投函者(三井千絵)
株主総会シーズンが近づいてきた4月11日、国内外の環境系NPO等5団体は、共同で4つの企業に株主提案を送った。内容は気候変動対策の強化を求めるもので、送られたのは三菱商事、三井住友フィナンシャルグループ、東京電力ホールディングス、そして中部電力だ。事業が異なるため、それぞれ少しずつ要求点は異なるが、いずれもパリ協定と整合する事業への取り組みを定款に書いてほしい、というものだ。全体の株主提案数はコロナ禍の2021年、少し減少したようだが、気候変動に関する提案は着実に増えている。
昨年はMUFGや住友商事、一昨年はみずほFGに同様の株主提案が行われた。いずれも今回と類似した提案で、海外では機関投資家による似たような提案がみられる。今年はクレディ・スイスの4月29日の株主総会に対し、アムンディを含む機関投資家11社による株主グループから“化石燃料資産へのエクスポージャー削減”など、気候変動対策を講じる株主提案を受けていた。やはり定款に、株主に対する経営報告書に1.5度シナリオと整合した戦略を報告すること、石炭、石油、ガスなどへのエキスポーチャーをどのように削減していくか短期、中期、長期のタイムラインも示すことを追加することを求めている。
このように海外でも、株主総会で経営者に特定の行動を求める時は「定款」の変更を求めるようだが、日本では株主提案を受けた企業側の反応は「気候変動への対策は重要だが、そのようなことは定款に書くことではない」というものが多い。これには日本の機関投資家でも理解を示す声がある。いくつかの資産運用会社は「定款に書かなくても、きちんと開示をすることを約束してくれれば、株主提案に反対する」という態度を示すことがある。気候変動に関する株主提案を行う、あるいは賛成する機関投資家が求めていることは何だろうか。また定款への記載を求める理由は何か、そして定款はそもそも何を書くところなのだろうか。
気候変動に対する対応を求める機関投資家
2020年11月、オーストラリアのスーパーファンドRESTはその2年前から訴えられていた訴訟に対し和解が成立した。争点はRESTが気候変動リスクを適切に考慮していない、というものだった。和解にあたりRESTは2050年までにポートフォリオネットゼロを目指し、それをTCFDに基づき開示することをコミットした。ここ数年日本でも台風に伴う河川の氾濫や土砂崩れなどの被害が明らかに増加している。気候変動への対応を行わないことは事業リスクであるだけでなく、訴訟リスクにつながる可能性も見え始めてきた。そのような中、投資先企業にその備えをしろというのは、株主としては必然性のある行動とも言える。これに対し日本企業からは、「気候変動だけが喫緊の課題ではない」という声がよく聞かれるが、グローバルにステークホルダーの関心を考えた時、気候変動問題に対応しなければそれ自体がレピュテーションやリーガルリスクをもたらすようになってきている、ということだ。
しかし機関投資家やNPOから「1.5度シナリオと整合した戦略を持ち、それを開示しろ」と求められた時、その意図を正確に理解する企業は国内外問わず多くないようだ。NPO団体で気候変動に関するシンクタンク、カーボントラッカーと複数の団体が分析したところによると、多くの企業はネットゼロや1.5度シナリオに向けた取り組み(具体的には特定の商品やサービスの排出量削減)を発表しても、それが本当に1.5度シナリオにどう貢献するか、またその場合にかかる費用や既存施設の減損などによって財務諸表がどのように影響を受けるかについて整合性のある開示を行なっているケースはほとんどないという。つまり「何かは取り組んでいる」が、それがどのくらい実際にネットゼロに貢献するのか不明な開示が多いということだ。前述の分析活動では、今は金融機関を対象としていないが、これまでに株主提案を受け、その対応を約束した日本の金融機関が評価された場合、どのような結果になるか興味深い。
なぜ定款なのか?
ところでNPOや機関投資家グループはなぜ定款の変更を求めるのだろうか。内外のタイプの異なる資産運用会社の責任投資担当やアクティブ運用のファンドマネージャーに意見を聞いた。
株主総会というのは、議決権の行使を通し経営者に対し投資家の意見を要求できる場ではあるが、その“表現力”はあまり豊かではない。力を入れてほしいことを訴えても、なんの議案で要求を表現すれば良いのか。結局取締役選任議案に反対するぐらいしかできず、その賛成率で現在の経営者に対する投資家の意思表示をすることになる。つまりもともと、株主総会で経営者に細かい内容を直接訴えることはけっこう難しい。
株主提案を行うにも、株主総会に議案としてかけられるものは限られている。ひとつは定款変更だ。昨年からいくつかの企業がオンライン総会を可能とするための定款変更を議案としているが、これは逆に株主総会でなければ変更できない。その為あまり具体的なことを書かない傾向がある。数年前、このような株主提案が話題になり始めた時も「気候変動への対応であれば、わざわざ定款に記載しなくても良いのでは・・・」という声も聞かれた。
これに対しある日系の資産運用会社で長年議決権行使に携わってきたA氏は「それでも定款変更くらいしか主張をぶつけることができる議案種類がなく、可決には特別決議が必要という高いハードルを承知の上で提案するケースがあった」という。この問題は一機関投資家が自分だけのために取り組んでほしいことではない。だから可決を目指すというより、株主総会という場に持ち出すことで、他の株主など衆人環視のもとで経営者に考えてもらいたい・・・というわけだ。そして全ての株主に考えて欲しいということだろう。
「しかし、3月に東芝の臨時総会で、会社提案であるものの、戦略の是非を問う拘束力のない議案も出ました。今後は(定款ではなく)新しいタイプの出し方も出てくるのかもしれません」とA氏は話した。
定款とは何か?会社の目的は?
通常定款には、商号として登記上の社名と英文社名、目的(事業の内容など)、本店所在地、株式の発行や管理に関する事項、株主総会に関する事項、取締役会の構成、取締役会開催に関する事項、会計監査などが記載される。株主総会を開催しなければ変更できない定款に、市場や経済の状況によって変更するかもしれないことを記載したくないと考え、通常目的として「XXXの事業を営む」ぐらいしか記載されない。(参考:企業理念を掲載しているエーザイ株式会社の定款はロンドンの投資家にも評価されている)
ここに、企業の在り方や事業が目指すところのひとつとして、ネットゼロをめざすのであれば、記載することは妨げられていない。前章のように、定款変更という議案をだすことで、経営者と他の株主にも考える機会を提供するということは確かにひとつのやり方かもしれない。しかしそれが重要なことであれば、やはり定款に書いても良いはずではないだろうか。
ある英国の資産運用会社のファンドマネージャーは「なぜ日本の経営者は、(今最も企業が取り組まなければならないことを素直に)書かないのだろう・・・」と首を傾げている。それだけ会社全体の取り組みになっていず、また経営者の責任として認識されていないから、と受け取られてもしかたない。1.5度との整合性を何度も企業と対話しても、企業は自社が取り組めることしか開示しないとする。何年後にカーボンフリーの製品をどれくらい提供しているかとか、部分的な発表をよくみかけるうえ、前述のカーボントラッカーによると、これは日本企業だけではないが、その取り組みによる財務上の影響(設備投資なり、古い設備の減損なり)が説明されていないとなれば、投資家側は「株主総会で話すしかない」と考えるだろう。
それさえも、それが本当に問題であれば、役員選任議案で対応することも可能だ。なぜ定款なのだろうか。これについて、何人かの投資家の意見を聞いた。この背景には「ただのエンゲージメントでは一対一での話となり、会社の態度が広く知られることはない。しかし株主総会にかければ、経営者は個人投資家を含むすべての関係者に説明をしなければならない。そしてその対応は社会的に評価される・・・。これが株主提案を行う投資家が目指すところなのではないか? ある英国の運用会社の責任投資担当者は「なかなかそういう投資家ばかりではない。投資家側もボックスチェッキング的に行なっている」とこぼす。しかし重要なことは気候変動の対応はいまや企業にとって社会に対する責任となっており、経営者のしっかりとした説明が求められるということだ。
今年の株主総会シーズンもいよいよやってくる。どのような対話が行われるか注目していきたい。