投函者(三井千絵)

 

増えるESG説明会

非財務情報の中で、環境に関する開示が年々盛んになっており、ESG説明会というのを開催する企業が増えてきている。サステナビリティレポートとか統合レポートの中に環境に関する情報、TCFDが求める要件を記載して発行し、機関投資家説明会を開催してお披露目しているようだ。

 

筆者は開示に関する課題をとりあげている研究員で、2020年4月以降はある出版社のサイトで「コロナと戦う開示」というシリーズを執筆したり、投資家団体で同様の講演も行った。コロナ禍で企業がどのように開示に取り組んできたかを、機関投資家やアナリストなど最低でも数人とディスカッションをして取り上げてきた。そこでJ.フロント リテイリング株式会社(以下、Jフロント)が有価証券報告書にTCFDの開示要件をうまくセットしたことから注目した機関投資家がおり、このような開示が有益であったか周りの意見を聞きはじめた。どんなすぐれた企業開示でも、やはり投資家・アナリストごとに注目ポイントが異なり”誰がみても良い”というわけにはいかなかったりする。すると別の機関投資家から「(自分は参加できないが)XX日にESG説明会が開催されるそうだから行ってきては?」と助言された。有価証券報告書に記載される最大のメリットは、TCFDが求める開示要件が戦略にせよ、ガバナンスにせよ、また財務インパクトなどが気候変動以外の課題や状況といかに影響し合っているか一貫して見ていくことができることだ。そこで直近のESG説明会でどのような説明を行ったか、またそれを他の機関投資家がどのように理解したかを聞くことは有益だろうと考えた。ところがHPにアクセスしてみたがこのESG説明会の情報は掲載されておらず、やむなくIRに問い合わせたところ「この会合に参加できるのは機関投資家だけ」であるという返事がきた。

 

ェアディスクロージャーの議論

このように特定の説明会の対象を限定するというのは意外ではない。ESG説明会の情報があらかじめHPになければ開催されていることを知るすべはないが、他社も同様かもしれない。逆にそうであれば、ESG説明会であればこそ、ここはもう少し考えてみるべきだろう。

アナリストにせよ投資家にせよ、筆者が若い頃はまだ、企業の情報を「自分だけが知っている」というのが良いとされていた。しかし今ではプロ向けではなく誰もが株式を売買できる市場に上場している以上、全ての取引関係者に平等に情報が届くよう最大限の努力が求められている。情報弱者ができることは、情報を早く入手したほうがどうしても収益を得るチャンスと繋がりやすい株式市場の性質上、問題であるからだ。しかし数年前にフェアディスクロージャー・ルールが導入された後でも、決算説明会への参加でも限定されている。同時にオンラインなどをしているケースもまれだ。とはいえ当然ながら証券会社のアナリストや、広く平等に情報を提供する記者、また専門のリサーチ、執筆をしているもの、例えば筆者のような立場であっても門戸が開かれている場合が多い。

投資家の意識も変わってきている。数年前のフェアディスクロージャー・ルールの導入の頃は、やはり長年の”慣れ”があるためか比較的年齢の高い世代が「会話がスムーズにいかない恐れがある」といった懸念を示した。しかし若い世代ほどそれを当然と受け止め、最近はHPに決算説明会のQAまでカットせずに掲載している企業を評価し、外国人投資家に公平に情報が行き届かないからといって英語開示をしない企業に厳しい傾向がある。たとえ機関投資家の保有が多くても、日々売買を繰り返すのは個人投資家に多く、より多くの市場参加者が企業価値を理解することは市場全体にとってメリットとなる。

 

ESG情報は誰のために

それから、それなりの訓練を必要とする決算の分析と異なり、ESG情報の説明会を”機関投資家”に限定するのはなぜだろう。特定の投資家にのみ話をしたいというのは、少し時代に逆行している。たしかに、時間の限られた説明会で、関わり方の違う人が、聞きたいことと違う質問をたくさんすれば迷惑だろう。だから“よくわかっている人にだけ限定したい”という気持ちは常に主催者にはつきものだと思う。株主総会で非常に趣旨と異なる質問がでて困るのは会社側だけではない。とはいえESG説明会を「機関投資家のみ」というのは、その企業にとってもメリットなのだろうか。

まずESGと言われる情報そのものの性質を考えてみたい。これは広く社会関係することだ。環境、社会いずれも機関投資家があまり専門知識を持っていない可能性があるテーマであり、海外でも機関投資家はNGOやリサーチを提供する企業と一緒に議論を深めているケースが多い。リサーチ会社のレーティングやレポートをメインに評価している投資家も少なくないし、海外では”投資家団体”という形でリサーチを提供するNPOのような団体が投資やエンゲージメントのガイドラインを提供していることもある。イノベーションに関するものも多く「これは環境のためになる」と一方的に言われても、機関投資家だけではうまく質問したり評価したりできないかもしれない。

また自分がクライアントのために売買している機関投資家だけを呼ぶと、そこで議論された内容が外に広がらない。ESGへの取り組みはレピュテーションを高める目的で取り組むことも多いと思われるが、不特定多数の投資家に情報を再配信するリサーチや記者がいなければそれをやっていること自体も世の中に伝わらない。大口の機関投資家だけを大事にしたいという気持ちがあるのかもしれないが、世の中の評価が変わらなければ、巡り巡って機関投資家にとってもメリットになりにくい。

前述のJフロントには、大変残念であることと機関投資家が我々のようなものが書いた情報を再利用することもあるのだと再度メールを出したが返事は得られなかった。せっかく有報にTCFDの求める情報をしっかり掲載するような姿勢があるのだから、ぜひ今後は広く門戸を開放することを検討してほしい。

ESG説明会もフェアディスクロージャーの精神で、広く同じタイミングで公開していくことが、機関投資家の理解を深める本当の早道であると考えている。