(QP)問題は、経営者が内部留保を預ける株主に対して十分夢や希望を経営ビジョンとして伝えていない可能性だ。研究内容が他社に知られてはならないならば、社外取締役にそのモニターを頼めばよい。本文はWedge Special Report(2016年3月号)を読んでの個人的な見解をまとめたもので、スチュワードシップ研究会で議論した成果でも研究会を代表する意見でもないことに留意されたい。

インタビュー「株主圧力強めれば中長期経営は滅ぶ」

「東レ社長と原氏対談」

炭素繊維や逆浸透膜に40年かけたことを株式投資家が嘲笑い長期のROEが不足したというとしても(可能性はあまりないが)、経営者は方針に影響を与える必要はない。株主は長期的な価値を増やす経営の打ち手を喜ぶ。それが信頼に値する限り、企業価値を増大させ維持させる。ここで述べられるように、素材産業は社会の長期的課題から展望を描き、それに研究開発資源を投じる。つまり他社比較が可能だ。素材メーカーが公的支援を受けなければならない企業ではないのだから、リスクに応じた適切なリターンを提供できる産業であることは認められよう。「短期で赤字だと企業は潰れるから、利潤追求もしっかりやる」とのコメントはこれを意味する。

世の中の一般論が将来のネタをつぶす恐れは十分ある。企業経営者は、企業の体力と他社との競合環境の中で適切に研究開発に資金と人材を投入しゴーイングコンサーンとしての企業を経営する。外部者すなわちここでは株主が一般論としてそんなものに夢も希望もないと思ったとしても、競争環境、自社の研究開発能力、人材、販路などの得意不得意などをすべて理解した上で、経営者が正しいことを選択するだろう。ここで問題は、経営者が内部留保を預ける株主に対して十分夢や希望を経営ビジョンとして伝えていない可能性だ。短期的な費用増加も長期的な夢や希望があれば企業価値を引き下げるようには働かない。「やるべきことをやる」という言葉を株主に信頼させる限り、他社より大きい研究開発費や一時的に低いROEでも他社とそん色ない企業価値を市場で表現できるだろう。

仮に研究内容が他社に知られてはならない極秘であれば、必ずしも株主に伝える必要はない。社外取締役にそのモニターを頼めばよい。社外取締役は守秘義務を持って取締役会に臨み、研究開発内容が株主の観点から適切であることに太鼓判を押す。それを信じてほしいということを社外取締役や経営者が株主と話すことができる。株主は、「してやられた」と失望しないですむと考えれば、適切な企業評価を行うだろう。ROEが短期的に低いとしても信頼感を元に株価が損なわれなければ、ファンドマネージャーの評価報酬が多少短期的であっても問題ない。

原氏は、株式投資家のマジョリティーが世界中で短期志向だと述べている。パフォーマンス評価体系は1年より長いわけではないが、これは企業の経営者と同じだ。任期中にリターンがないといけないが、リターンは配当と内部留保が生み出す将来の配当の期待値の和から生じることを確認したい。期待値は経営の打ち手に依存している。うまく夢や希望を伝え受け入れられれば、長期的な変化は短期的に株価に反映されることになる。そもそも研究開発期間が問題というよりも、夢や希望をすべて含めた企業の「価値」が増大しているのかどうかが常に問われている。株主還元の力が強まるのは、経済の見通しが弱く新規投資の成果が期待できない時や、経営者の現金蓄積傾向が強まり非営業資産が増えた時などだ。それをどこにでも投げつける投資家が存在するかもしれないが、企業ごとに答えが違うことは当然だ。

事業ポートフォリオの一部が会計的に赤字でも、長期的利益につながるなら新事業の現在価値は(つまりファイナンス的な価値は)プラスのはずだ。米国のガバナンスは概念的にこれを否定しているわけではない。単に対話のスタートラインなのだ。こんなものが確かに利益になるのか、と問いかけることで経営のビジョンや夢や希望が明確に現れる。疑心暗鬼の外部者である株主は、いやならExitするが、それを評価して買う人も現れる。この仕組みは株式会社制度の本質だと言える。

「どうして現場を知らず専門知識を持たない人が事業の将来性を判断できるのか」という点が対話の焦点となる。専門知識を持ち適切に判断できると考える人に株主は経営者の地位と内部留保の資金を与えるからだ。情報の非対称性が発生し、資金の出し手は疑心暗鬼になる。エージェントのはずが適切に行動しない恐れを感じる。だからこそ対話が求められる。どのような夢と希望にどの程度のリスクを配分したのか、感覚を知りたいとおもう。さらに、技術に詳しい社外者が株主が経営者にしてやられた」と思わないように情報を持ち必要な対話を行えば、さらに適切に内部留保を残しオーガニックに成長に投入することができるようになる。

デュポンのCEOは米国の投資家が許さないと述べている。米国では経営者市場主義が長く続いたが、結果として多くの企業でエージェンシー問題が起こってしまった。不信感が委員会設置会社などの仕組みを生み出した。透明性の低い研究開発がベンチャーやプライベートエクイティに依存するようになったとも言える。このような米国風の「改革」は結果として米国経済全体を成功させ、マクロレベルでのROEを長く高く維持してきた。株式投資はおおむね成功してきた。日本はそうではない。投資家も企業も対話を怠り、結果を出せなかった。米国のようになればよいとは言っていない。だが経営者同士がうらやまれるからといってこちらが良かったという論拠にならない。

米国での離職率を日本的経営で下げることはできるだろう。結果としてよい企業風土も生まれるだろう。経営理念は米国の起業家には強い。日本型の企業が成功する可能性はいくらでもある。短期志向の株主が多いとすれば、企業は適切な対話で株主と夢や希望を分け合う必要がある。合理的な投資家は多数派を形成し適切な価値を評価して経営を応援するはずだ。もしそれができなければ、経営者が間違っているか、投資家が十分情報を持っていないかということになる。対話は、コストというよりも株式会社制度を維持するメカニズムの一部だ。

政策インプリケーションとして原氏は株式を長く保有するほど配当金が高くなるなどの「中長期保有」を優遇することを提案している。これは「長期保有と長期的視野の違い」(http://stewardship.or.jp/blogpage/)で述べられているので譲るが、株式会社制度の根幹を揺るがす余った政策と見ている。長期保有には単なる失敗の結果の場合もあるので、長期的視野をどう株主と経営者が共有するかに努力をしなければならない。

確かに日本企業が欧米に負けたのは単に外部環境(六重苦)であったという解釈はありうる。だが日本企業が欧米と異なる低ROEに進んだのは70年代後半のオイルショック以来であり、それ以後円安の時も電力価格が上がる前にも利益率は低い。法人税率は米国では高いし、貿易協定は多くの場合お互いさまで、業界ごとに損得はあるがマクロ的には良いことのはずだ。労働規制は景気の悪い時にマージンを低下させるが景気が良くなればマージンを高めるように働くはずだ。日本企業が長期にわたり欧米企業よりも低いROEに甘んじる理由は、高い売上資産比率と低いマージンの組み合わせにある。つまり、規模を維持するために価格とマージンを下げる経営の方法にある。新興国興隆も欧米にとっても同じなのだから理由にならない。デフレ圧力は2000年ごろから日本に集中的に発生してきた。そういう現実を見ずに、長期保有という形式基準で株主を長期化させようとすることは無意味だ。

経営者が株主を信頼できない、対話の相手にしない理由は、同程度の知識や経験がないからかもしれない。これは経営者至上主義の裏側のエリート主義に依存する。エリートは経済社会では重要であって専門家として活躍してもらわねばならない。しかし、一方でアダム・スミスの意味での見えざる神の手を市場機能が担っている。市場は適切な情報を与えられ、それを価格情報として伝えていく。ごく一部の分かりあった「長期」の顔の見える投資家を優遇しあるいは言うことを聞かせるとすれば、市場は機能不全を起こす。日本の低収益性の持続は、このような事態を持合いなどで鎖国化して維持した成果だ。公益資本主義がエリートの孤高に依存するのであれば、株式会社中心の資本主義を機能不全に陥れかねない。世界の大多数の民意に依拠した適切さを求めるのであれば、一部の誤った短期主義に踊らされることなく株式市場との適切な対話を進めることができるだろう。マネーゲームの参加者とはごくごく一部の投機家であって、経済システムの端の方の不完全さの中に巣くって行動している。それを殺すために制度全体を機能不全に陥れないようにする必要がある。

執行役員制が良いということはない。精神のない制度に意味はないし、悪い効果を持ちうる。時流に合わせる必要はない。社外取締役中心の会社は当然のことながら経営の打ち手を取締役会で決めない。単に社外者が(例えば米国の例では)指名。報酬、監査など社内者と利益相反を起こす可能性がある点のみについて、適切に処理するために存在している。そのような問題意識の混乱の中で適切な政策インプリケーションは生まれないだろう。一方で、暴走にブレーキとか不正を防ぐとかいう一般的な説明も無力だ。株主ガバナンスは不正を防ぐことは構造的にはできない(内部者が告発制度を入れないから外部者が必要などと言う可能性はあるが)。経営の暴走などめったに起こるわけでもない。

利益相反が効率と稼ぐ力を蝕んできたという株主の思いに経営者はどうこたえることができるのか。社外者が必要ない可能性もあるが、どう担保するのか、そのような議論が始まれば、もう少し社外取締役の議論がましになるだろう。

(4、了) 2016年3月15日

ペンネーム:QP