投函者(三井千絵)

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ロンドン中心部にあるIOD(取締役協会)の歴史ある建物。英国のコーポレートガバナンスを支えてきた

 12月の第1週、ロンドンで行われたグローバルの投資家団体ICGNのイベントや、ロンドンを中心としIASBの理事も何人か輩出したアナリスト団体CRUFの会合があり、ロンドンに1週間滞在した。そして残りの時間、様々な投資家、気候変動に関するデータや分析を提供する団体、ガバナンスコンサルタント、レギュレータ、会計士に等に会った。

 それらを通してよく話題に出たのは、豊田自動織機のTOB、初の女性首相について、そして現在取り組まれている会社法改正についてだった。

 

指名委員会の権限について

 会社法改定について様々な案件がまとめて上程されているが、ロンドンで会話をした主にグローバルな運用会社や投資家団体(以下、グローバル投資家)が主に気がかりなのは指名委員会に関する議論と株主総会だ。

 まず指名委員会等設置会社における指名委員会については、現在「株主総会に提出する取締役の選解任に関する議案に関し、取締役会は指名委員会の決定を覆すことができない」とされている点の見直しが議論されている。これに対し懸念を示す投資家や、投資家団体があった。

 現在の会社法では、指名委員会設置会社の場合、指名、監査、報酬委員会の委員は過半数が社外である必要があり、その決定には取締役会をもっても覆すことはできない。このような強い権限があることは、指名委員会等設置会社制度を取り入れにくい壁になっているのではないか、ということで、今回見直しが行われる。これは株主総会に上程する会社議案が”一部の取締役で策定される”という、国際的にみても珍しいケースとなっており、今回会社法改訂に向けた議論の中には(制度採用の難しさだけではなく)そもそも今の在り方で良いのか、という意見もあるようだ。

 その背景として、日本の会社法では、指名委員会等設置会社の3つの委員会は社外取締役が過半数とされているが、一方取締役会自体にはそのような定めがない。社外取締役が大半をしめる米国などと違い、日本では社内の執行役と混在した取締役会が多い。そのため取締役会が次期候補者の最終決定をすることになれば、既存の取締役に問題があった場合でも、株主の側にたち刷新する候補を立てられるのかということだろう。これは会社法を改正した時も、そのような配慮から現在のような強い権限になったのかもしれない。現在の議論では過半数が独立取締役であることを条件とする方向だが、それでも懸念があるようであれば、どのようなプラクティスであればそれが解消されるのか、理解が得られるまで議論をする必要があるだろう。

 

株主総会に関する議論

 株主総会については、今回株主提案権の見直しなども議論されているが、投資家団体の注目はオンライン株主総会だ。これは今英国でも議論となっており、それも関心の高まりに寄与したといえる。

 英国では2020年、コロナ禍の中でバーチャル総会が可能となった。その頃は投資家団体でも歓迎されていた。移動の制限があったコロナ禍では、オンラインで株主総会に参加できることは非常に価値があったからだ。コロナ禍による経営環境の突然の変化の中、グローバルの投資家団体では、経営者に従業員ケアなど求めて意見をあげるようになった。同時に気候変動に対する対応を求める株主提案も増加、株主提案をよく行ういわゆる「アクティビスト」以外の、パッシブ運用の投資家でも、以前より株主総会そのものへの出席も聞かれるようになった。

 ところがそれから数年経ち、一部の完全オンライン株主総会に対する批判が聞かれるようになった。会場でもオンラインでも好きな参加形態を選ぶことができるハイブリッド形式と異なり、株主にとっての問題が認識されるようになった。どちらの形式でも、外部から接続して参加している株主に、発声の機会があるケースはほとんどない。日本でも上限が300文字ぐらいのチャットボックスからテキストで質問を書き込むのがほとんどが、どうやら英国でも同じようだ。事前に質問をつのり、それに対する回答も行うが、一見広く意見を聞くようで、株主からすると生の声を伝えられず、また経営者も株主の顔を見ることができない。

 株主総会へ出席する目的は必ずしも決議だけではない。経営者にとってもこれは貴重な株主エンゲージメントの場だ。オンライン参加やアーカイブ配信が可能となればトランスペアレンシーが向上する一方で、”オンラインだけ”では好ましくなく、希望があれば株主は会場で参加することができるハイブリッドがベスト、という声が出てきている。

 

株主提案権、300単元は少ないか?

 筆者はもう一つ、300単元保有で株主提案ができる現行制度の見直しが気になっている。ロンドンの投資家団体と話した時逆に質問をすると、みなきょとんとした。日本の株主提案の条件は他国より株主に”有利”だ。だから今回議論となっている300単元は少なすぎるという声は、グローバル機関投資家から見ればもっともなようだ。

 しかしこれは個人株主にとっては十分大きい。2025年3月、ある企業で個人株主が株主提案を行った。理由は4年連続赤字で、数年ローンチが遅れている商品開発を進めている社長を否決したかったためだ。当該株主は、会社を立て直すために経営者交代を求めた。この株主提案自体は、社長を含む取締役選任議案を上程した会社提案と内容的には重複しており、もし双方が可決されるとどちらの結果が優先されるべきかという問題を抱えていたが、それに気がついた機関投資家の采配か、株主提案には過半数の票が集まらず、一方会社提案で社長は50%の信任を得ることはできなかった。株主総会で真剣に提案の理由を話す株主の姿は、経営者に少なからずインパクトを与えたようだ。当該企業はその後、新しい社長のもと事業内容も整理し、新製品の発売時にストップ高もつけた。日本では機関投資家といえる株主を有しない小型企業が過半数だ。これらの企業は今後、NISA等で増えた真剣な個人投資家に支えられるかもしれない。300単元が少なすぎるのかどうかは、もう少し慎重な議論が必要なのではないだろうか。

 

会社法改訂に向けた議論が、グローバルの投資家も、また最近増え始めている新興運用会社、また場合によっては個人投資家も含めたさまざまな関係者を巻き込み、より深まることを願っている。