投函者(三井千絵)

horizon

資産運用立国、遥かなる地平へ

6月3日、内閣官房、新しい資本主義実現本部事務局は、アセットオーナー・プリンシプルの案を提示した。今後パブリックコメントに供されるが、6月12日現在、まだその予定は発表されていない。

この新しいプリンシプルはなぜ策定されることになったのか。特に現在スチュワードシップ・コードについても更なる改訂に向けて、フォローアップ会議が設置されているため、このプリンシプルとコードは、何が違うのだろうか・・・と感じても不思議ではない。そこでこのプリンシプルが策定された背景を振り返ることで理解してみたい。

 

資産運用立国、資産運用力強化

アセットオーナー・プリンシプルの作成は、昨年12月に内閣官房から発表された資産運用立国実現プランの中で「資産運用業の高度化とアセットオーナーの機能強化」という命題から立ち上がった取り組みだ。これをさらに遡る2023年6月16日、政府は「骨太方針2023」を閣議決定し「資産運用立国」という政策プランを開始した。主な骨子は、NISAやiDeCoといった個人の資産運用や個人年金の抜本改革、金融教育や中立的な投資助言などの見直し、資産運用会社・アセットオーナーのガバナンス改善や体制の強化だ。少子高齢化が進み、世界的にインフレ率が高まっているにも関わらず、日本では家計に占める投資の割合はいまだ低い。国民年金や厚生年金だけで豊かな老後を送ることは難しいということから、国民に投資への知識や意欲を持たせ、一方で国内の資産運用業を強化するという取り組みだ。この流れの中で金融庁は2023年10月資産運用に関するタスクフォースを立ち上げ、12月までスピード議論を行った。タスクフォースの報告書には、資産運用業の高度化に向けて求められる取り組みとして、新興運用業者の促進(新興運用業者促進プログラム,日本版EMP)や参入要件の緩和、一方で大手金融グループにおける運用力向上やガバナンス改善・体制強化、プロダクトガバナンスに関する原則の策定が挙げられていた。そしてアセットオーナーに対する取り組みとして最終受益者に運用商品の適切な選定や提案と情報提供の充実、成長資金の供給(スタートアップの活性化)、そして最後に金融教育となっていた。しかしこれらの多くはあまり新しいものではなかった。2023年の4月まで、過去4年間連続で発行されていた「資産運用業高度化プログレスレポート」(毎年日本の資産運用業の課題を厳しく分析・評価。2022年版にはESG運用に対する監督上の期待も掲載された)でも取り上げられてきており、その延長線上でさらに議論を深めたもの・・・と見ることができる。

タスクフォースの報告書が発表されると金融庁は、各金融グループに対し、日本版EMPの取り組みとして、新興運用業者を積極的に活用した運用を行うことや、新興運用業者について単に業歴が短いということのみによって排除しないことを要請、各社今後の対応方針を発表するよう求めた。6月7日金融庁は、求めに応じ対応方針の発表を行なった金融機関の「EMPに係る取組」について一覧化したものをHP上に公表した。

 

日本版EMP

なぜ国は新興運用業者に力をいれるのか。

資産運用業高度化プログレスレポートでは、日本の資産運用業の課題として、“多くは金融機関の系列で独立系が少ない”、“パッシブ運用が圧倒的で運用会社の収益が低くなりがちであること、資産運用会社に期待する企業価値の発見や、投資先企業に対するエンゲージメントによって価値向上を求める役割が十分に果たせていない”、といった指摘を行い、新興の運用会社の支援や、グローバルの運用会社の更なる参入を促す政策の必要性を挙げている。

この“独立系が少ない”ことがなぜいけないのかについては、一般的には系列の金融機関と顧客との“利益相反”の危険性の指摘があり、アセットオーナー・プリンシプルにもそのような文言が記されている。ただ実際に金融グループの子会社であるためにアセットオーナーの利益に反するようなことが行われるとは思い難い。むしろ金融機関の子会社であるため系列の中だけで運用をし、それが海外に比べ運用規模を小さくし、競争を十分に機能させない可能性がある・・・という方を課題視しているのではないだろうか。資産運用会社が金融機関の子会社であるというのは日本に限ったことではないし、逆に金融機関にとっては資産運用部門は必要だ。一方新興運用業社は一般に起業したばかりで扱える運用額は小さく、既存の運用会社に置き換わるものでもない。それでも国や金融庁が日本版EMPをかかげ、その取り組みを”金融グループ”に要請するほどこの部分に力を入れているのは、何よりもそれによって日本の資産運用業をより活性化させたい、という目的意識が大きいのではないだろうか。

野村総合研究所は2023年12月末から今年1月の初めに、内外の資産運用会社関係者に向けて、独立系運用会社の期待についてアンケートを実施した。独立系の運用会社に期待することとしては「利益相反がないこと」、また「モチベーション」、「運用の独創性」などが挙げられ、逆に弱点と考えていることはリソースや運用規模といった結果が得られている。

 

アセットオーナー・プリンシプル

2024年にはいり、内閣官房の新しい資本主義実現本部事務局はアセットオーナー・プリンシプル策定の議論を開始した。岸田首相は1月23日、ゴールドマンサックスグループが香港で開催したグローバルマクロカンファレンスにビデオメッセージをよせ、「アセットオーナーシップの改革を進める」と表明し、その後も投資家イベントに出席しては似たようなメッセージを送った。4月19日、日本経済新聞は、「資産運用高度化プログレスレポート2024が発行されないことを“業界震える金融庁のレポート、発行見送り”と報じたが、同レポートを発行してきた部署の後継とみられる「資産運用改革室」では、アセットオーナー・プリンシプルの作成に他省庁と一緒に力を入れていたようだ。協議には財務省、厚生労働省、経済産業省、文部科学省など、“アセットオーナー”と呼ばれる機関を管轄している省庁が関わった。

これまでの資産運用立国の議論から、“アセットオーナーたるものは新興運用業者を積極的に活用した運用を行うこと”といった文言が入るかとおもったが、そこまでの記載はなかった。しかしその原則案の3では、「運用を金融機関等に委託する場合は、利益相反を 適切に管理しつつ最適な運用委託先を選定する」ことを求めている。そしてその補充原則では、「運用委託先の選定に当たっては、過去の運用実績等だけでなく、投資対象の選定の考え方やリスク管理の手法等も含めて総合的に評価すべきである。 その際、知名度や規模のみによる判断をせず、運用責任者の能力や経験(従前の運用会社での経験等を含む)を踏まえ、検討を行うことが望ましい。例えば、新興運用業者を単に業歴が短いことのみをもって排除しないようにすることが重要である。」

と、この手の原則にしては、かなり情熱的に語りかけている。

 

 スチュワードシップコードとの役割の違い

アセットオーナーとは何か。これは実に幅広い。GPIFのような公的年金もあれば、大学基金などもある。そして米国などでは新興の運用会社に資金を出す相手としては、規模的にも資産のタイプとしても“ファミリーオフィス”型のアセットオーナーが多いという。これまで信託銀行や生保など一部のアセットオーナーはスチュワードシップコードにサインをしていたが、非金融機関(企業年金や大学基金など)のアセットオーナーの多くはスチュワードシップコードに触れる機会はなかっただろう。原則案をみた時思い浮かべたのは、英国のペンションレギュレーションだ。スチュワードシップコード発祥の地英国でも、ペンションレギュレーションで別途、アセットオーナーに運用の考え方や体制、委託先運用機関を管理する重要性やガバナンスなど指針を与えている。そのうえでスチュワードシップコードがワークしているともいえる。

 

アセットオーナー・プリンシプルは、この国の資産運用を変えるだろうか。もうじきはじまるパブリックコメントでは、どのような意見がよせられるだろうか。

しかしこのプリンシプルをコンプライしたアセットオーナーは、原則に基づき独立系のアセットマネージャーを選択することはできるのだろうか。運用のアロケーションには、さまざまな要因がある。ただ独立系だからいいわけではなく、どんな運用であれば独立系の強みが活かせるのかよく議論する必要があるだろう。また独立系運用会社は、先のアンケートに示されているように、現状では国内では運用規模が小さい。他国に比べ、アセットマネージャーのレーティングや、アセットオーナーを教育する年金コンサルなどの市場もまだ限られている。この国の資産運用市場が活性化するためには、ピンポイントで対処するのではなく、あらゆる取り組みが必要だろう。今回のパブリックコメントの機会に、さまざまな関係者が意見を送り、この議論がより活発になることが、重要だといえるだろう。