投函者(三井千絵)

 

11 月3日朝10:15(現地時間)、COP26の Presidency Event で、IFRS財団トラスティErkki Liikanen議長は、IFRS財団の下にサステナビリティ報告基準を策定する審議会、International Sustainability Standard Board (ISSB) を設立することを発表した。この直後IFRS財団のHPでも同じ内容が発表された

これは日本時間では夜7時15分にあたり、発表時間が近づくとSNSでも盛んにお知らせが流れた。前英国中銀総裁のマーク・カーニー氏に続き、IFRS財団議長はISSBの設立を発表するにあたり、なんとIIRCとSASBによって発足したValue Reporting Foundationと、CDSBがISSBに統合されることを告げた。

 

違いを乗り越え

驚きは初めてではない。昨年の11月にロンドンに本部を置くIIRCとカリフォルニア生まれのSASBが合併すると聞いた時、すでに経験している。この2つの開示フレーム団体は、対極にあるようだった。原則主義で6つのキャピタルといった難しい概念を掲げるIIRCと、77セクターに分類し投資家のニーズを聞き、実際に開示された情報と企業の収益の関係から重要な情報を選定していくボトムアップ方式の開示フレームをもつSASBの合併は周囲を非常に驚かせたが、よく考えると最善の選択だと理解できた。

この2つの開示フレームは「財務諸表に現れない情報で、将来の企業価値の源泉となる情報」を表現することで構成されている。IIRCは初期の頃、BSにあらわれない無形資産に注目し、人的資本や、知財、自然資本などを6つのキャピタルとして分類した。これらを説明することで、投資家は企業の利益や成長の源泉を知ることができる。SASBは前述の通り収益に貢献するデータをエビデンスをもとに選択している。投資家はその情報によって、収益への貢献を予想することができる。この2団体のアプローチは真逆だが、目指していることは同じだ。

非財務情報の重要性が高まる中、開示フレームが複数存在することは、投資家にとっても企業にとっても負担であり「情報の分断」を世界に拡大するリスクもある。市場に受け入れられ、信頼され、さらに自らのサステナビリティのために、この2団体は統合の道を選んだ。

 

TRWG

この3月、IFRS財団トラスティ会議でISSB設立に向けた取り組みが承認されると、まずは準備委員会(TRWG)が設置された。メンバーはIFRS財団がチェアを担い、TCFD、CDSB、IPSASB(国際公会計基準)、WEF(World Economic Forum)、そしてSASBとIIRCが統合されたValue Reporting Foundation、そして財務諸表との一貫性を保つためIASBも参加し、IOSCO(証券監督者国際機構)がオブザーバーとなり、その後半年間活動を行なってきた。IFRS財団はここでの活動の結果を9月にウエブキャストで紹介した。それぞれの代表が分担をし、現在までTRWGで議論してきたことを説明した。新しい基準の枠組みや、基準開発のやりかた、デュープロセスなど詳しく解説されたが、コアとなるコンテンツのたたき台は、IIRC、SASB、CDSB、それにGRIとCDPも参画し2020年12月に発行された”プロトタイプ”というレポートだった。これはTCFDの要件などを吸収しながら、どのように開示基準を作るべきかを論じている。新しいサステナビリティ報告基準は、財務諸表との一貫性が重要で、新しいサステナビリティ報告基準が、IFRSがもつ概念フレームワークと、プラクティス・ステートメント1のマネジメント・コメンタリ(財務諸表に対する経営者の説明のガイドライン)、プラクティス・ステートメント2のマテリアリティ・ジャッジメントと整合していく必要性を説いている。またIFRSにも開示基準があるように、サステナビリティ報告基準も開示基準を持つべきと述べていた。

ウエブキャストでは、各団体の代表同士の見事に一貫性がある説明から、これまで一丸となって取り組んできて、今共通のゴールを描いているのだろう、と感じることができた。

 

サステナビリティ報告は新時代に

IFRSのサステナビリティ基準は、おそらく各国で制度開示での適用が検討されているだろう。日本で言えば有価証券報告書だ。それはこの新基準がTCFDの要件を抱き込んでいるため、これから続々とTCFD開示を義務化、或いは事実上義務化をしていく国では、制度の中になんらかの開示基準を設定する必要があるからだ。そのうえこの基準は、IFRS財務諸表と相性が良いものになる可能性が高い。米国や日本以外の多くの国ではすでにIFRSが採用されており、本来TCFDが求めらている財務への反映を鑑みると、これは使い勝手が良いものになるだろうと期待もある。

その一方、この基準を策定するISSBが、そのスタートにおいて、IIRC、SASB、CDSBを吸収することは何を意味するのだろうか。

それは、統合レポートやサステナビリティで親しんできたこれらの開示のコアコンピタンスが、ISSBの基準を通して、制度開示に反映する可能性があるということだ。近い将来制度開示に、これまで任意開示で取り上げられたコンテンツが反映しやすくなるかもしれない。それは投資家にとっても企業にとっても、非常に魅力的で期待できる方向ではないだろうか。

 

11月3日のグラスゴーでは、モデレータがIFRS財団トラスティ議長に質問をした。「いつから企業は新しい基準をつかえるのでしょうか?」議長は来年の後半には出せるようにしたい、と言い、司会は「それはいいニュースです。次の10年後じゃありませんね」と未だコロナ禍の影響で空席が目立つ会場を沸かせた。

しかしTCFDの開示は相次いで義務化されており、文字通り1日でも早くこの基準を使い始められることが望ましい。出発したばかりのISSBは設立をゆっくり祝う時間はないかもしれない。さっそく世界のレポーティングのために、エンジン全開をすることを期待したい。