配分すべきだと述べた。御手洗社長はそれについてはアグリーだと述べ、自分達も方向で考えていると述べた。やりとりはなぜか学生と教授を思わせた。

三人目の株主は、露光装置は2024年にはぜひ出荷して欲しい、国策半導体製造企業に提供して欲しいと述べた。ほかにもメディカル機器や監視カメラに対しても期待を述べ、自分は他社の株主もしていて、そこではこんな製品があるから活用してはどうか、といったことを話した。専門的なところに及んだところで御手洗社長は「質問ですか?意見ですか?」と割って入った。株主が「両方だ」と述べると、それぞれ担当役員を指名し回答させた。担当者たちは「期待を頂いて嬉しい」と答え、今自分たちも色々な技術を調べているところだ、と言って特定の会社の技術についてはコメントをしなかった。

 

御手洗ファン

四人目の株主は、「自分は御手洗さんの大ファンです」と告白した。そしてサステナビリティ、定年後の再雇用、ハラスメントなど様々な単語をあげはじめ、想いが溢れるのか次々に話が飛び、全容を追うのが難しかった。しかし御手洗社長は好意的に聞き取り”労務関係はどうなっているのか”という質問と捉えて回答をした。

「弊社は人間尊重を掲げている。85周年を迎えるが、労働争議は一度もない。リストラをしたこともない」と語り始めた。「ただ世の中は変わる。戦争やパンデミックで変わる」御手洗社長は1935年生まれ。第二次世界大戦より前に生まれている。終戦時は10歳だったはずだ。

「それからイノベーションでも世の中は変わる。人材革命が起きている。今はこれがいっぺんに起き、インフレが起こった。カメラ業界は大変だ。しかしこれは世の習いであり、時代の先端を取り入れた製品を作る必要がある」

筆者は思わず椅子に座り直し、姿勢を正してしまった。「製品を変えるとき、欧米では人を入れ替えるが、我々は学校を作り、社内で転職ができるようにしている」これが、キヤノンが貫いてきた経営だということだ。

今年は政官そろって「人的資本」をうちだし、従業員の教育などが日本企業の強みだと訴えている。一方で高齢の経営者をみるとすぐに批判する風潮もある。定年延長のニュースがでれば若い人が気の毒だと簡単にいう。しかし少子高齢化の日本の現状を思えば、より多くの人がより長く価値を創出するような社会であるべきだ。この言葉が経営者から出るとやはり強いな、と思いながら筆者はここで退出した。

 

下丸子駅までの小さな商店街は昼食時で、あちこちからいい香りが漂い、お弁当屋さんの前に行列ができていた。こうしてキヤノンは、きっと業績に何があってもそのファンの株主が毎年この道を通って通い、御手洗さんの話を直接聞くのだろう。やはり直接聞くと身が引き締まる。しかしできれば、このような理念をより多くの人に、特に若い世代にも伝えてほしい。そのためにも、せめてオンラインの充実だけは取り組んでほしい、と思いながら、下丸子を後にした。