スチュワードシップ研究会PWG[i]
政策保有株式に関する意見発信グループ
政策保有株式は長くコーポレートガバナンスおよびバランスシートの効率性の問題点として指摘されてきましたが、コーポレートガバナンス・コード導入10年を迎えてもなお解決していません。これについて、我々は過去半年ほど議論を行い、以下のように意見をまとめました。ぜひ多くの関係者のみなさまに共有したいと思います。
- 政策保有株式の問題とは
議論を行うにあたり、その前提は次のように置いた。
- 政策保有とは投資有価証券に分類されるうち純粋な投資目的ではなく、保有先との取引関係強化等の目的によって保有されている「特定投資株式」に分類される株式を指す。
- 政策保有の動機は議決権を互いに持ち合うことにあり、機関投資家の議決権行使の影響を弱める目的で発展してきた経緯がある。
- しかしより重要な論点は、株式市場に上場する企業は株主から資金を調達し最適な資本配分を行い資本コストを意識した経営を行い企業価値の最大化を図ることが求められる。上場企業において政策保有株式の存在は保有している側・保有させている側双方の株主に対して合理的な説明のできない問題である。
2023年に起きた損害保険業界において発生した保険料の調整行為が行われた真因の1つとして政策株式保有割合が影響したことが指摘され、政策保有株式の売却の加速が重要であるとのコメントが鈴木財務大臣よりなされている。政策保有株式は業界に長年はびこる非合理的な慣習を助長しうるものであり、その解消が必須であるとの認識が監督官庁により明確に示された。
この事案により、われわれは政策保有株式の問題は議決権行使や資本効率だけではなく、そもそもこのような慣行が企業の行動や考え方に及ぼす影響が深刻であり、またその結果株式市場にまで大きく影響を与えている可能性があると考える。本意見書は政策保有は企業自身に与える問題が多く、その結果企業価値の損失にあるという観点からまとめた。
- 政策保有問題の論点、保有によって生じる双方の意識、市場への影響
Ⅰ 保有させている企業における問題
- 保有させている企業における株主意思反映の妨げ
- 議決権行使結果の歪み:昨年度の株主総会においてキヤノンの御手洗会長が50.6%(女性取締役不在が主因)と薄氷を踏む結果であったことは記憶に新しいが、その他にも経営トップの低賛成率はフジ・メディア・ホールディングスの56.6%(五輪汚職関与が主因)、スズケンの58.8%(独禁法違反が主因)と続いており、これらは仮に株式持合が存在していなければ否決となっていた可能性が高い。持合株主は不祥事やガバナンス不全など、いかなる問題があろうとも経営者に賛成票を投じるため、結果的に少数株主の意思を経営に有効に反映する妨げとなっている。
- 支配権異動の妨げ:株主が直接的に意思を表明する場にはもう一つ、公開買付けの局面がある。最近では東証スタンダード上場の物流企業であるエスライングループ本社のMBO買付者が持合株主を中心に事前に75%もの応募契約を結んだことを公表したことが顕著な事例である。わが国の持合株式は金額で見て減少しているが、これは大企業の持合い解消が進んでいるためなので、中小型企業の持分比率では依然として持合株主の影響が大きい。物流のような再編が必要な業界においても持合株主が安値でのMBO(PBRは0.6倍であった)を受入れるため再編を妨げており、これは業界全体の低収益性に繋がっている。このことは他の多くの業界においても見られ、中小型企業の持合構造は業界全体の再編を妨げ、日本の競争力を阻害する要因となっている。(添付資料)
- 保有させている企業における経営規律のゆるみ
- こういった状況においては保有させている企業における他株主との利益相反が生じていると考えられる。また保有している側からの受発注関係、人事、事業戦略への関与があれば、経営規律への影響は計り知れない。取締役会の独立性や企業価値向上を求める株主提案に対する政策保有株主の意思決定が不透明である。議決権行使のガイドラインが示されているケースでも非常に曖昧である。
Ⅱ 保有している企業における資本効率の問題
- 保有している企業における最適なキャピタルアロケーションの阻害
- 政策保有株式についてはその収益性が一定の水準を上回っているとする保有意義の検証結果が開示されていることがある。しかしながらそもそも「政策保有」という売買を目的としていない、また保有している企業の一存で売買することができない有価証券に対する収益性の追求が目的ではない。固定化された意図せざる過度のリスクテイクに繋がっている可能性の高い資産を保有し続けることは最適なキャピタルアロケーションを阻害している。
- 保有している企業における経営規律の歪み
- 政策保有している企業において、取締役会の機関設計、取締役人数、独立社外取締役比率といった観点から分析を行ったところ添付資料のような結果が得られた。投資有価証券の保有比率が高い企業ほどガバナンスの規律が効きにくい構造になっており、機関投資家から議決権行使で反対を得る比率が高いことが示されている。(添付資料2)
Ⅲ 不透明な事業慣行を引き起こしている問題
- 双方における最適なビジネス関係構築の阻害 企業間取引に当たって政策保有株式先を優先する場合、他社が提供する高品質な商品・サービスを活用しないために会社の製品が最良のものにならないかもしれない。また、政策保有株式の有無で取引採否や取引規模が左右されるとしたら、取引先会社には納品する商品・サービスを高度化するインセンティブが弱まる可能性がある。政策保有株式が多い業界では、(政策保有株式がない)新規企業が革新的な商品・サービスを開発しても採用される見込みが薄いため参入を回避する可能性がある。このような業界では健全な競争が行われずイノベーションを生み出すことが難しくなり、日本国内での停滞を生むだけでなく国際競争力の劣後をもたらしかねない。
- 典型的な事案の紹介1取引先持株会について
- 日本証券業協会では、「持株制度に関するガイドライン」を1993年に制定している。これには「従業員持株会」等に関する指針が記載されているが、2008年の改正から同ガイドラインに「取引先持株会」に係る章が追加されている。「取引先持株会」ガイドラインには「優越的地位の濫⽤の防⽌等」という項⽬[1]が設けられており、「取引先持株会への⼊会の有無等によって取引関係に差別的な取扱い等を⾏ってはならない」等の趣旨が記載されている。
- 一方、企業との対話(個別面談、アンケート等)において「取引先持株会」に関する質問をしたところ、「取引先持株会を退会した」「取引先持株会を解散した」という趣旨の回答は少数に留まっている。反面、「脱退の打診をしても継続を余儀なくされている」「取引先との関係を考慮すると簡単に退会するわけにはいかない」等の回答をする企業もあり、前述の「優越的地位の濫⽤の防⽌等」が必ずしも順守されているとは言えない状況にあると認識している。
- また、前段で「保有している企業における資本効率の問題」を指摘しているが、取引先持株会の場合は持株会運営先企業の株式を買い増し続けることになるため、少額ながらも加盟企業のキャッシュフローに影響を与える点も指摘したい。(添付資料)
- 典型的な事案の紹介2損害保険業界について、前述の通り、損害保険業界にて発生した保険料の事前調整事案は政策保有関係がその要因となった。この事案においては企業保険分野において単独では引き受けが難しいリスクを保障する上で損害保険各社が政策保有関係に基づいて幹事会社が事前協議を主導し、保険料を調整していた。こうした調整を経ても企業保険は一般的損保各社の要求収益水準に達していなかったと認識される。このような非合理的な事業慣行を損害保険各社に強いていた背景に長年の政策保有関係である。
- 加えて政策保有関係にある先から社外役員に就任する事例も不透明な事業慣行の定着に関与していると懸念する。政策保有や社外役員の派遣といった関係が非合理的な取引関係の存続に影響をもたらしていたと考えられる。
- 典型的な事案の紹介1取引先持株会について
Ⅳ 株式市場にリスクをもたらしている問題
- 保有している企業における株主資本の不安定化
- 政策保有株式は、自社でコントロールのできないリスクをバランスシート内に抱えていることを意味する。政策保有株式は時価評価されるため、常に株価変動リスクを伴う。加えて、景気の振幅を増加させるプロシクリカリティの問題も大きい。政策保有株式のリスクは景気低迷局面で顕在化することが多く、保有企業の財務を毀損し、経営の不安定性を顕在化させかねない。日本企業は本業の予実管理は緻密に行うが、政策保有株式に対するリスクを本業と同程度に管理することは不可能である。このため、経営管理の点から見ても、政策保有株式の保有は整合性や合理性を欠くと言わざるを得ない。
- 市場区分改革の目的を阻害している可能性
- 東京証券取引所における市場区分再編で流通株式時価総額が100億円に満たずに経過措置適用となっていたプライム企業は株価を高めるか流通株式比率を高める必要があった。流通株式比率を高めるためには政策保有されている株式等の放出・流動化を進めなければならない。しかし、多くの経過措置プライム企業は流通株式比率の向上を図らないままスタンダード市場への「降格」を受け入れる選択をした。スタンダード市場への選択申請に当たっての適時開示で、流通株式比率が改善しなかった理由についいて全く説明しない企業がほとんどだった。稀にあった説明では事業法人株主の非協力的な姿勢を指摘しているケースもあった[2]。
Ⅴ 上記の問題を生じさせる土壌である不十分な開示の問題
- 政策保有株式に関する開示の歪み
- 機関投資家は有価証券報告書における株式の保有状況に記載される投資有価証券のうちの特定投資株式の情報を対話および議決権行使の意思決定に活用する。特定投資株式のうち「純投資」への区分変更を行う事例が見受けられる[3]。純投資への区分変更については保有させている企業から売却応諾が得られたことが理由に挙げられているが、区分変更後の実際の売却実績が不透明である。また保有先から得られた応諾についても、有価証券報告書への記載にあたって何を根拠にしているのか、監査法人によるレビューはどのような基準で実施されているのか不透明である。
- 2023年3月期の実績を見ると地方銀行、保険会社を含む80を上回る企業で区分変更が行われている[4]。一方例えば3大メガバンクにおいては決算説明会資料等で売却応諾を得られた額が示されるものの有価証券報告書における区分変更は行われていない。政策保有株式に関する開示について、個社の規模や業種によって求められる厳密さに差が生じることは望ましくない。
- 解決策の提案
Ⅰ 保有させている企業に対する提案
- 保有させている企業における株主資本コストの観点からの必要な自己資本の再定義
- 東京証券取引所による資本コストを意識した経営の要請を受けた情報開示がなされているが、いまだ不十分であるケースが多い。政策保有株式を保有させている企業は事業運営において真に必要な資本量を算定し開示すべきである。
- 保有させている企業における取締役会の認識を開示
- 保有させている企業の取締役、特に社外取締役は資本市場の代弁者として政策保有株式に関する問題点を取締役会において議論することが望まれる。自身が取締役を務める企業が他社の資産効率を阻害する、非合理的な取引慣行を強いるような行動を取っているかどうかを確認し、そのような行動が認められる場合は断固として対応することが必要である。取締役会および社外取締役におけるこの課題認識を有価証券報告書、コーポレートガバナンス報告書、招集通知において開示することが必要である。
Ⅱ 保有している企業に対する提案
- 保有している企業における株主資本コストの観点からのKPI設定
- 保有している企業はReturn on Risk-weighted Assetではなく自らの株主資本コストに照らし合わせ保有株式のリターンを開示すべきである。算出に際しては時価を使用すべきと考える。
- 保有を継続する場合保有先の企業価値向上を要請する必要がある。次項について述べる議決権行使結果の開示に加え、エンゲージメント等を通じて企業価値向上を働きかけ、その内容を開示すべきである。
- 議決権行使結果の開示
- 近年TOBやMBO、あるいは資本コストの観点からの株主提案といった動きが活発化している。各種コーポレートアクションに対して保有している企業の企業価値を最大化するような議決権行使判断を行ったか否か、政策保有株主として透明性を高めることが必要である。
- 2024年4月18日の金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(第29回)の「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラムのフォローアップと今後の方向性について(案)」の5ページの「6.市場環境上の課題の解決」課題の中にあるように、「政策保有株式について、各社において縮減に向けた取組みが進められている一方、議決権行使の状況を含む実態を踏まえた開示等の適切な対応がなされていないとの指摘がある」と一般的に認識されている。
- 株主・投資家としても、企業が保有する政策保有株式が、真に当該企業のガバナンス・企業価値向上につながり、同様に保有先企業のガバナンス・企業価値向上に結び付いているのかを知るための情報開示強化がなされるべきと考え、政策保有株式に関する議決権行使結果の開示を強く望む。
- 会社が株式の純投資を行う場合、これは資産運用会社の株式運用と同じである。純投資を実施する担当部署と運用体制を開示し、スチュワードシップ・コードの受け入れを表明すべきである。スチュワードシップ・コードの指針5-1に従って議案に対する賛否を判断し、指針5-2に従って議決権行使の方針の策定・公表を行い、指針5-3に従って議決権の行使結果を少なくとも議案の主な種類ごとに整理・集計して公表すべきである。
- 保有している企業における取締役会の認識を開示
- 企業が資本コストを意識した経営を行う上で政策保有株式の売却を推進する必要性を監督することが取締役会の重要な責務である。加えて保有している政策保有株式に対する議決権行使が真に少数株主の利益に貢献するか否かを踏まえた意思決定が行われ、決して保有先の買収防衛などに与しないような行動を取っていることを監督することが必要である。こうした責務が取締役会で認識されていることを有価証券報告書、コーポレートガバナンス報告書、招集通知において開示することが必要である。
- プロシクリカリティへの認識・対策を開示
- 政策保有株式による負のインパクトを回避する最善策は縮減である。しかし、少なくとも、取締役会において政策保有株式のリスクを定量的に理解しておくべきである。政策保有株式が自社に与えるリスクとインパクトを、シナリオ別に銘柄ごとに試算し、保有の必要性、許容可能と考えるリスク量、その理由を取締役会で議論すべきである。定量的評価方法として、各銘柄の保有額に株価ボラティリティ(標準偏差)を掛けた値と、当該銘柄から得られる事業への貢献額の比較などが挙げられる。
Ⅲ 不透明な事業慣行を引き起こしている問題
- 不透明なビジネス慣行の打破
- 会社の株式を保有している取引先会社がある場合、取締役会は、取引先が会社の株式を政策保有しているか否か、及びその金額の多寡等によって取引関係において差別的な取り扱いを行っていないこと、及び通常の条件と異なる不公正な条件を用いていないことを確認し、その旨を公表すべきである(この確認内容は取引先持株会に関して日本証券業協会がガイドラインの中で「優越的地位の乱用の防止等」として定めているものである)。
[1] 日本証券業協会「持株制度に関するガイドライン」(令和4年(2022年)6月15日変更https://www.jsda.or.jp/shijyo/minasama/content/20220615_mochikabuguideline2.pdf
[2] 明田雅昭「東証再編-スタンダード市場選択申請企業の研究~どのような企業が選択申請したのか~」トピックス(日本証券経済研究所 2023年10月26日)
[3] 2024年4月18日開催金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」事務局説明資料10ページ
[4] 2024年4月18日開催金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」事務局参考資料①23ページ
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