投函者(三井千絵)

 

欧州委員会は3月末からFITNESS CHECK というコンサルテーションを行っている。名前だけ聞くと何か健康に関することか?と思いきや、実はこれは企業開示における、財務、非財務、デジタルレポーティング(電子開示)の効果や課題についての意見募集だ。

 

長期投資、サステナビリティのための企業開示に

昨今、日本だけでなく長期投資、またESG、環境、サステナビリティといったテーマの投資が益々注目されている。長期投資は決して新しい言葉ではないが、これまで以上にこのキーワードが用いられるようになってきた。この背景としては、スチュワードシップ・コードの導入や責任投資原則等が広まったことなどがあげられるが、特に欧州では環境投資に関する新しい規制の導入も議論されている。

欧州では今年の初めに、サステナブル・ファイナンスの強化に向け欧州の課題等をまとめた”Financing A Sustainable European economy”というレポート が発行された。これは欧州委員会から委託をうけたHigh Level Expert Group(有識者グループ、以後HLEG)によるもので、これまで行ってきた調査の最終報告書である(以後、Final Report)。続けて、このFinal Reportに基づきサステナブル・ファイナンスの強化に向けた具体的な組組みを示した”Action Plan : Financing Sustainable Growth”(以後、Action Plan)というペーパーも公表された。前述のFITNESS CHECKという企業開示に関わる意見募集は、このAction Planの一環で、HLEGが提言するサステナブルな分野への融投資を促進させるような企業開示を求め、広く意見募集を行っている。

Final reportによると欧州は2015年12月のパリ協定を重視し、2030年までにCo2の40%削減を達成して、この分野でリーダー的な地位を確立しようとしている。そのためにエネルギー効率の良いビルや、新エネルギー等様々な環境に貢献する投資を行い、欧州の経済を強くしたいという戦略だ。そして、そのために必要な資金を1,800億ユーロと試算した。これは公共セクターのキャパシティを超えているため、必要なレギュレーションを導入し、民間にもこの試みに参画してもらう必要がある、と冒頭で述べている。

実際の参画への促し方の一つは、フランスが昨年導入したレギュレーションArticle173だ。これはEUの動きを先行したものと言われているが、一定以上の資産をもつ金融機関に、その運用がどのようにCo2削減や環境に貢献しているかをレポートすることを求めている。そうして結果的に金融機関が、環境に関わる融・投資へ資金を集中していくことを期待している。

Action Planでは、項番1がESGに関わる企業の取り組みを分類するタクソノミの開発、項番2はグリーンファイナンスの基準やラベルの作成、項番5にはESG系の格付けのサステナビリティのベンチマークの開発、項番6にESGレーティングやレポーティングの質的向上のため、格付け機関開示ガイドラインの作成検討等が挙げられている。これらは環境、サステナブルな融資・投資拡大の役にたつはずだ。2017年12月に行われたICGNのカンファレンスでも「環境投資は重要だがそのためのリサーチのコストは誰が持つのか」といった意見が出ていたこともある。さらに項番9の中に、会計に関することが挙げられている。前半は非財務の開示について挙げられているが、後半はEFRAG(欧州で企業財務開示の管轄当局)にIFRS9号を修正する可能性について調査を求めていた。

 

英国・欧州の関係者の声

そしてこのFITNESS CHECKのコンサルテーションが始まった(7月2日現在)わけだが、質問はなんと66個。実際にコメントレターを返信したあるイギリスの企業開示関係者は「30番ぐらいで疲れてくる・・・回答の質を高く保つのが難しい」と言う。

最初の7問は、既に施行されている規則等の元、企業開示の現状についての問いとなっており、その後の10問は個別財務諸表や配当の開示、EBITDAのような経営指標の必要性について質問している。

そしてQ19からQ24までがIFRSに関する質問だが冒頭に“HLEGでの議論で、IFRSには柔軟性に欠いているところがあり、EUの最終的な長期投資、サステナブル投資のゴールに対する障害になるのではないかとの懸念があげられた”と記し、Q19“Given the different levels of commitment to require IFRS as issued by the IASB around the globe, is it still appropriate that the IAS Regulation prevents the Commission from modifying the content of IFRS?(世界中でIFRSに対する受け入れのレベルが異なっている現状において、なお内容を修正できないのは適切であるか?)”、Q20サステナビリティや長期投資などのテーマが重要案件となってきているなかで、“Is the EU endorsement process appropriate to ensure that IFRS do not pose an obstacle to broader EU policy objectives such as sustainability and long-term investments(IFRSが持続可能性や長期投資などのより広範なEU政策目標に対し支障とならないことを確保するために、今のEUでのエンドースメントプロセスは適切か)? ”といった質問がある。

Q25からは、数年前の透明性開示指令で求められた四半期報告書の任意化、議決権の開示等についての質問が続き、Q31~39は銀行、保険の開示規則について、Q40以降は非財務とデジタルレポートについての質問となっている。

問題のQ19~24に関しては、YESと答えると理由を述べる欄がない。Noと答えた人にだけ理由を聞いている。YesだとIFRSは今後も修正せず適用すべき、しかしNoとして何もテキスト欄に理由を書かないと、ただ“長期投資等のゴールを阻害する場合はIFRSを修正して適用してもいいと思う”という漠然とした意見を伝えたことになる。

このようなコンサルテーションに対し、投資家の受け止め方は様々である。大きな指摘は、もともと環境投資促進のための企業開示のコンサルテーションというたてつけなので、全ての質問にあたって、前提として、レポーティングに特定の役割を求めたような質問になっている点である。例えば非財務の開示フレームワークは、事業戦略や業務に非財務のリスクや機会を統合し業績向上に効果的であるか?といったものがあり、「報告書の役割は透明性や一貫性のある情報を提供することであり、事業そのものをよくすることではない」と当惑を表す人もいる。その一方で、開示の目的を幅広く捕らえ、かつ明確に問うことにポジティブな投資家もいた。

 

長期投資とIFRS9号(時価評価)

前述のようにコンサルテーションは、企業開示自体にやや強い目的があることが前提となっている。そのため、Q19-Q25のIFRSに対する問い、またその前提となるHLEGのFinal ReportやAction Planでは繰り返し「IFRSが長期投資の妨げとなる可能性」について論じており、特にIFRS9号を中心とした保有金融商品の時価評価が、その毎期の変動により長期投資をしづらくする、また逆に短期的な売買をあおってしまうと述べている。さらに、市場でよく取引されていない金融商品について、その価値の評価の仕方にはこれまでも議論があり、見直されるべきではないかといった問いかけをしている。ここだけを聞けば、もしかしたらそうかもしれない・・・という気がしてしまう。企業の側からみたら環境に貢献する事業、金融機関からすればそれに対する融・投資において、最終的に新エネルギーの開発など環境に貢献する案件に資金をまわしたい、そのためには金融機関が対応しやすいよう、BS上におけるそれらの評価を今のIFRS9号から修正したい・・・ということになる。

これに対し地元の投資家は、財務報告の意味や、会計の役割という立場にたって懸念を示している。「財務情報の目的は中立に現状を示すことであり、体温が高くなってはいけないと体温計の測定を変えるようなことはやめるべき」「もともと将来の価値まで考慮して保有された金融商品の価値が、毎期大きく変動するようなことがあれば、それは必要な情報ではないか」といった意見だ。

EUで活動するAccountancy Europeでは、次のようなコメントを発表している 。「(HLEGがいう)柔軟性(EUにおける修正)によって予測不可能な傾向が生じ、逆に投資の妨げになる可能性がある。それは欧州における発行体の資本コストを結果的に増加させるのではないか」。またEUのある投資家団体は「われわれのような長期投資家は、FVの評価に慣れ親しんでいる」とIFRS9号修正への反対を表明した。さらにEU独自のいかなる仕様も結果的に投資家側のコストを増大させるとして反対、またIFRSを修正して適用するとEUのIASBに対する立場を弱くし、今後EUの意見が通りにくくなるという懸念も述べられていた。

ある英国の投資家はもっとシニカルに、もともとのHLEGの目的について、欧州委員会が求める目標は立派であるが1800億ユーロという大きな金額を民間からもかき集めたいという点と、このIFRSを修正したいという動機に矛盾を感じている。EUはこれまで会計基準にせよ、非財務開示の議論にせよ国際標準に広げることで海外からの資本を引き寄せている。保有金融資産の透明性に疑いが持たれれば、海外からの資本を引き寄せられなくなったり、現在の地位が維持できなくならないだろうか。

 

「求む、海外からのコメント」

冒頭で述べたように、FITNESS CHECKはこのAction Planの一環であるため、質問も欧州の投資家や企業等関係者を前提としたものが多い。それでも全部の質問が全てのステークホルダー向けになっているわけではないので、欧州の投資家団体は企業向けと思われる質問をスキップして答えていた。

欧州の投資家や開示のレギュレーターは「日本からもぜひコメントを」と誘う。最初は不思議に感じたが、よく考えればわれわれも金融庁がスチュワードシップ・コードを導入したりコーポレートガバナンス・コードを導入したとき、海外からもコメントが送られた。海外の投資家が言語の壁を乗り越えて、日本のことを理解し、意見発信をしてくれたことが議論を活性化させた経験を持っている。

欧州のある企業開示の関係者は「今はBrexitがあって、UKとはいろいろあるが、日本からコメントがくると、また別の角度で考えられるかもしれない」と漏らす。

 

昨今、一部の地域が導入したことは、遅かれ早かれ他の地域に影響する。日本の投資家の場合はEUにいるクライアントを通して、また日本企業はEUの投資家を通して影響を受けることになるだろう。長期投資と会計の問題であれ、地域の独自修正と投資家が負担するコストの問題であれわれわれも無縁ではない。意見を送らなかったとしても、このコンサルテーションは次の点でわれわれにも共通する重要な点を問いかけている。ひとつはレポートの役割だ。環境への投資とかそういった一定の政策目標と、中立であるべきレポートのあり方については、われわれも考えてみるべき点である。ある日本の経営者は「投資家への情報開示を前提としたIFRSには、経営者から見ると事業戦略上意味のある金融商品に対し、常にフェアバリューを用いることが妥当かという点では異論がある」と述べる。ただし仮に別のやり方を模索するのであっても、特定の目的で修正することはリスクが伴う。もし環境にいいという理由で、非常にボラタイルな資産を持ち込んでいたら?環境や長期投資のために会計を修正するべきなのかについては、慎重であるべきだ。

また問題となっているIFRS9号は2018年からの強制適用となっている。しかし早期適用が可能だったため、日本では既に多くのIFRS適用企業が9号に従って財務諸表を作成している。日本はそのためにショートターミズムが活性化させただろうか。日本の事例は特にEUにとって役立つかもしれない。

たまにはわれわれもEUの期待に応じ、コメントを送ってみるのはどうだろう。質問にはデジタルレポーティングのように日本がアドバンスがあるものもある。ささやかながら日本のプレゼンスの向上とグローバル市場への貢献になるかもしれない。