投函者(三井千絵)
4月24日、企業会計審議会監査部会において長文型監査報告書(企業の監査報告書に、監査において重要で特に企業と議論をした点、Key Audit Matters=KAMを記載すること)を導入する監査基準の改訂についての公開草案のドラフトが提示された。実際の導入は2021年3月決算期から(2020年3月期から早期適用あり)という案だが、投資家と企業の更なる対話の促進に向けてようやく日本も一歩踏み出したことになる。
スチュワードシップ研究会ではこれに先立ち、4月16日、公認会計士の方々と長文型監査報告書の可能性について意見交換会を行った。金融庁では、この導入の主要な目的をどちらかというと監査の質的向上(「会計監査に関する情報の株主等への提供の充実、会計監査の透明化においているが、この意見交換会の議論を通して、これは機関投資家と企業の対話に役立つことが期待できることがより認識できた。既に導入している国もいくつかあり、それらの国で行われたアンケート等で、多くの投資家が実際に企業とのエンゲージメントで役立ったと答えている。
今回の意見交換を通して、改めて理解できた点などを紹介したい。
意見交換会では、資料として日本公認会計士協会(JICPA)のウエブサイトに公表されている以下の資料を用いて、国際監査基準が求める長文型監査報告書とはどういうもので、海外ではどれくらい導入されており、日本での検討状況はどうなっているかを共有した。
①2017年12月号『会計・監査ジャーナル』Marek Grabowski論稿「監査、及び監査とガバナンスの関係―監査報告書と監査委員会による報告」
②監査報告の長文化(透明化) (2017年3月23日グローバル会計・監査フォーラム「公認会計士監査の変革のとき ~品質による競争の時代へ~」の資料)
③企業会計審議会 監査部会資料 KAM試行取りまとめ及びKAM記載例(企業会計審議会監査部会平成29年11月17日より)
まず導入国の理解ということで、資料①を用いて英国の導入経緯を共有した。監査においてで重要な、特に企業と議論をした点(Key Audit Matters(KAM))と、それについて監査をどのように行ったかを監査報告書で説明することは、現在では国際監査基準で求められている。しかし英国では国際監査基準で導入されるより先に、監査報告書を改革しようと国内で議論を始めていた。会計不祥事などが発生し、経営者と監査人の判断に関する透明性を高めるためにはどうすればよいかがその主要な動機だったようだ。国際監査基準を作成している国際監査・保証基準審議会(IAASB)での議論に比べ、英国の特徴は企業のガバナンス向上に力点がおかれ、監査委員会の説明能力を上げることや開示の質向上が目指されていた。
資料②では、日本での導入の検討は、英国がこの長文型監査報告書を導入した2013年には既に始まっていたことが紹介されている。しかし資料②のP6に記載されているように、日本では“監査法人による情報提供の充実、• 監査報告書の透明化、• 監査品質の指標(AQI)、• 監査人の交代理由等の開示の充実、• 審査会のモニタリング活動の情報提供の充実”とやや監査法人のマネジメントやガバナンスに力点がおかれているような感がある。
日本ではまずJICPAがリーダーシップをとって、大手監査法人に実際に長文型監査報告書を試験的に作成してもらうというパイロットテストを行い、参加企業・当該監査人にアンケートをとった。その結果が③に記載されている。また③の39枚目以降(この部分ではページ番号が振られていない)では、パイロットテストで作成したKey Audit Mattersの記載が5件掲載されている。
これらは、既に開示された有価証券報告書に関し、“もし長文型監査報告書が既に導入されていたらKey Audit Mattersはどのような記載になるか”、ということで監査法人が試験的に作成したものだが、財務諸表に注記されていなかった部分を網掛けに、(当該企業からは)公開していない情報に下線をしてある。最初の事例ではJ-GAAP適用企業で、2期連続赤字を計上している子会社の減損のリスクについて、その金額的重要性等を考慮してKAMとして採用されたが、それに関わる情報は有価証券報告書の開示に現れていないケースだった。
一方、41枚目の事例では網掛けも下線もない。この企業はIFRS適用企業であったため、監査人がKey Audit Mattersとして説明に必要な情報は既に財務諸表の注記に開示されていた。この企業以外はJ-GAAPで、いずれもKey Audit Mattersとして選ばれるような点に対し(つまり本来であれば企業にとってマテリアルである情報が)有価証券報告書に開示がないことが示されている。これらの企業もこの実験を通して開示の重要性に気がついたかもしれない。J-GAAPでも投資家に対し重要な情報の開示は妨げられているわけではない。これが、英国が目指した開示の充実のためのKey Audit Matters導入の一面だろう。この結果には参加した多くの投資家が改めて長文型監査報告書が企業を理解するうえで重要な情報を提供することを認識した。
同資料のP.9に記載されたアンケートにはいくつか興味深い点がまとめられている。選定されたKAMの多くは、資産の減損や買収時の会計処理、のれんの計上や評価、引当金等の評価に集中している。また収益認識における工事進行基準や変動対価の見積もりがあげられている。これらは財務諸表に対する金額的インパクトが大きいことや、算定プロセスが複雑であるもの、将来に影響を与えるものとなっている。財務諸表に記載されている情報、あるいは会社が公表している情報だけで記載できたのは、J-GAAPでは50%、IFRSおよびUS基準では93%であった。Key Audit Mattersは監査人が勝手に書くわけではなく、経営者や監査役・監査委員会と対話をしたうえで選定するわけだが、やはりIFRS、US基準適用企業では8割が困難を感じなかったと回答した(日本基準でも約半数が困難を感じなかったと回答)。参加企業は、Key Audit Mattersの正確な理解が広がらず情報が誤った形で解釈されることを懸念していた。「結局減損ではなかったのに、減損の疑いがあったかのような誤解が広がる」といった意見が企業の中ではありがちだが、実際はこの考え方が対話を妨げているといえる。もちろん監査人の記載方法がこれから成熟していくことも重要だが、何よりも「監査をする上で重点的に調べた部分」というのは説明をしようがしまいが何らかの形で外部でもさまざまなシナリオをたてており、減損の判断までいかなくても数量的あるいは市場の環境的になんらかのリスクがあれば、それについて冷静な説明がされているほうが、株価に対する急激なインパクトは抑えられるだろう。またリスクについて的確に投資家と対話をすることができるだろう。
Key Audit Mattersの監査報告書への記載は、既に英国、EU諸国だけではなく香港やシンガポールでも始まっている。米国も導入の予定だ。海外の投資家からも「日本の導入はまだか」といった声があがっていた。実際の導入まではまだ少し時間があるが、準備に向けて議論を活性化させ、日本でも一日も早くこれを投資家と企業の対話に生かしていきたいと思う。