投函者(三井千絵)
監査・非監査業務分離の議論
英国では、今監査法人に監査業務と非監査業務を完全に分離する提言がなされている。元々はカリリオン事件のような大企業の会計不正に端を発しているが、昨年12月、まずBEIS(ビジネス・エネルギー・産業戦略省)に諮問を受けたキングマン卿が、監査法人を監督するレギュレーターであるFRCに対し、改革の提言を行った。これは会計不正の要因を監査の質の低下にあるとし、その対策にはFRCの権限を強化しなければならない、と結論づけた提言だった。そして平行してCMA(英国の証券監視委員会にあたる組織)では、監査法人と監査そのものに対し改革案が検討された。4月18日、CMAは大企業には2社以上から監査を受けること、また監査法人には監査業務と非監査業務を分離することを求める報告書を発表、英国政府はこれを受けて90日以内に法制化など必要な手続きを検討することになった。
2社以上から監査を受けることが質の向上につながるのかどうか、という点もよくよく議論する必要があるように思うが、ここでは非監査業務との分離に注目してみたい。
この議論は新しいものではない。エンロン事件の頃も、監査法人がM&Aやシステム等のコンサルティングをクライアント企業に対して行い、コンサルティング収入が大きくなっていった。このようなクライアントに対し厳しい監査意見が出せるのか・・・ということが議論になった。米国SECでは2002年、監査と非監査業務の分離する規制を導入し、日本でも監査法人はコンサルティング会社を売却したり資本提携を解消していった。また日本では公認会計士法において、監査法人は監査業務を実施するための法人として位置付けられ、非監査業務については領域が限定されている。そのため、現在は海外と比べると非監査業務からの収入は多くないようだ。
日本と英国の監査法人の収益
ビッグ4が発表しているH30年の財務報告(注)をみると非監査収入の割合は、一番少ない新日本監査法人で16%、あずさ監査法人21%、トーマツ29%、あらた監査法人49%となっている。一方英国FRCが2018年10月に発行したレポートDevelopments in Audit 2018をみると、EY 24%、PwC 36%、KPMG 40%、Deloitte 60%となっており、全体的には日本より多い。ただ英国の場合は監査対象企業に対する非監査業務には制約があるものの、監査対象ではない企業に対する非監査業務による収入が、監査収入の3倍以上になっており、ここ数年少しずつ伸びている。これらは主に、 伸コンサルティング、TAX関連、事業再編、M&Aやその他のアドバイザリー業務などだ。
これに対し日本の監査法人はH29年からH30にかけて、各社とも監査報酬が伸びており、それぞれ対応して非監査報酬が減っている。各社の公認会計士の数を金商法大会社のクライアント数で割ると平均0.6人ぐらいになる。つまり公認会計士一人が一社に専念できない状況で監査をみていることになる。(これでは、もしCMAレポートが提言している“2社からの監査報告書”の取得が日本に来た場合、既存の監査法人だけではとてもカバーしきれないかもしれない)ある監査法人のパートナーは「非監査業務に制約のあった日本では、各社とも監査業務に収益基盤を依存するしかない、という状況だった」と述べ、「あらた監査法人さんが非監査報酬の割合が多いのは、たまたま新しい会社で顧客数が少なかったため、非監査業務にも力を入れてきたということではないだろうか」と指摘した。
非監査業務は監査のクオリティの妨げになるのか
このように英国と日本は監査法人の業務の状況に違いがあるかもしれないが、ただいずれも非監査業務の分離がクオリティの向上に役立つか、という点が疑問である。日本企業が作成している有価証券報告書には非監査報酬が何に対して支払われたかも説明することになっている。何社かみていくと社債発行に伴うコンフォートレター業務、経営事項審査、財務に関する調査業務、報告のための支援業務・・・といった説明がならぶ。
そんな日本はもちろんのこと、英国の場合でも監査対象企業に対しては非監査報酬が監査報酬を大きく超えているわけではない。非監査業務の有無にかかわらず、監査の質を上げようと思えば人材を教育しより多く投入する必要があり、結局は監査費用として跳ね返る。クライアントから報酬を受け取っている以上、もしクライアントが「監査報酬が高いから変更します」といったら、もしかしたら監査法人は「作業を減らして値下げします」というしかない・・・ということはないだろうか。そして減らした作業分は監査の質が下がってしまうかもしれない。また監査の質は監査人側の問題だけでなく、例えば顧客企業の資産や収益の規模、またシステムがどの程度整っているかも作業の量に影響し、同じ作業時間、人数であればやはり質の向上の足かせになるかもしれない。そうすると関連非監査業務を請け負うことは、若干のコスト分散となり、お互いに効率がよいということにならないだろうか。
監査報酬額の適切さはどのように判断できるのか
二重監査にせよ、非監査業務問題にせよ、考えなければならないのは監査の費用をどのように理解するか、ということではないだろうか。英国では監査報告書を拡張した時に、監査法人がKey Audit Mattersと特定した箇所に、どの程度の監査時間と人員を割り当てたかも記載することになっている。そうすることで、投資家にも監査の状況が共有され、監査報酬が適切であるかどうかを判断できるようになっている。監査報酬が安すぎれば、それだけかけた時間や人が少なかったかもしれない。それが企業にとって監査費用を十分にかけることへのインセンティブになるように思う。もちろんこれだけで十分というわけではないが、少なくとも投資家は、企業をきちんと監査しようとしたらどれくらいコストがかかるのかについても意見を持つ必要があるだろう。
昨今非財務情報の重要性の議論が高まり、欧州各地で非財務情報開示に向けたルール等の整備が進んでいる。それと同時に非財務部分についての監査(アシュアランス)の要否も議論に挙がっている。英国では、FRCが非財務部分も監査人に確認するように(監査ではない)求めている。日本では監査対象となるのは有価証券報告書で言えば「第5経理の状況」だけだが、それでもマネジメントの見積もりなどで他の情報も見ざるをえなくなっている。監査人の仕事は年々増え、収益を圧迫しているのではないだろうか。そこで監査で培ったナレッジを用い、周辺事業を開拓してきたのだろう。監査法人が周辺の非監査業務を行うことは、もしかしたら監査対象企業の事業を理解することにつながるということはないか。英国での議論は、遅かれ早かれなんらかの形で日本にやってくるだろう。非監査業務については日本では英国に比べて多くないと冒頭に書いたが、監査対象企業から監査報酬の2倍以上の非監査報酬を受け取っているケースもあり、また監査は海外の連結対象企業、関連企業とも相互につながっていることもあり、英国の動きは無視できないだろう。監査は“良いガバナンス”を支える重要なファクターだ。この機会に日本でも、議論を行う必要があるのではないだろうか。
(注)文中に引用した、日本の各監査法人の収入等については、以下の報告書を参照した。
第19期 業務及び財産の状況に関する説明書類 EY新日本監査法人
業務及び財産の状況に関する説明書類 第51機 業務及び財産の状況に関する説明書類
業務及び財産の状況に関する説明書類 第13期会計年度 PwCあらた有限責任監査法人