投函者(三井千絵)

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コーポレートガバナンスに軸足をおきアジア企業に投資をする投資家が集まるAsian Corporate Governance Association(ACGA)は11月5日、6日に、シンガポールで第23回年次大会を開催した。200名を超える投資家がアジア各国だけでなく米国、カナダ、英国、EUなどから参加した。2日間にわたり、日本や韓国のコーポレートガバナンスリフォーム、シェアフォルダー・アクティビズム、ESG、スチュワードシップ・コード、AIに対する投資家と経営者のチャレンジ、そして独立社外取締役の効果について議論をした。

1日目には、ESGバックラッシュに関するパネルディスカッションも行われた。(タイトルは”ESG:it’s political. Is it just box-ticking?”)北米のアセットオーナーであるモデレータは、米国の選挙の日であることを意識し、パネルの準備のためにさまざまな参加者の意見を慎重に聞いていた。

シンガポールが6日の朝になっても米国の多くの地域はまだ火曜日だった。それでもシンガポール時間の9時になり、カンファレンスが始まると出口調査や、開票速報も始まり、みな選挙の結果に気を取られていった。

 

アジアの躍進

今年は日本でスチュワードシップコードが導入されて10年目であり、つまりスチュワードシップ研究会が設立されてから10年となった。10年前の設立当初日本では「スチュワードシップコード」という言葉は新しく、コーポレートガバナンスについての取り組みは欧米より遅れていると言われていた。取締役会の構成(委員会設置など)、資本効率に対する考え方、政策保有株の問題などが内外の投資家から指摘され、しかし当時国内では投資家が集ってともにガバナンスの問題について議論する場はあまりなかった。ACGAの前代表Jamie Allen氏やそのメンバーは、日本に来るたびにともに会合を開き、日本の国内の投資家の議論を高めることに協力をし、我々もACGAからさまざまなことを学んだ。そのため昨年、ACGAの代表を引き継いだAmar Gill氏が、カンファレンス中に何度か「日本などには、アジア地域で進んだ取り組みをしている国には、牽引役になってほしい」と述べるのを聞くと、若干隔絶の感があった。

2023年金融庁のコーポレートガバナンス・アクションプログラムとその一連の取り組みで、PBR1倍割れの議論から日本企業への評価が見直されると、日本を”成功事例”としてあと追うアジアの国の取り組みもみられるようになった。しかしジェンダーダイバーシティについては、日本の進展は未だ地域内で下の方で、それは東アジアの国全般にいえる。マレーシアは昨年、新興国ではじめて上位企業の女性取締役30%を達成したが、シンガポールやマレーシアといった多民族国家は、ダイバーシティにおいては進展が早いのかもしれない、といったつぶやきがカンファレンス中にもテーブルで聞かれた。(ACGAのカンファレンスでは参加者は6、7人が座れる円卓を囲んでパネルの議論を聞く)

一方トランジション関連については、昨年のCOP28で公平な移行やグローバルサウスの問題が取り上げられたが、一部の国はいわゆるグローバルサウスであるASEAN各国の取り組みはここ数年目覚ましい。カンファレンスが始まる前日にいくつかテーマごとのラウンドテーブルが開催されたが、そのうちの一つでは、マレーシアセキュリティコミッションやブルサ・マレーシア(取引所)がスピーカーとなり、マレーシアやASEANのタクソノミーの取り組みについてACGAのメンバーである投資家に力説した。

 

米国の選挙

コ―ポレートガバナンスの世界においてみなが目標とし、これまで牽引役となってきた米国は曲がり角にたっている。今回の選挙は、ジェンダーダイバーシティ、排出量削減といった、いわゆる長期投資家が掲げてきたアジェンダに対し、2人の候補者が逆の立場を示してきた。公平にみて会場にいたアメリカ人はほとんど、ハリスに郵便投票を済ませて参加してきたようにみえた。(あるACGAのメンバーは劣勢のテキサス州で、わざわざ投票をするためにカンファレンスに現れなかった)

1日目に何人かの参加者に聞いた。「今夜の結果次第で、運用は変わると思うか?」ほとんどの人は変わらないと答えた。やりにくくなることはあっても、基本的な路線は変わらないだろう。関税などで、投資先企業の業績やサプライチェーンが影響をうけたとしても、運用方針そのものが大きく変わることはないといったムードがあった。

2日目の朝には「一番困るのは長引くことだ」という声があちこちで聞かれた。大方は来週まで結果はでないだろうという構えだった。つまり米国の投資家ですら、こんなに早く結論がでることを予想していなかった。午前中に始まった開票で劣勢を感じ始め、午後になりジェンダーダイバーシティをアジェンダとするパネルディスカッションが行われている最中に、ペンシルバニアの結果が報じられた。

今年がはじめての参加だったあるアジアからの参加者は、控えめに後ろの席で様子をみていたたため、それがわかった時の会場の反応をはっきりと感じたという。その後のコーヒーブレイクで、もう一度聞いた「この結果で運用は変わると思うか?」

生物多様性に早くから注目した投資を行ってきたある香港のファンドマネージャーは「影響を受けると思う」と述べた。

 

投資家の役割

最後のパネルは、トランジション関連だった。(タイトルは“What is the regulatory role vs corporate commitment to meet Asia’s NDC and Net Zero pathway?”)会場には、脱力感が漂っており、空席も目立った。参加者の1人は、顧客への説明のため緊急のミーティングがセットされたと嘆いていた。

長い2日間が終わり(通常より長く感じた)Amar Gill氏に今回のカンファレンスを振り返った意見を求めた。

「今日は、あまりにも早くでた選挙結果に動揺を隠せなかった参加者もいたようだが、これから投資家はどうするべきだと思うか?」これに対し、バイサイドもセルサイドも経験した60代のベテランの氏は、次のように答えた。

「2日間多くの議論をすることができた。みな投資家にとって役立つ議論であったと思う。重要なのは、ショートタームのパフォーマンスについてではなく、長期の成長を求めるものだ。企業は長い視点で、いかにリソースを配分し、ステークホルダーやESGの課題への考慮を行い、株主価値を高めるか、それを求めるのが投資家の役割だ」

“ESG”とは歴史的には、長期投資の議論の中から生まれた概念だ。もともとは財務諸表にみえない長期のリスクや価値を評価するためのもので、レギュレーターや社会の目標が直接的に投資に組み入れるようになってきたのはここ数年のことだ。ESGバックラッシュのパネルの時にテーブルでは「政治やレギュレーターのほうがショートターミズムになっていないか?」という声もあった。政治はどうしても選挙のたびに方針の見直しが求められる。

レギュレーターの影響を受けやすい顧客(年金基金や金融機関)が意見を変えたり、短期に市場が不安定になったりと一筋に縄にいかないこともあるかもしれない。しかし、いま投資家に求められるのは原点に立ちかえり、何が長期の株主価値にとって重要かを見据えて、ぶれない判断なのではないだろか。