— 企業のガバナンスに対する株主の行動責任 “企業価値の毀損を看過せず” —

投函者(三井千絵)

 

2019年3月20日、マラソン・アセットマネジメント(以下マラソン・アセット)他3社の海外機関投資家株主は、伊奈取締役などの国内株主と共同で、LIXILに対し、潮田氏・山梨氏の取締役解任を求める臨時株主総会の開催を請求した。この 臨時株主総会の請求は、対象となった両氏が辞任したことを受けて撤回となったが、マラソン・アセットは、代表執行役・CEOの異動・交代に関する取締役会及び指名委員会の議事録の開示請求は継続し、6月の定時株主総会に向けて提出された取締役選任議案については、会社提案に反対、伊奈氏・瀬戸氏の株主提案に賛成する旨の意見表明を行った。

企業価値を毀損する恐れのあるガバナンス上の問題が発生したとき、機関投資家はどう行動するべきだろうか?スチュワードシップ・コードが導入されて5年、機関投資家の責任は、投資先企業にガバナンスの向上を求め、エンゲージメントを行い、議決権を行使することだと言われてきた。これは受益者のベネフィットを守るために、企業のマネジメントを監督するということだ。その実行にはどんな困難が伴うのだろうか。LIXILのケースを振り返って、2回にわけて考えてみたい。

 

1.株主資本を託すには信頼できる経営者に経営を委ねなければならない

 

2018年10月末、LIXILの取締役会は、突然トップマネジメントの交代を決議した。マラソン・アセットを含めいくつかの機関投資家は、会社側に説明を求めたが、十分な回答が得られなかった。マラソン・アセットは、これを深刻なコーポレートガバナンス不全と判断、「このような事態を引き起こした取締役に、株主資本を託し経営を委ねることは、株主として受け入れ難く、自らも責任・運用責任を果たすため行動を起こす必要が生じた」(同社・高野氏談)

<プレスリリース>株式会社LIXILグループ機関投資家株主による 臨時 株主総会 招集 請求について

上記の2019年3月20日に発表されたプレスリリースにも記されている通り、マラソン・アセットは、前年10月末の突然の代表執行役の異動・CEOの交代(当時の瀬戸CEOは10月末でCEOを退任、2019年3月末で代表執行役社長も退任予定と発表された)における指名委員会の手続きが不透明であり、その説明も著しく不十分であったことから、ガバナンス上の問題が生じていると受け止めた。市場参加者も同様であったのか、新体制になった11月1日には、ニュースをうけて株価が前日の1780円から1530円に14%下落した。

2018年10月当時の指名委員会は、委員長が社外取締役の山梨氏で、他に社外取締役のジャッジ氏、幸田氏、吉村氏、そして社内取締役の潮田氏という5名であった。しかし10月26日の指名委員会において、委員長自らが代表執行役社長兼COOに、また指名委員会唯一の社内取締役で取締役会議長でもある潮田氏が代表執行役会長兼CEOに就任するという提案が行われ可決された。これは実質的な任命権がある者が自らを指名した、とみることができた。続く10月31日の取締役会において、指名委員である幸田氏、ジャッジ氏欠席のなか、瀬戸氏・伊奈氏・川本氏の3名の社内取締役は反対したものの、上記提案は賛成多数(賛成7、反対3、欠席2)により可決された。

マラソン・アセットは、これをガバナンス・ルールの軽視、一部の利害関係者の利益優先が疑われることから、コーポレートガバナンス不全と認識、株主と取締役の関係を損ね、企業価値を毀損させる問題であると考えた。何よりも信頼できない取締役に資本を託して経営を委ねられるのか、という基本的な問題意識を高野氏は持っていた。

 

2. 機関投資家・株主による開示・説明要求と会社の不十分な対応、そして臨時株主総会の請求へ

 

12月17日、新CEO・COOとなった潮田氏・山梨氏による機関投資家向けスモール・ミーティングが行われたが、指名委員が自らをCEO及びCOOに任命するというトップマネジメント交代に対し、納得のいくものにはならなかった。

マラソン・アセットは、とにかく瀬戸氏のCEO解任の理由や経緯を把握する必要があると、12月25日付けで、潮田氏・山梨氏・瀬戸氏を除く社内外の取締役に質問状を送ったが、「取締役会で返答の是非を検討する」との返答にとどまり、その後の返答はなかったそうだ。また同時に、トップ交代に関わる取締役会および指名委員会の議事録の開示も請求したが、これも名義株主でないため請求権が認められなかったとのことである。

それでも機関投資家からの説明要求は根強く、LIXILは第三者である弁護士に、代表執行役及びCEO・COOの選解任の手続きについての調査と検証を委託し、2019年2月25日にその結果を同社のウエブサイトで公表した。しかし公表資料では過半のページが削除されており、その説明もLIXILの取締役に対する不信感を払拭できなかった。そのため、マラソン・アセットを含む機関投資家は調査報告書の全文開示を求めたが、検討するとの返答にとどまった。(その後、マスコミ報道や東証からの要求を受けて4月9日に同資料は開示された)。

3月20日、マラソン・アセットは、一連のガバナンス不全、不透明性、株主に対する不誠実な姿勢に対し、他の3社の機関投資家、また伊奈取締役等の国内株主とともに、潮田氏・山梨氏両氏の取締役解任を求める臨時株主総会の招集を請求した。

「通常であれば、保有銘柄やその詳細は開示しない」というアクティブ運用のマラソン・アセットが公の場で発言することは珍しい。それでもアクションを起こしたのは、ガバナンス不全は、企業価値を損ね、多くのステークホルダーの利益に反していると判断した以上、株主責任と受託者責任を果たすためだった。 また、同日、LIXILの取締役である伊奈啓一郎氏も臨時株主総会の株主請求の当事者として、今回のガバナンス不全は看過できず、機関投資家の請求に賛同するという、ステートメントを発表した。

<ステートメント>機関投資家の株主による株主総会招集請求への賛同について

上記の伊奈氏のステートメントによると、10月31日の取締役会で突然瀬戸氏をCEOから退任させ、潮田氏自ら代表執行役兼CEOに就任するという決議が行われた。それより前にそのような議論を取締役会でしたことはなかったそうだ。伊奈氏はそのステートメントで「ガバナンスを無視した手法」であるとし、弁護士の調査で指摘された”前CEOと指名委員会委員に対する誤解を与える言動”が、“前CEOを退任させ”、“自らCEOに就任する決議を行わせた”、ことであったと記載している。

これら一連の動きの中、他の取締役、特に社外取締役らはどのように考え、対応してきたのだろうか?

 

3.株主は取締役を選ぶ権利を有するが、CEOを選ぶのはその取締役

 

マラソン・アセットの高野氏は「CEOは事業執行の最高責任者で、企業価値を高める責任を有するが、株主が選ぶのは取締役である。そして株主を含むステークホルダー全体の利益拡大のために、取締役が実際のビジネスを主導する執行役を選出するという構図になっているので、取締役が株主の信頼を損なうと、この関係は成立しない」と考えている。

とはいえ臨時株主総会の招集請求に向けて動き出した株主は、通常のエンゲージメント以上に大変なアクションを選んだことになった。会社法では総議決権の3%以上に相当する株式を過去6ヶ月以上保有している場合は、臨時株主総会の招集を請求する権利が認められている。マラソン・アセットは自社だけでは3%に満たなかったため、他の機関投資家株主にも声をかけた。全体で3%以上ではあるが、5%未満になるよう、気をつけなければならなかった。全体で5%を超えると、共同提案した株主は、同一株主と見なされ大量保有報告書を提出する義務が生じることになる可能性が高いためであり、株主提案を行う上での実務的な障害の一つになっている。

最終的には、マラソン・アセット、インダス・キャピタル・パートナーズ、ポーラー・キャピタル・ホールディングス、タイヨウ・パシフィック・パートナーズの4社に加え、国内の個人株主らが共同請求者となることで3%以上(5%未満)・6カ月以上保有という条件を満たすことができた。

 

昨年のトップマネジメントの交代発表以降、LIXILの株価は大きく揺らいでいたが、臨時株主総会開催の株主請求の提出にあたり、共同提案株主間で当該株式の売買停止の合意を結んだことから、マラソン・アセットも売買をすることなくLIXILと対話を続けたそうだ。「ガバナンス不全等から大きく株価は下落していたが、売却という選択に踏み切る前に、顧客資産を預かる資産運用会社として、また株主としての義務を果たすためにも、株主に認められた権利は主張し、会社に対応を迫るべきと考えた」と、高野氏は述べている。(続く)