投函者(三井千絵)

OECDによる2025アジアコーポレートガバナンス円卓会議はバンコクで開催された
経済協力開発機構(以下、OECD)は年に一度、Asia RoundTable on Corporate Governance(以下ラウンドテーブル)という会合をアジア各国の金融当局と一緒に開催している。1999年にG20/OECDコーポレートガバナンス原則(OECD原則)を発表してから、ほぼ毎年このラウンドテーブルも開催され、各国のレギュレーターや関係者が集い、互いの成果や課題をともに議論することで、アジア全体のガバナンス向上が図られてきた。2025年は11月末にタイSECがホストとなりバンコクで開催された。
日本、韓国に続いてバリューアップイニシアチブ導入
日本では、2014年にCGコード導入に向けて議論を始めた時には、前年に策定したスチュワードシップ・コードの適用がはじまっており、機関投資家のエンゲージメントや議決権行使は企業のガバナンス向上に欠かせないものとなっていた。しかし上場企業の数やそのタイプと、その市場で投資する投資家はいつも均衡するわけではない。OECDのFinancial and Enterprise Affairs担当ダイレクター、Carmine DI NOIAは最初のパネルで「ASEAN各国の場合、いわゆる”機関投資家”は市場全体の18%」だと述べた。これは徐々に大きくなっているが、多くの国では企業のガバナンス向上に機関投資家に頼れず規制当局がより積極的に乗り出し、グローバル投資家の投資を呼び込むために開示を整備し、コーポレートガバナンスの向上に向けた様々な取り組みを行っている。
最初のパネルは他にはタイSEC、タイ証券取引所、タイ資本市場組織連盟がパネリストで、タイがいかにこれまでOECDガバナンス原則を取り入れ、債券市場を整備してきたかについて語った。そして今後は日本や韓国の後を追い、2025年からコーポレート・バリューアップ・イニシアチブを始めていると説明した。具体的には、タイ企業にガバナンスの改善とESGや開示の促進を求め、企業経営者がベターパフォーマンスを求めるよう、直接的に奨励しているということだ。
投資家を求めて
ASEAN各国の証券取引所によるパネルもあった。タイ証券取引所、マレーシア証券取引所、フィリピン証券取引所、SGXは、優れた企業がNASDAQや香港といった他国に上場したがるという共通の悩みを抱えている。機関投資家が企業に対しコーポレートガバナンス向上を求めるように、企業の側は機関投資家に自社の価値を評価されることを望んでいる。したがって機関投資家の層の薄さは、その国の市場に上場しても、適切にバリュエーションされないのではないか、という不満を企業が抱くことにつながり、良い企業がいなければ自国市場にグローバルの投資家が集まらないという悪循環となる。それではCGコードを導入し、財務・非財務の開示をよりグローバル基準と同等になるようにと整備するレギュレーターの努力も実らない。
しかしこの問題は果たしてASEANだけのものだろうか。日本でも時価総額が小さい企業に投資をする機関投資家の数は圧倒的に不足している。TOPIX構成銘柄で一番時価総額が小さい企業は約500億円。これより時価総額が小さい企業は2600社ほどあり、個人が主な投資家になっていないだろうか。マレーシアではMSWGというコレクティブ・エンゲージメントのNPOがあり、別のパネルに登壇していた。MSWGは企業に独立取締役の導入などガバナンス改善を求めて活動しているが、それを個人投資家に伝え議決権行使を奨励することで「個人の票」をバックに、企業にエンゲージメントを求めている。日本でも、最近は株主総会で株主還元の向上やESGの取り組みを求める個人投資家がみられ、ガバナンス向上を支える役割を担い始めている。ただ東南アジアでは、個人投資家はより重要なプレイヤーなのかもしれない。
ESG in アジア
欧米ではESGバックラッシュにより、「ESG」、「DEI」、「サステナビリティ」という言葉を避けて投資の話をする傾向が、ますます強まっている。しかしこのバンコクの会議に限っては、全くどこ吹く風でパネリストはESGやサステナビリティの取り組みを声を大に強調した。
最近タイでは、「シルバーファンド」なるものが登場した。ガバナンス、バリューアップだけでなく、実は東南アジアは早くも高齢化も日本、韓国を追いかけている。このファンドは高齢化に役立つ事業に投資をしているのだそうだ。
またアジア全ての国が、サステナビリティ開示に対し何らかの取り組みを行っている。しかしISSBの基準を直接導入する方向なのはタイぐらいで、どの国も自国版を作成しており”同じ開示”とは言い難いものになるかもしれない。これは決してサステナビリティの開示に後ろ向きというわけではなく、それどころか海外から投資家に来てもらうためにもサステナビリティ開示にはみな前向きだ。ただしサステナビリティの課題と緊急性は各国微妙に違うのかもしれない。マレーシア証券取引所は「マレーシアでは海に壁を作っている。街が海に沈んでいくからだ」というシビアな状況を吐露した。この円卓会議の翌週、日本経済新聞は東南アジアの豪雨が4兆円を超える損失となっていると報じた。パネルではどの国も自国企業に、その事業のサステナビリティに対し何がマテリアルなのかを説明させる重要性を訴えていた。
ガバナンスへのチャレンジ
韓国では上場しても財閥の株式保有率が大きく、機関投資家によるガバナンス向上の機能が働きにくい問題を長く抱えている。しかし今年会社法を改正し、マネジメントは株主に対しFiduciray Dutyを追うと名言したことは、国外の投資家から高く評価されている。他にも、取締役専任議案において監査委員会に所属する取締役に対しては、最大株主およびその特別関係人が行使できる議決権は合算で3%に制限することでマイノリティシェアホルダーの影響力を高める工夫をしている。とはいえ、質の高い独立社外取締役を見つけるのに苦労しているのもアジア共通の悩みのようでパネルでも独立社外取締役の質に関する指摘は何回か聞かれた。
またASEAN各国共通の悩みは、ファミリービジネスによる、ファミリー内で行われる内部者の売買(パーティ・トランザクション)の不透明さだ。前述のマレーシアのMSWGも、エンゲージメントではこの点に集中して質問しているという。一方で、早くも企業が上場したがらず、プライベートエクイティ市場が大きくなりはじめる問題も生じている。プライベートエクイティでは開示も上場企業と同じように要求できない。そこで、例えばスタートアップをまとめてファンドにして上場させるといった手段について話題にのぼった。
アジア各国が”バリューアップ”で日本を追いかけるといっても、実際のガバナンスの問題は日本も他のアジア諸国とよく似た状況だ。日経平均が5万円を突破しようとも、改革の手を緩めれば、すぐ他のアジア諸国にグローバルの投資家をもっていかれてしまうだろう。2026年は日本も会社法改正、コーポレートガバナンスコードの改訂が行われるが、果たして他のアジア諸国と比べて先進的といえるだろうか。果たして今の日本はグローバルの投資家を他の成長力を有したアジア諸国と奪い合って勝ち目があるのか、タイの目も眩む夜景をみて、そんな心配が脳裏によぎった。
