スチュワードシップ研究会有志

 長期保有と長期的視野の違い

 スチュワードシップ研究会で議論する投資家有志は、企業や一部投資家の「長期投資」概念の混乱に関する我々の懸念をできるだけ分かりやすく述べ、企業と投資家のコミュニケーションのたたき台としたい。以下は当Blog掲載時点で研究会として検討したのでも多数の意見となったのでもない点にご留意いただきたい。

要旨

株主の「保有期間が長期であるほど経済的に『良い』とは言えない」ことはいくつかの例外を見るだけでも明らかだ。例えば、議決権棚上げによる現状維持を目指す「持ち合い」、既得権益維持のための非合理な行動を国益と称して容認させるための企業の国有化、投資判断の失敗に基づく「塩漬け」株、などが資本主義経済の発展の阻害要因となることは容易に想像できる。それゆえ、政策インプリケーションとして、長期保有者に高い配当を払う配当政策や長期保有者の配当などへの税を優遇する税制は制度として間違っている。

良い長期保有は、会社が事業などのリスクに応じたリターン(配当とキャピタルゲイン)を株主の保有期間に継続的に提供できた場合に結果として起こる。キャピタルゲインは、企業が配当しなかった内部留保を使って将来払ってくれる配当の現在価値が増えることで生じる。ただし株式投資家は、リターンが高い唯一の銘柄だけを持つことを志向しないことに注意が必要だ。株式投資家は、「結果として一番リターンが高い銘柄」だけに投資することは不可能である一方、複数の株式に投資可能(リスク分散可能)であるため、リターンの相関を利用した株式の(長期)保有によるリターン最大化が可能だ。一般に「リスクに応じたリターンが期待できるから保有する」ことが投資家行動の規範と言える。

スチュワードシップの観点から、「長期保有」ではなく「長期的視野」が投資家と会社の対話に重要だ。市場で流動性を提供するデイトレーダーなどが会社の価値に関する情報を分析することが少ないとすれば、会社も対話の相手と見る必要はないかもしれない。しかしそれでも「長期的価値は短期的に変化する」ことを考慮する必要がある。寄り付きで多額の売りが一時的に消化できない銘柄を安く買う取引は会社を長期的な視野で分析したことによるのではない。しかし、ある会社を十分分析した投資家が寄り付きで買い付けたとしても、その日の午後に予想外の社長交代が知らされ売ったとすれば、それは短期売買とは言えない。社長が変わることは、会社の長期的な価値の創造力に影響を与えるからだ。長期的視野で見ても会社の価値は一瞬で変わりうる。

1. 保有期間が長いほど良いと考える理由はない

長期保有者に高い配当を払う配当政策や何らかの権利を優遇する種類株の発行、長期保有者の配当などへの税を優遇する税制などは、実際の投資期間が長いことが何らかの「良い」効果をもたらすと想定する。しかし、効率的な経済の観点から、このような政策は「良くない」長期保有のインセンティブを高めるため、誤りである。

議決権棚上げによる現状維持を目指す「持合い」。本研究会ブログの「政策保有株式に関する意見 」(http://stewardship.or.jp/blogpage/)に詳細を譲る。政策保有は、業務提携の証などと言われながら実態として提携の内容の変化があっても維持され、議決権の棚上げ(持合い株主の与党化)を生み出してきた。資本の自由化を背景に日本の経営慣習(終身雇用や年功序列を含む)を維持するための「外人の経営を排除する」発想が、持合いを正当化してきた。一見従業員と会社の長期的関係を重視するように見えるこの考えも、少子高齢化に対応するための効率改善やグローバル化への対応においては現状維持的あるいは既得権益保護的に機能してしまう。株主共同の利益を忘れ特定株主に有利な経営を行うインセンティブを持つことが非効率を生む。

既得権益維持のための非合理な行動を国益と称して容認させるための企業の国有化。2015年11月7日付日本経済新聞は、フランス政府が「長期保有株主を優遇する法律(フロランジュ法:株式を2年以上持つ株主の議決権が2倍になる)」を設けたことで、ルノー・日産の提携のバランスが崩れるとの懸念が出てきたことを報じた。法律の目的は「安定株主を手厚く保護し、企業の長期的な視野に立った経営を後押しする」ことだが国が大株主である企業も多いことから「雇用維持など国内保護の狙いもある」と見られている。雇用拡大のために小型車生産をインドではなくフランス国内で行うように政府が指導する(フロランジュの経験(高炉閉鎖)に基づき同法のもとでは生産拠点閉鎖時には事前に売却先を探す義務が生じている)といった経営介入が予想されている。標準的な経済理論に基づけば、競争力のない産業(企業の判断が正しい場合が多いと考えられる)を無理に国内に維持することは決して長期的視野に基づいておらず、短期的な需要の維持で長期的な構造問題(政府が支え付加価値が低い産業の維持)を発生させ経済の力を失わせる上、規制を嫌った企業が新規展開を避け機会コストも生まれるだろう。例えば日本は現在でも政府の力で炭鉱を維持していた方が良かったと思えるだろうか?

投資判断の失敗に基づく「塩漬け」株。意図せざる長期保有を政策的に支持する理由はない。本来行動ファイナンス的な解釈をすべき「塩漬け」を、資源の最適配分の妨げになるにも関わらず良いものと考えるべき理由はない。塩漬けは後悔を嫌う投資家の一種の行動バイアス(例えば自分の過去の行動を正当化しいつか成果があると過剰に期待する)とみなすことができる。多くの場合他の投資先を選び投資した(あるいは消費してしまう)方がましな成果や満足を得る可能性が高い。もし他のすべての可能性を考えた上で保有を継続したならば「塩漬け」と呼ばなくてもよい。

以上のような例において、「長期保有」が資本主義経済の発展の阻害要因となることは容易に想像できる。このような長期保有の比率がどの程度「少ないのか」は政策的に重要な計測の課題となるが、いくつかの実証分析では日本での長期保有は金融機関と事業法人に偏っていることが認められており、金融機関の片持合いや事業法人同士の持合いの比率が高いことは確かと言えそうだ。

一方、長期投資が経営の安定をもたらす、企業の長期的な設備・人材・研究などへの投資を支援する、など「良い」点を上げることはできる。しかし、上記の例から、そもそも株主の「保有期間が長いこと」を優遇することで実現すべきではない。これらは「株主の視野が長期的となるようにすること」で経営者が安心して長期に資金を適切に成長分野に投入できる環境を作ることで実現すべきことだ。

個々の株式投資家は、一つの企業(例えば電力会社)の株式に投資するにあたり、その時に始まる「ある投資プロジェクトが成果を獲得する」投資(火力発電所を作り料金で投資を回収する)期間と証券投資期間を合致させる必要はまったくない。投資期間固定の必要がないことに株式という譲渡の簡単な証券としてのメリットがある。この点を無視して経営者と株主が「同じ期間・同じ顔で」対当することをスチュワードシップが求めるものではないはずだ。必要なことは経営意思決定と株主の保有期間の合致ではなく、長期的視野が(誤った『国益』や目先の現状維持的安定ではなく)共有されることだ。

2.本当に長期保有できるとすれば会社が価値を生み出し続ける必要がある

良い長期保有とは、会社が事業などのリスクに応じたリターン(配当とキャピタルゲイン)を株主の保有期間に継続的に提供できた場合に結果として起こる。キャピタルゲインは、企業が配当しなかった内部留保を使って将来払ってくれる配当の現在価値が増えることで生じる。ここに株式投資が本質的に賭博ではない理由がある。

そもそも株式は「償還金も金利支払いもない借金」である。株主は利益の分配である配当の受け取りだけに資金の回収可能性を依存して投資する。株主のリターンは、配当と、配当しなかった内部留保資金が将来の配当となるという期待に依存するキャピタルゲインからなる。株主にとって「価値を生み出し続ける」長期保有の対象となる株式は、各期成長する配当と、配当されなかった内部留保(の使い道)の市場評価額の上昇とをリターンの源泉とし、想定するリスクに応じたかそれ以上のリターンを長期にわたる保有期間において供給し続けることが求められる。ここで「想定するリスクに応じたリターン」が投資家の期待リターンあるいは企業の資本コストと呼ばれる。

ここで長期保有と整合的な長期的視野を明確にすることができる。長期的視野とは、経営者が内部留保を預けるに適切かを判断する視点だ。常に適切と判断すれば、結果として長期に保有できる。株主が株主総会を通じて配当を決めることで(結果として配当しないことで)経営者は内部留保として資金調達を行う。翌期の資本が増えるので増資したのと同じだ。100%株主還元を行う企業はまれだから、ほとんどの企業は結果として毎年増資を行うことになる。その資金は、経営者の判断で投資される。同じ利益率で同じROEを想定できる既存事業への投資(例えば生産ラインの追加)であれば、利益はサステイナブル成長率で成長し、企業価値は(現時点のROEが資本コストと同じであるならば理論的に)横ばいとなる。もし利益率増大を伴う新規事業への投資(例えば新商品や販路、低コストの生産ライン開発)が成功するならば、ROEが増大し利益成長率がサステイナブル成長率を超える(あるいは資本コスト一定とすればROEスプレッドがプラスとなる)ことで企業価値は増大する。

長期的視野とは、内部留保した資金が適切な投資につながり少なくとも既存事業で想定するROE水準が維持あるいは資金事業で上昇するだろうと判断する視点だ。しないと判断するとすれば、内部留保を預けるに適切ではないという意味になる。結果として、企業価値は低下する。それを避けるためには、経営者を適切な判断をすると思われる人に交代させる必要がある。適切な経営者は、資金の増分を適切に利用して、会社の持つ人材の能力、ブランド力、研究開発力などを発揮させ、既存のROE水準の維持増大を株主にもたらす。

それゆえ株主は、利益の分配を配当として受け取ることしかできない(債権者のように預けた資金全体の返済要求ができない)ことの見返りに、経営者を選ぶ権利を議決権として保持する。株主は決して会社の財産(機械とか机とか在庫品とか)の所有者ではない。利益分配を確かにするためのいくつかの権利を持つにすぎない。株主は、内部留保への賛同を含む返済を求めない資金提供の見返りに、利益の分配を受け取る権利と経営者を選ぶ権利を持つ。株式とは(少なくとも拙論において)このふたつの権利のハイブリッドを指す。

ここで、株主が市場で売却することと、判断するまでの保有期間が長い必要があるかという論点を考えよう。まず、市場売却についてはこれまでの議論に影響を与えない。経営者への判断は、効率的な市場であれば即座に株主間の交換価値である株価に反映される。ある株主が経営者に失望して市場で安く売却したとすれば、安いならば買うという別の株主に「将来の配当を受け取る権利と経営者を選ぶ権利のハイブリッド」が移転したにすぎない。あるいは少数株主が売却する一方で別の株主が多数の株式を買い集めて現実に経営者の交代を意図することになるかもしれない。ここまでの議論で概念的に述べてきたことは価格メカニズムを通じて現実となるにすぎない。市場価格が厳密に効率的ではなくてもこの仕組みは機能するし、特定の株主が買い集めなくても株主総会で多数派が賛成すれば、経営者交代は起こる。逆にこのような機能を押さえこもうとする持合いなど議決権の棚上げが効率阻害要因となり、株式会社制度の機能不全を起こしうることも明らかだ。

保有期間の長短も、十分な情報が開示された状態である効率的市場を前提とすれば問題にする必要はない。ただし現実には経営者に対する判断は、これまでどのようなことをしてきたか、同業類似企業の例はどうだったかといった株主の知識や経験に依存し得る。つまり、市場の効率性は市場参加者の情報作成・収集努力で実現する。

ここで「長期に保有するほど情報が適切に形成される」という傾向を強く信頼しすぎては誤りだ。プロの投資家は保有しない(あるいはアンダーウエートで長期的視野に基づく短期的変化を期待していない)株式についても比較の目的もあって分析をするはずだ。株主になったからと言ってインサイダーになるわけではない(支配権を持つ場合は株主の意思そのものがインサイダーとなりうるが)のだから、興味の程度が違うとしても情報量については本質的に株主もそれ以外も同じはずだ。

また、長期保有する株主がその会社の「ファン」「応援者」であるかどうかと、適切な経営者が適切に内部留保を既存事業や新規事業に投じて想定されるROEに裏付けられて企業価値を維持増大することとは、論理的には関係がない上、株主の経営者選択の判断が甘くなる行動バイアスを導く場合、ファン以外の株主にとって価値棄損の恐れが高まってしまう。株主にとって適切な経営を行うかどうかの判断がファンとそれ以外で異なると想定することは、ファン以外の判断が冷徹であると想定する限り、それ以外の判断は非効率ということになってしまう。

ファン以外の株主がファンよりも非効率な判断を行うとすれば、株主が経済合理的に行動する限り、情報の不足の可能性がある。しかし、ファンだけになんらかの情報提供が行われることはインサイダーを作ることであり容認されていない。これまで議論してきたように、株主が合理的であれば長期か短期かといった区分になるとも想定できない。価値の変化が長期的な配当期待に基づく限り、どの株主も異なる判断を行うインセンティブはない。もちろん、株主ごとに異なる個人なのだから異なる判断をするかもしれないが、仕組みとしてそうなる理由はない。短期的視野しか持たない個別の株主は存在しうるが、情報が十分であれば、「ファンではないから短期的視野になる」という理屈はない。株式市場では常に「家を建てるから」といった事情で投資判断と関係ない売却を行う株主もいるが、それと同じで、市場価格を長期的に下押しするほど非合理な投資家が多く長く存在すると想定できない。

このように、株式制度は、所有者(株主)が誰であるか、長く保有しているか、インサイダーの必要があるか、に関係なく、適切に情報が利用可能(公開)であることに依拠し、内部留保を預ける株主がそれを利用して事業に拡大的に投入する(そのような機会がなければ還元する)経営者を適切に選ぶ(あるいは支持する)ことで企業価値を形成し維持する。少なくともファイナンスの意味での企業価値は、内部留保の利用の適切さに立脚して、将来にわたり支払われる期待配当額の総額である。M&Aなどで良く使われるキャッシュフロー割引モデルは、(詳細な仮定を必要とするが観点が違うだけで)理論的には配当割引モデルと同じだ。

株式投資家は、リターンが高い唯一の銘柄だけを持つことを志向しないことに注意が必要だ。株式投資家は、「結果として一番リターンが高い銘柄」だけに投資することは不可能である一方、複数の株式に投資可能(リスク分散可能)であるため、リターンの相関を利用した株式の(長期)保有によるリターン最大化が可能だ。このように株式投資家が分散投資をもっとも適切な投資とする限り、個別企業の株式を企業の研究開発や投資サイクルなどと同程度の期間保有するというよりも、リスクに応じて調整すると考える方が論理的だ。

そもそも株式投資家は会社の投資期間に束縛されずに投資可能であるからこそ株式に投資する。会社設立時に顔の見える株主だったとしても、その後保有者は移っていく。個々の投資家は会社と同じ年数生きるわけではない(人の寿命を乗り越えるために会社と言う制度があるとも考えることができる)。株主は、「価値」を利用して、他の個人に株主であることを譲ることができる。

一般的なゴーイング・コンサーンとしての株式の価値は、経営者が内部留保をどう使って将来の配当を生み出すかだけに依存する。価値評価モデルに配当や内部留保をいれずに済ますことはできても、配当が将来にわたって存在しない株式に価値がないことに変わりはない。将来のことは誰にも分からないが、同じ資金投入で価値を増やすと期待できれば企業価値は上昇する。そのためには十分な会社と株主のコミュニケーションと信頼が必要となる。だがこの仕組みは、個々人の顔を見て行うのではなく、開示など制度を利用しすべての株主と潜在株主(これから株主になるかもしれない投資家)にあまねく情報が利用可能となることで維持される。情報開示で「価値」の譲渡が可能となるからだ。

3.長期的価値は短期的に変化しうることに注意

スチュワードシップの観点から、「長期保有」ではなく「長期的視野」が投資家と会社の対話に重要であることを指摘する。株主は本質的に長期的だ。なぜなら資金の償還を請求できないからだ。株式による調達資金は(内部留保され資本に繰りこまれる資金を含めて)償還日を想定されないし、固定的な金利支払いもない。個々の株主は「価値」を評価し受け渡していく。価値は内部留保が未来にわたり生み出していく配当全体の現在価値と言える。価値は償還がないことを背景にどのタイミングでも長期的である。これは会社がゴーイング・コンサーンであることと表裏一体だ。株式会社制度は、個々の株主の保有期間が短いことが制度に基づく資金調達の制約とはならないように設計されている。

株式の価値は、配当を受け取る権利と内部留保を事業に投じる経営者を選ぶ権利のハイブリッドから生み出される。価値評価は、すでに支払われた配当に依存せずこれから支払われる配当総額の期待値として求められる。株式を譲渡するケースを想定すると、株主同士の交換において、期待配当総額は(予想可能かどうか別として)概念的には無限期間に及ぶ。つまり株式の価値は、償還がないことで、無限期間の長期的な想定を株式投資家に要求する。

言い換えると、長期的視野とは、内部留保した資金が適切な投資につながり少なくとも既存事業で想定するROE水準が維持あるいは新規事業で上昇するだろうと(しないだろうと)判断する投資の視点だ。株式投資家は前の持ち主に資金を渡して、未来永劫にわたる配当の受け取り権を手にする。一方で、適切な内部留保の利用を担保するために、株主は経営者を選ぶ権利を持つ。さらに、株式投資家は常に価値を判断し他の機会と比較する。

市場で流動性を提供するデイトレーダーなどが会社の価値に関する情報を分析することが少ないとすれば、会社も対話の相手と見る必要はないかもしれない。デイトレーダーが文字通り1日も保有しないのであればそもそも株主名簿には載らないのだから対話の相手とはならないだろう。ただし情報を分析するのではなく情報に反応する投資家にすぎないからお互いに重要ではないのであって、保有期間が短いことが問題だという趣旨ではない。

大げさに言えばナノセカンドの保有であったとしても「長期的価値が短期的に変化」したのかもしれない。寄り付きで多額の売りが一時的に消化できない銘柄を安く買う取引は、会社を長期的な視野で分析したことによるのではない(もちろん分析して買う場合にこのようなこともついでに起こることはある)。しかし、ある会社を十分分析した投資家が寄り付きで買い付けたとしても、その次の瞬間に予想外の社長交代が知らされ売ったとすれば、それは短期売買とは言えない。社長が変わることは、会社の長期的な価値の創造力に影響を与えるからだ。長期的視野で見ても会社の価値は一瞬で変わりうる。

以 上

2016年2月23日版