投函者(ミライ)
新たなガバナンスの議論の始まり
2023年度、コロナ明けの日本のコーポレートガバナンスの議論は、眠りから醒めたかのように再活性化している。東証では今年初めに発表を行った「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」の論点整理で、“資本コストを意識した経営の推進のため、PBRが1以下である企業に対し現状認識や対策を求める”ことが発表された。そして4月に金融庁が発表した「コーポレートガバナンス・アクションプログラム」では、「資本コストを踏まえた収益性・成長性を意識した経営の促進」を掲げ、同時に法制度の課題として大量保有報告制度における“重要提案行為等”“共同保有者”の範囲の明確化が課題として挙げられた。これは金融庁が、投資家が“協働エンゲージメントをしやすいように取り組む”ということだろう。また同時に“部分買い付けに伴う少数株主の保護のあり方”について検討を開始した。同じタイミングで経産省でも「公平な買収のあり方に関する研究会」が開催されている。これらを総合すると、
“PBR<1、つまり株主から預かった資本の価値を下げている経営者に対し、その改善を投資家から求められることを歓迎し、協働エンゲージメントの環境を整備し、その価値を高められると考える株主から買収提案された場合は(経営者ではなく)少数株主の権利を保護しようと考えている”、と読み取れる。これは資本市場を健全に発展させるために、まっとうな議論だと言える。
一方で、資本市場参加者は、どれくらいその潮流にあわせていけるだろうか。今年の株主総会シーズンは、昨年を超える多くの株主提案が行われており、その中にはPBR<1の改善を求めるものもある。また経営者交代を求めるもの、取締役選任議案への反対推奨などもみられている。しかし少数株主はこれらの案件を正確に理解し、判断するだけの準備ができているだろうか。
リートにおける臨時投資主総会の提案
中規模オフィスに特化したJ-REITである「いちごオフィスリート投資法人(以下、IOR)」は、今年3月、スターアジアグループから臨時投資主総会(リートの株主総会にあたる)の開催請求を受けた。スターアジアグループは、IORの投資口3%以上を半年間保有し、投資主総会招集権を得た。要求は、運用報酬の引き下げと役員の増員、そして合併・買収に関する報酬体系の変更だ。IORの筆頭投資主のいちごトラストはその直後に提案の一部に反対を表明し、1ヶ月後に対抗する投資主提案を行った。IORはいちごトラストの提案に賛同し、投資法人提案として、スターアジアのものとあわせて議案として、臨時投資主総会の開催を通知した。
これは一体何が起きているのだろうか。
スターアジアは今回の提案についてYoutubeでその理由を説明している。IORの運用報酬は物件譲渡益が発生すると、収益分配金成果報酬と譲渡成果報酬が増加するので資産運用報酬としては2重ではないか、という理由で譲渡成果報酬を廃止する提案をしたという。しかしこれはのちにIORの議案が一定の評価をすることができるとして提案を取り下げている。もう一つは、被合併時成果報酬と被買収時成果報酬の廃止を提案している。これは「買収防衛策だ」と述べている。もし合併・買収が行われた時、いちご投資顧問が受け取れる金額が大きく、被買収リートとしての財務的魅力を失わせるものであるという主張だ。スターアジアはIORの買収を考えているのだろうか。そして最後にスターアジアは役員選任議案も提案しているが、候補者はスターアジアグループに所属しており、上場するスターアジア投資法人と当社が競合関係にあることから、IORは独立性に問題があると反論している。スターアジアはこれらの提案の理由は「Jリート市場を健全にしたいから」と述べている。
ガバナンスの観点からどう考えるべきだろうか?
競合が役員を提案 – 既存株主(投資主)の利益は?
スターアジアは、非上場ではあるがグループ傘下に上場不動産投資法人を有する。今回別途バークレーグローバルという法人をつくり、そこでIORの投資口を買い進めた。そして投資主提案をしたのち、「スターアジア」として他の投資主に対し説明を始めた。つまりIORからみれば、突然競合他社が“投資主として”役員選任議案を提示し、報酬の引き下げを求めている構図だ。
リートというと少しわかりづらいかもしれない。しかしリートは、形態はファンドではなく会社(法人)で、海外ではファンドというより不動産ビジネスを行っている事業会社のようなケースも見られる。出資を集めてビルを立てたり購入し、特定のテーマに基づいて整備し街の区画の価値を高める。IORも同様で、Jリートとしては初の再生エネルギーへの切り替えを行なったり、建物を整備して不動産の価値をあげ収益性を高めている。それでも2020年、コロナ禍で収益がダウンした時、報酬体系を完全にインセンティブ報酬に切り替えた。その結果投資主総利回りは東証リート指数に対し10年で+62.52%超過したそうだ。そうして昨年は結果的に運用報酬も良かった。これは現在日本がめざすコーポレートガバナンスの価値創造そのもの、と言えそうだ。
これに対し、競合他社が「運用報酬が高い」と変更を求めたり、役員を送るということは、IORの収益の源泉に対し変更を求めたり、ノウハウが競合他社に流れる危険性から、既存投資主の利益を最大化するとはいえない。これはもちろんリートでなくても起こりうる。日本のコーポレートガバナンスの過去の議論でも、社内昇進の役員が独立でないということと同様、競合他社が役員を送ることについては、ガバナンス上の問題(既存株主の価値の毀損)が指摘されたことがある。
リート特有の制度
スターアジアは2019年、さくら統合リートに敵対的買収を試みた。この時も3.6%の保有で臨時投資主総会を求めた。さくらは猛抵抗を行い、ホワイトナイトをたてたが、結局スターアジアが招集したさくらの投資主総会において、資産運用会社をスターアジアの運用会社に変更することが決議され、のちに合併されている。これが企業であれば、合併を通し事業のシナジーなど企業価値向上を掲げて議論が行われるところだが、リートではリート特有の「みなし賛成」によって、あまり議論をせずに合併につながる提案が可決に至る可能性がある。リートでは株式会社の株主総会とは異なり、投資主総会で議決権や委任状を行使せずに無投票となった場合には、自動的に賛成として数えられる。これは会社提案ではなく、わずか3%の投資主が提案した株主提案でも同じだ。さくらリートのケースでは、さくらリートのほうが格付けが高かった。格付けが高いとか、パフォーマンスがよいリートを自分の方に引き込みたい(既存株主にとっては価値の毀損)と考えて提案を行なっても、簡単に通ってしまうリスクがある、ということだ。
個人投資家の“知る権利”
もちろん今回スターアジアは、買収を提案しているわけではない。IORは上場しており、個人投資主も多数存在している。提案の何が最終的に自分の利益になるのか理解するのは簡単ではないだろう。スターアジアはIORの報酬が高いといい、公募増資を過去にしていない、またその資料では中計の目標業績が未達だったといったことを、役員選任議案などを提案する理由として掲げた情報を、さまざまな手段で投資主に送っている。しかしここには、提案がどうして企業(事業)価値を高めるかどうかの議論はみられない。情報には間違い、或いはミスリーディングと言わざるを得ない点も散見される。(業績目標についての言及やLTVの計算方法など)そもそもコーポレートガバナンスにおける議論では、インセンティブ報酬や、ダイリューションを起こすような公募増資をしないことのほうが良いとされているにもかかわらず、これらを挙げて「ガバナンスが悪い」と述べている。
一方、IORは、自らが重視しているのは“既存投資主の利益の最大化”であると、その資料等で述べている。運用報酬をインセンティブに切り替えたのもそうだが、公募増資などを行わなかったのは、ダイリューションを避けるためと述べている。スターアジアはさくらの合併効果や彼らの運用努力を背景に分配金総額は増加をしているが、数度にわたる公募増資によって少数投資主が注目すべき1口当たり分配金の成長率はIORより低い。
リートの運用方針は、さまざまだろう。しかし金融庁は今年4月に4度目になる「資産運用業高度化プログレスレポート」を発行し、その紹介のWebinarで、拡大されるNISAや、個人の資産運用の重要性が高まる中、ファンドは個人に信頼されるようなものであってほしい、ということを訴えている。長期に資産の価値を高め、既存株主(投資主)の利益が最大化することが求められている。しかし示されている情報が、自らの出資したお金の将来にどう影響するかを考えるには複雑すぎるかもしれない。
早急に対策を
上場リートは少額から不動産投資が可能なため、投資信託などと同様、個人が資産運用として購入する可能性が高い。しかし、簡単に他のリートに合併させられるような制度であれば、自らの出資したお金が別の投資主に使われる可能性があるということで、安心して資産運用に組み入れられるとは言い難い。
ガバナンスの議論を活性化させ、投資主(株主)提案が活発化することは良いことだ。しかしそのためには必ず何が「長期の企業価値」に効果的か、よく判断できる環境、情報提供が必須だ。
・競合からの役員の提案の是非、・みなし賛成の制度、・ミスリーディングな情報提供が行われないようにするといった問題を回避できる制度の導入が早急に求められるだろう。また今回のように、そうでなくても複雑な内容を考えなければならないのに、臨時投資主総会をもっとも株主総会が集中するシーズンで開催するのはやめるべきだ。(スターアジアからの要請だったそうだ)これはガバナンスコードが2014年に生まれた時から“望ましくない”といっていることだ。個人が自らの預けた資産について判断を行うことができるよう、ルールを見直す必要はないだろうか。最低でも、真のコーポレートガバナンスが求めることは、既存株主の価値向上であることに対する理解をもっと広める必要があるだろう。