投函者(三井千絵)
社の使命を大演説「株価なんて小さなこと忘れましょう」 – ソフトバンク —
ソフトバンクは、オンラインの参加者も議決権行使、株主質問、動議といった株主としての権利をもつ完全ハイブリッド総会をコロナの前から行っている。そしてその結果をすぐサイトに公表している。孫さんは大勢の株主を前に「今朝4時に、この1年間ずっと悩んできた連立方程式が解けたんです!嬉しくてしょうがない、今日は総会どころじゃないんです」と元気よく語り始めた。ソフトバンクの株主総会はいつも、孫さんのビジョンを株主に伝える場だ。今年も事業報告について10分間のビデオが終わると1時間近くのスピーチが始まった。
画面には「株主価値の増大」。
「44年間やってきたけど、この一言につきる。進化と増殖だ。進化がなければ、いずれ競合にとられる。事業家としては財務会計でみるが、投資家としては株主価値(NAV)で見る必要がある」とまず経営者として自分のスタンスを述べた。そして、「1年間で20兆円価値が増えた、その理由はARMだ。この1年でソフトバンクの使命が見えた。今日はそのことを語りにきた。それは人類の進化だ。今朝4時に連立方程式が溶けた」というと会場から拍手がおきた。それは、Artificial Super Intelligence(ASI)の実現だという。この誕生は、20万年の人類の歴史のなかで変換点であり、今後10年で全ての常識が変わると語り、「株価が上がるかなんて、どうでもいいじゃないですか、忘れましょう」と述べると会場から再度拍手が起きた。
もちろんソフトバンクの株主質問はそこまで優しいものばかりではない。しかしここ数年必ず配当や株価に関する厳しい質問があったが、今年はそれらも少しソフトだった。そして投資先のシナジー、宇宙産業への投資の可能性、これまでに出した特許、NVIDIAとOpenAIへの投資についての質問があった。ソフトバンクの特徴だが、「AIは将来夢をみることができるか?」、「AIは戦争をなくすことができるか」といった株主総会というよりは、「孫正義」という社長に聞きたい未来のビジョンのような質問もあった。気候変動に関するサステナビリティについての質問にはARMが消費電力を抑えら得る点を語った。最後の質問に孫さんが指名したのは、最前列に座っていた22歳の若者だった。質問は将来のAI社会に向けて準備しておくべきこと。孫さんは、一人一人の生き方の変化について熱く語った。
(ソフトバンクの孫正義会長兼社長にISSは反対推奨をしたが79.22%で承認された)
AIで気候変動対策に貢献 — ソニー —
過去最高売上で市場も好調、株主還元は40%というソニーも、株主からは比較的穏やかな質問が多かった。事前質問はあらかじめ質問が多かったものを3つだけ会社が選ぶ方法だ。この方式は多くの会社で実施しており、今年は女性活躍についての質問を入れるところが多いが、ソニーも一番目に取り上げた。人的資本はサステナビリティの課題の中で急速に株主の関心を高めている。二つ目の質問も人的資本系で、クリエーターの採用について。最後はAIに対してどんな取り組みをしているか。ソニーもハイブリッド総会であるため、インターネット参加者からの質問も受け付けていたが、これもいくつかだけ選んだ。家電やスマフォなどの事業の今後と、金融事業に対する質問だ。特に後者は上場時に株式をソニーの株主に現物支給する計画である為、“ソニーフィナンシャル”の株主になったらどうするべきか、という質問だった。
そして会場質問のトップバッターは地球温暖化についてであった。ソフトバンクと似ていて、貢献できるのはAIクラウドなど、電力消費を減らすという点だという回答だった。AI投資に対する質問もあった。一部家電事業の今後についての質問も出たが、AI搭載のロボットが欲しいなど、やはりAIに対する関心は高かった。そして、パラマウントの買収について報道で色々言われている、という質問があがった。「自分は実はトップガンが好き、あれをみてパイロットの免許までとった」と株主が述べると、いつも冷静な口調の吉田社長が「私もトップガンは素晴らしい映画だと思います」と返答して思わぬ一面を見せた。しかし続けて、特定の会社のM&Aについては言えない、注目しているのは規模ではなく良質な資産だ、色々報道がでて株価が上下するのは本意ではない、ときっぱりと答えた。
石油化学業界のグリーン化は我々だけではできない – 三菱ケミカル —
市場は不透明で、コア営業利益が低い、半導体材料もつらい、原料が高い、ヘルスケアもよくない、工場閉鎖など取り組んでいる・・・という三菱ケミカルの株主は色々厳しい質問を送った。まず事前質問は、ROICについての質問と、エチレン余剰という市場環境についてであった。ROICについては経営強化すると答え、エチレンについてはグリーンで付加価値の高い製品を提供し、政府のカーボンニュートラルに向けてやっていくと答えた。そして事前質問の最後に、「今後の最優先課題」を選び、半導体材料強化と答えた。
会場質問になっても、株価や、事業回復に関わる質問ばかりがつづいた。前社長が力を入れていたヘルスケアビジネスの今後についての質問もあった。筑本社長は、どのビジネスも厳しい。強いところに力を入れていく必要がある、と答え、11月にはカイテキビジョン35を発表する。事業の成長戦略について、ファーマ、ガス、ケミカルなど全てどういう考え方で取り組むかを出していく。ぜひそれをみてくれ、と強く主張した。そして、石油化学の今後については、我々だけでは解決できず、日本の他の石化事業を行っている企業も同じように悩んでいる、グリーン化に向けた再編を一緒に取り組んでいる、と結んだ。
女性職員がもっと活躍することを望む株主 – りそな —
マイナス金利解除で、市場は緩やかな上昇というりそなは、これからリテールNo1を目指し、資産運用立国をサポートすると説明した。事業説明が終わると事前質問を2つあげた。株主還元の強化に関する質問には、総還元性向50%以上を目指すと答え、金利上昇の業績への影響としては、コスト上昇がもたらす影響などもあり広く見ていく必要あると答えた。試算ベースで政策金利が0.25%まで上昇した場合は業務粗利益の段階で280億円程度、0.5%なら840億円程度とみこむそうだ。銀行ビジネスはいま、大きな変化に直面しているようだ。
会場質問がはじまると、DXあるいは結果的に回答がDX戦略に関係する質問があった。社長はDXによって顧客体験を変える、店舗が地域限定になる分をバーチャルのサービスとの両立でカバーすると答えた。一方でシステム統合でのトラブルに触れ会社の対応を問う質問があった。サービス増強への投資に、政策保有株を売却した分をあてると言う説明をした。一般的に機関投資家から歓迎される政策保有株の売却だが、個人株主から顧客企業とのリレーションを心配する意見も出た。
ある株主は「女性の活躍はどうなっているのか。JALはキャビンアテンダントだった人が社長になった。りそなは女性取締役といってもみな社外。よその会社を転々としている人だ。銀行にたくさんの女性が働いているだろう」と質問した。社長は女性活躍についても取り組んできたが、道半ば。でもたしかに人口の半分は女性で、お客様の半分も女性。女性活躍が企業価値向上だと思っていると答えた。
配当余力はあるのか? 経営のサステナビリティを問う株主 – 武田薬品 —
武田もその業績のため株主が厳しい株主総会だった。事業報告ビデオは短く、そのほか多くを社長自らプレゼンした。そこでは、価値ベースの医療、医薬品へのアクセス向上、公平性を目指す、人的資本についても従業員の話を先にし、続けてExecutive チームに女性外国人多いという話をして最後に取締役、といった工夫をしていた。しかし米国で特許切れの薬もあり、今年は減益になりそう、と厳しい報告をした。
会場からの質問は、最初は「配当が高すぎないか。利益の範囲内で配当すべき、役員報酬もそうだが」というものだった。2問目は事業の効率化について具体的な説明を求めるもので、3問目はまた配当だった。配当性向もとても高く、配当だけ高いと権利落で株価が下がる。長期の株主価値向上のためには、自社株買いも織り交ぜて、といったような意見であった。これに対し経営陣からは今年は減損もあって利益は小さく見えるがキャッシュフローには配当余力があり、高すぎるとは思わないという回答がなされた。会場からは続けて薬価の改定によるリスクやサプライヤーの管理など事業に関わる真剣な質問、また株価が上がらない、ということをBPSと比較して問題提起する株主もあった。借金をして買収をしていることを問題視する意見もあった。
最後に発言した株主は、株主の意見に対し社外取がどんな思いで聞いているのかを聞きたいと、特に投資銀行の経験のある社外取を指名して要望をした。指名された社外役員は、このような業界では長期的な視点をもち、短期の利益とバランスを保つ必要がある、社外役員の役割は株主にとって長期のリスクを理解し判断して経営者をサポートすることが重要だと思っている」と述べた。
(武田薬品ウェーバーCEOはISSから反対推奨を受けたが、76.22%で信任された)
「買い増ししようと思うが」と株主に問われ — 三菱重工 —
脱炭素の流れにのりガスタービンは2年連続トップシェア,水素ガスタービンの商用化やCCUSへの期待で株価も昨年の株主総会日に比べ2.5倍になった三菱重工の株主総会も、一般株主からの質問は温かいものが多かった。
ビデオによる事業説明が終わると、「対処すべき課題」から泉沢社長が自ら話した。(対処すべき課題から社長自ら話すというパターンは他にもみられた)水素アンモニア、CCUS、データセンターを成長分野と位置付けていることと、これらについての取り組みを話し、能登半島沖地震では電力復興などで協力してきたことも述べた。事前質問からはやはり1つ目にジェンダーの取り組みに関する質問を、2つ目は業績について、(DOEで4%を目指す、と回答)3つ目は電動化の事業への影響。人口が減っており、省人化は必要。一方でそのためまた生成AIがでてきてデータセンターはもっと電力が必要、また効率的な冷却システムなども求められると回答した。
会場質問が始まったがやはり、データセンタ向け事業について三菱重工の今後の事業展開について問われた。データセンターの電源にCCUSの組み合わせもあるといった担当役員の回答に続けて、泉沢社長からも「この分野は非常に伸びている。期待に応えたい」と付け足した。会場からはCCUSの今後の可能性について質問があり、加口副社長から、国内では実証実験まで進んでいる、米国ではカーボン1トンとると85ドル補助金があるということで引き合いが多い、と解説、続けてここでも泉沢社長は「CCUは長年取り組んでいる。欧米中心に検討依頼きており、積極的に進めていきたい」と追加した。
次に多かったのが株価が伸びていることに関係するものだった。「買い増ししよう考えていると言ったらどう答えるか」というのはユニークで、かつ経営者の覚悟を問うことができる質問だ。1年前に株を買って感謝しているという株主の言葉に、いつもまじめな泉沢社長が笑顔になったのが印象的だった。水素技術に期待する株主から、ライバルをぶっちぎってくれ、という質問にも同様に笑顔が溢れた。一方未だMRJを残念がる株主から「完全にあきらめるのか、いつか羽ばたくのか」という質問もあった。残念だが、事業をとおして培った技術治験は生かしている。国で2035年に向けた次世代国産旅客機開発のプロジェクトが始まっているが、できることがあれば協力すると淡々と答えた。
従業員に比べ高すぎると役員報酬に反対動議 – ANA —
ANAでは事業報告はビデオを使わず、すべて社長の言葉で説明が行われた。国際線過去最高収益、国内線は前年を大きく上回りコロナ前の9割まで回復し、LCCにおいても 訪日需要で過去最高、はじめて国際線収益が国内線収益を上回った年、ANAは4年ぶりに復配した。環境、人、地域創生、2050年度までのカーボンニュートラル、2030年まで10%までSAFにする。SAFの安定供給と導入促進に関係者と共に取り組む。そして人材は価値創造の源泉、全役職員の生産性向上目指すと述べ、コロナを乗り越え、業績は回復してきたが、財務基盤は回復の途上にある。しかし成長回復へ向けて着実に進んでいる。そして資本効率の改善も注力する。成長企業への転換を図ると株主に訴えた。株主質問になって、事前質問から会社が選んだのは、①株主還元の考え方、②営業、サービスについて、いずれも3年間にわたるパンデミックの影響が甚大で今後の回復に向けて再度説明をした。
しかし会場質問がでは、サービスに関わる質問が多かった。特定の区間が特定航空券の購入が困難だというものが3件、コロナ後に回復していない路線の質問が2件、貨物が1件、機内サービスが2件、SNSなどメディア戦略が2件、そのほか株主総会で出ていた事前質問を全部公開してほしいとか、客の意見をどれくらい経営に反映させているかというものまであった。株主還元については2件、一つは復配したがまだ少ないので今後の見通しを知りたいというものだったが、もう一つはやはりサービスに紐づけていた。「ステータスクラブを充実させるJALの株主還元をみた、現金以外の取り組みを求める。たとえば先日JALの事故で見事な脱出があったが、脱出訓練をうけたらステータスがあがるとか、何か考えられないのか」と提案、これは芝田社長も感謝して受け止めていた。
続けて株主から動議が発せられた。「取締役報酬2億、3億今年はなんと6億、株主から見たら一番重要なのは現場のCAさんとパイロットだ。芝田社長に退任の道義を出したい。取締役報酬を倍にする前にJALと同じように配当性向30%、80円を要求する」というものだった。これに対し、コロナ前の報酬の水準は同程度の利益の企業の中程度としている。段階的に役員報酬をひきあげさせていただいているが、社員の還元を最優先にしているので、コロナ前の水準にはもどっていないと説明した。
最後の2人となって発言した株主は大学1年生。なんと中三のときからANAの株を買っており、高校2年生で初めて株主総会にきたそうだ。「これからもさまざまな人に愛される会社であるために中長期にどのような会社づくりをしようとしているのか教えてください」という質問には会場から拍手が起こった。芝田社長は「中学生の時から当社株を保有いただきありがとうございます。接客について過分なお褒めの言葉ありがとうございます」と述べ、「ワクワクで満たされる世界、と会社の方向性を定めた。これは人的資本経営だ。お客様の満足を高めるには、その前提として、従業員が満足していないとだめなのだ、従業員エンゲーメントが企業価値向上とつながる。働きがいや挑戦意欲を高め、基本品質、生産性の向上を果たすことで、期待にこたえていきたい」と結んだ。
ベンチャー宇宙産業のサステナビリティ — アイスペース —
宇宙産業として初の上場企業となったアイスペースの株主総会は会計報告からはじまった。続けて袴田社長による事業説明で、「2022年11月、営利企業として世界で初めてつき着陸を目指した」と民間でも月面ミッションができると示すことができたことを強調した。残念ながら着陸できなかったが、再起レジリエンスという名のミッションを行う、ここに搭載するランダーはルクセンプルグで制作したといい、全社員が写っている最後を示した。最初の会計報告を思い浮かべ「こんなに雇ってるのか・・」というのが率直な驚きだった。
事前質問は開発に関することばかりを選んだ。ミッション2の開発スケジュールとミッション一から学んだこと。しかし、会場質問になると、株主はそれほど優しくなかった。「M1の資料がミスリーディングだ。袴田社長の人間性について聞きたい。失敗した、ということがわからない」続けて「いつの時点で利益がでるのか?」袴田社長はいずれも丁寧に説明したが、具体的な数字はない。株主は今すぐ配当しろと言っているわけではない。上場企業の経営者である以上、なんらかの見通しを持つ必要がある。
宇宙開発のような長い時間がかかるビジネスに、投資ができる国になることは重要だ。しかし本当にサステナブルにそれが可能となるには、先駆者であるアイスペースの責任は重大だ。
今年の6月総会は、個人と思われる株主から、気候変動、人的資源、事業戦略から株主提案までひろく、経営者が問われるべき重要な点が挙げられていたと思う。それからいくつかの株主総会で非常に若い世代が発言したことも印象的だった。学生時代から株を買うだけでなく、株主総会にでて経営者の声を聞いて質問をする、そして経営者もその若い声に答える、また他の株主もその対話を聞くというのは、間違いなく全ての関係者に非常に役立つ経験となるだろう。
今年の株主総会における株主からの質問を聞いていると、年に一度の株主との対話によって、経営者側も相当学ぶものがあったのではないかと思われる。その中で株主に事業のサステナビリティを訴える声も、年々力強いものになっているように感じている。