投函者(三井千絵)

 

9月から非財務開示フレームワークの動きが加速している。「非財務には自主的なフレームワークがいくつもあり、企業にとってはあれこれ対応させられて非常に負担」という声が聞かれるようになってから何年にもなるが、9月にIIRC、SASB、CDP、CDSB、GRIが共同で、それぞれの考え方の違いやターゲット領域について整理した「The comprehensive corporate reporting」というレポートを発表すると、今度はIFRS財団が「IFRS財団の下に新しいサステナビリティ・スタンダード・ボード(SSB)を設立する」ことを問うコンサルテーションを開始した。この意見募集の期限である12月末を目指し、様々な議論が行われている。そのコンサルテーションには“現在は多くの団体がそれぞれ固有の基準を提供し、対象もカバー範囲もそれぞれで、気候変動などが世界的な問題となっている今、情報の分断が世界的に拡大し、かつ企業の負担になっている”といった問題が掲げられていた。

 

新Value Reporting Foundation

IFRS財団のコンサルテーションが始まってから、世界中から比較的これを歓迎する意見が多く聞かれている。IFRS財団は、財務報告基準の開発で長い経験があるIASBをもち、世界中のレギュレーターとのネットワークがある。しかし一方で、非財務情報に対し経験のないIFRS財団が“どのように非財務のフレームを開発するのか”、“市場ですでに受け入れられているGRIやSASB、IIRCとどのように協力していけるのか”が注目されていた。

その様な中11月25日、IIRCとSASBは合併の意向であることをそれぞれプレスリリースした。新しい組織名をValue Reporting Foundationとし、統合されたフレームワークを提供するということだ。(プレスリリース SASB側)声明には次の様に書かれている「情報はすぐれた意思決定の生命線である。資本市場は企業価値創造に関連する情報を渇望しているが、断片化されたレポートの状況から得られた情報を消化することは簡単ではない」そのために2団体は合併し、その開示フレームをひとつに統合していく・・・ということだ。

 

二つの価値観の違い

とはいえ、2つの団体はそれぞれ異なる価値を提供してきた。IIRCは6キャピタルという非常に大きい原則を掲げ、(人的資本など)財務諸表に反映しないけれども将来企業に収益をもたらすものを“資本”と呼びそれを表すことで非財務の開示のフレームを構築していった。とても重要なことを述べている一方でわかりづらいとも言われている。SASBは逆にボトムアップベースで、投資家と企業が必要な情報を積み上げてフレームを構築した。そのために77業種にもわかれたフレームがあり「使いやすい」と言われている。投資家側も企業の評価の仕方はそれぞれであり、IIRCのようなフレームで企業価値を分析する人もいれば、SASBのように同じ業種の中で、何が重要かをベストプラクティスの様に知りたい人もいる。SASBが使いやすいという投資家もいる一方で、“業種ごとで積み上げ型の基準は、何かを見落とすリスクがある“といった懸念を示す人もいる。今回の統合を歓迎する人がいる一方で、2つが1つになるということは、もしかしたら好んでいた部分が変わってしまうかもしれない・・・という不安を感じる人もあるのではないだろうか。開示には地域性やその土地の習慣もあり、数十年たってもいまだに財務報告ですら世界で1つになっていないことからも、そのような様々な思いが推察される。

 

未来の企業報告

この発表により、年末のIFRS財団のコンサルテーションへ寄せられる意見になんらかの変化が見られるかもしれない。たとえばこれまでは、”異なる開示フレームがあって困っていた、IFRS財団の新SSBに期待する”、とだけ回答しようとしていた団体や個人が、IIRCとSASBという非常に異なる性質を持ち合わせた団体の合併のニュースを聞いて、”IFRS財団も単独でSSBをはじめるより、まず既存団体と協調すべきだ”という意見を送ろうと、考えを変えることはありえるだろうか?

財務情報の世界であっても、IASBとFASBの間でも基準に違いがあり、今年は子会社がIFRSで減損をし、親会社が連結する時US-GAAPであったため減損をしなかった・・という事例も見られた。このように異なる地域で基準を揃えていくのは非常に難しい。IIRCとSASBの決断には相当な議論もあっただろうし、今後もそれは続くだろう。しかしこれまでも“今IFRS財団が新しいSSBを作っても、ひとつ非財務フレームワークが増えるだけ“という見方もある中で、IFRS財団のコンサルテーションが終わる前、このタイミングで統合を決断した2団体は、「非財務報告のフレームワークは今、統合していかなければならない」という強いメッセージを世の中に送ったのではないだろうか。

IFRS財団のコンサルテーションが終わるまで、あと1ヶ月ある。この機会に日本でも多くの議論を行い、多くの意見を送って議論に参加していくことが重要ではないだろうか。