(木村祐基)

金融庁のスチュワードシップコード(以下、SSコード)改訂に向けた有識者検討会が開催されている。

第1回、第2回の会議で、事務局から、フォローアップ会議意見書なども踏まえて、以下のテーマが論点として提示された。

  1. アセットオーナーによる実効的なチェック
  2. 運用機関による実効的なスチュワードシップ活動・運用機関のガバナンス・利益相反管理等
  3. パッシブ運用におけるエンゲージメント等
  4. 議決権行使結果の公表の充実
  5. 運用機関の自己評価
  6. 議決権行使助言会社に対する規制の検討
  7. 集団的エンゲージメントの検討

 

今後、これらの論点について有識者会議で検討され、SSコードの改訂に反映されていくものと考えられるが、実際に企業との対話や議決権行使に携わっているファンドマネジャー、アナリストは、どのように考えているのか、当研究会のメンバーで意見交換を行った。

 

1.「対話」の意識の変化

まず、SSコードが導入されて何か変わったことがあるか、という点については、多くの投資家が「対話は以前からやっていたことなので、改めて変わったことはない」としながらも、変化としては、「ESGや長期の話題を意識的に増やすようにした」「対話やエンゲージメントにスコープされてきたので、1社1社を意識してみるようになった」「企業側の意識の変化を感じる(コーポレートガバナンス(以下、CG)への取り組み姿勢、株式持ち合いに関する意識、など。CGコードの影響か)」などの指摘があった。

 

2.アセットオーナーとの関係

次にアセットオーナーと(以下、AO)の関係では、「以前に比べて説明を求めてくるAOが増えてきた」「各AOのフォームに合わせる手間が増えた」「対話内容を記録したり、内容を分類して集計するなど、アナリストやFMの業務が増えた」「AOがどう活用しているのかがわからない、報告内容に興味を持ってほしい」という声がある。

今後、企業年金のSSコード採用を促進する場合に、「報告」のために運用機関が時間と人手をとられて、企業との対話の時間が減ってしまうようでは本末転倒である。「報告のための報告」にならないように、報告フォームの統一化や説明会の合同化、またAOからのフィードバックなど、効率化と実効的な取り組みのための検討が進むことを期待したい。

 

3.議決権行使をめぐる課題

議決権行使における利益相反管理については、運用機関において、社外取締役など外部の第三者による「独立委員会」によって、事前又は事後に議決権行使の内容やプロセスをチェックする体制を作る動きが進んだ。

本来議決権行使については、各企業の議案を個別に精査して賛否判断を行うことが理想であろう。しかし、日本では、招集通知・議案の発送から総会日までの期間が短く、実質的に2-3日しかないことが一般的である。この結果、特に、問題がある議案について独立委員会が「事前」にチェックする体制をとっている運用機関においては、検討時間が十分に取れないというジレンマが生じている。

すでに政府でも議論されている「株主総会日程の根本的な見直し(7月以降の開催など)」が期待される対応であるが、当面は、招集通知の校正が校了し、取締役会決議が終了し次第、紙ベースの発送を待たずにウエブに開示することが期待される。そうすることで、ほとんどの会社は法定開示期限の1週間前(総会の3週間前)に開示できるのではないか。

できれば、東証に「招集通知は総会日の3週間前までにウェブで開示を目指してほしい」という要請を全上場会社に発していただければ、実務面では大きな支えになるのではないか。

これは今後、議決権行使結果の開示の充実を求められた場合も、課題になる。1,000~2,000社以上の投資先企業を持つ大手運用機関では、6月総会では、多くの会社について議決権行使のガイドラインに従って「機械的に」賛否の判断をしていることが一般的であると思われる。個別に各社の事情を精査して判断するのは、特別な議案のケースに限られているであろう。であれば、個々の会社についての「賛成」「反対」の結果を個別開示するよりも、議決権行使のガイドラインを詳細に開示するほうが、より企業との対話につながるということが考えられる。

また、議決権行使助言会社の調査・賛否推奨レポートに対して、分析が不十分であるといった批判も聞かれる。しかし、しかし助言会社も「多数の会社を短期間で分析しレポートを書く」という状況は機関投資家と同じである。結局、企業側が、議案を早期に開示すること、議案の判断に必要な情報をきちんと開示すること、また総会に先立って平素からガバナンス関連の情報を十分に開示・説明していることが必要であろう。

いずれにしても、議決権行使の利益相反管理や議決権行使結果の開示の仕方は、株主総会日程や開示資料の早期化・統一化の問題と一体で検討される必要があるものと考える。

 

4.パッシブ運用におけるエンゲージメント

次に、パッシブ運用におけるエンゲージメントについては、大手運用機関ではアクティブ運用も並行して行っており、そのためのリサーチ・アナリストを抱えているところが多い。したがって、アクティブ運用でカバーしている投資先企業については、アナリストと協力してエンゲージメントに臨むことができる。他方、アナリストがカバーしていない会社については、パッシブ運用にとって重要と考えられる会社を絞り込んだうえで、エンゲージメントに臨むことになる。

実際、CGコードの導入後SRミーティングの申し込みが増えており、アクティブでカバーしていない企業からの申し込みが増えているという声もある。

有名な米国カルパースの「フォーカスリスト」は毎年10社程度をリストアップしてエンゲ―ジメントを行っており、このようなやり方も参考にできるのではないかという指摘もあった。

他方、日本のパッシブ運用の課題として、「インデックス」にTOPIXが使われることが多く、対象企業数が極めて多くなることである(TOPIX2000社程度)。日本ではGPIFなど公的年金基金でインデックスファンドの比率が極めて高いことや、近年日銀による異次元金融緩和の影響もありインデックスETFの規模が巨大になってきたことなどから、インデックスファンドの規模が極めて大きくなっている。全上場企業を対象としたインデックス運用が増えると、市場における株価メカニズムを通じた企業の選別が起こりにくくなり、結果的にコードが目指す「株主の監視による企業価値の向上」の機能が働きにくくなるという問題もある。

海外で使われる主要なインデックスは、米国S&P500(500社)、英国FTSE100(100社)などである。日本でも、上位300社程度で市場全体の時価総額の80%程度をカバーしており、海外投資家はMSCIワールドインデックスのジャパン(約300社)を採用することが一般的である。

この程度にパッシブ運用の対象企業を絞り込むと、より深いエンゲージメントも可能になってくるのではないか。アセットオーナー、運用機関双方の今後の課題として、検討を進めてもらいたい点である。

 

5.共同エンゲージメント

時価総額が大きいが、アクティブでは保有していない銘柄もかなりある。しかし、このような会社は、一般的に低ROEなど課題が多いにもかかわらず、IRに不熱心であるなど、建設的な対話が容易でないケースが多く、個別にアプローチしていくとコストも増大することになる。

このような場合や、多くの会社に共通のテーマ(例えばESG情報の適切な開示の在り方など)については、「共同エンゲージメント」も有効になってくるのではないか。

このような取り組みを進めるための機関投資家共通のプラットフォームの組成も、今後の機関投資家の課題になるだろう。

 

6.最後に

あらためて言うまでもないが、SSコード、CGコードの目的は、「企業と投資家の対話を通じて、日本企業の中長期的企業価値の向上を促す」ことにある。SSコード、CGコードが導入されて、それぞれ3年、2年が経過し、形式的な対応は相当進んできたといってよい。今後は、より実効性をいかに高めるかが課題であるという点は多くのかたが指摘されることである。

今回のSSコードの改訂にあたっても、「対話」の現場の実情を十分に踏まえた見直しを期待したい。また受け入れる機関投資家にあっては、コードの「原則主義、コンプライ・オアエクスプレイン」の精神に立って、横並びではない、自社にとって真に有効なスチュワードシップ活動のあり方を実践することが求められているのではないだろうか。

 

以上