投函者(三井千絵)
今年はKey Audit Matters(監査上の主要な検討事項、以下KAM)も早期適用開始の年だ。昨年秋ぐらいから早期適用にチャレンジするという話はちらほらと聞いていた。しかしその後、新型コロナウイルス感染拡大や緊急事態宣言があり、監査が予定通り進まず後悔しているところや撤回したところがないか気になっていた。いずれにせよ有価証券報告書提出までしばらくあると思っていたら、5月29日、三菱UFJフィナンシャルグループ(以下、MUFG)は株主総会招集通知と事業報告書をHPに公表した。この事業報告書と、やはり同日にHPに掲載された「法令及び定款に基づくインターネット開示事項」の監査報告書に、KAMが記載されていた。
KAM を記載する監査報告書
2018年に行われた監査基準改定では、KAMの記載は有価証券報告書だけとするのか、会社法監査の監査報告書にも適用するのかは議論されてきたが、最終的にこの3月期決算から適用される会社計算規則の改定でも、KAMの記載は求めていない。ただし法務省は、「会計監査人の監査の方法及びその内容」(会社計算規則126条1項1号)に含まれるということで、KAMを任意に記載することは可能だという解釈をしている。
とはいえ、そうでなくても新型コロナウイルス感染拡大の影響で監査が遅れている今年、早期適用期間で、提出を遅らせることができる有価証券報告書であればともかく、まさか株主総会資料にKAMが記載されることは、多くの人が期待していなかったのではないだろうか。だから、MUFGがKAMを記載したというニュースを先週聞いた時は驚いた。発送された事業報告書(HPにも掲載)には単体の監査報告書が、インターネット開示には連結の監査報告書が掲載されている。しかし残念ながら株主総会関連資料が発表されるピーク時で、投資家も日々株主総会関連の業務に忙殺されている時期であった為か、いまだ(6月15日)まわりの投資家に指摘しても「えっ!そうなんだ」という驚きの声しか受け取ることはできていない。
連結のKAM
MUFGの連結監査報告書をみると、日付は5月14日だ。決算が発表されたのが5月15日なので、決算短信は監査終了後に提出されたことがわかる。
連結のKAMは2項目、
- 貸出業務における貸倒引当金の算定
- 買収・出資に伴うのれん及びその他の無形固定資産の評価
が挙げられている。
1つ目をKAMとした理由は、子会社の貸出業務のために計上されている貸倒引当金の算定が十分であるかどうか。その算定プロセスとしての貸出先の債務変換能力の評価、担保の評価、過去の実績などによる見積もりの不確実性を取り上げた背景は新型コロナウイルス感染症拡大の影響だ。
“「追加情報」に注記されている新型コロナウイルス感染症の拡大に対する貸倒引当金の計上額(以下、「追加引当額」という。)は、貸出先企業への当該感染症拡大が及ぼす影響を考慮し、貸出先の財務情報等に未だ反映されていない信用リスクの増大を見積ることにより算定されている。その算定プロセスには、当該感染症拡大が将来の業績に重要な影響を及ぼすことが見込まれる貸出先の範囲(特定の業種や地域)についての仮定、及び、当該業種や地域に属する貸出先の将来の業績悪化による内部信用格付の下方遷移についての集合的な見積りが含まれている。これらの重要な仮定や見積りには、当該感染症の広がり方や収束時期に関して会社自らが置いた仮定が反映されているが、当該仮定には統一的な見解がなく客観的な情報を入手することが困難であるため、見積りの不確実性や経営者による主観的な判断の程度が高い“
というのが、これをKAMとした理由だ。監査人はそのため監査上の対応として、追加引当額の決定に関わる内部統制の有効性と、根拠資料の妥当性を評価した、とある。リスク評価に関わる内部の専門家を利用し、利用可能な企業外部の情報と比較を行い合理性を評価した、と記載されている。この手続きは新しいものでは無いようだが、確かに今年はKAMとして注目していれば安心かもしれない。
2つめは、今年買収した2つの銀行について無形固定資産の評価と、のれんの評価の2つだ。PT Bank Danamon Indonesia, Tbk.と、First Sentier Investorsの2つは、特に理由には記載されていないが、おそらく海外の感染状況に対する影響も考慮しなければならなかっただろう。いずれも買収時の計上額や、減損の兆候など判断の背景が詳細に記載されている。
単体のKAM
単体の監査報告書のKAMは一つで子会社株式の評価だ。
“会社は、総合金融グループの持株会社として多額の子会社株式を保有しており、当該子会社株式について取得原価をもって貸借対照表に計上している。このうち、市場価格のない子会社株式の貸借対照表計上額は8兆5,610億円であり、資産総額のうちの多くの割合(約45%)を占めている。子会社株式の評価基準及び残高は、個別注記表の「重要な会計方針に係る事項に関する注記 1.有価証券の評価基準及び評価方法」及び「その他の注記 1.子会社株式及び関連会社株式について」に記載されている”
監査報告書上には上記のように記載され、その実質価値を評価し減損の要否や重要な虚偽表示リスクがないかを重点的に監査したということだ。
監査上の対応としては内部統制の評価や、基礎データの正確性、網羅性などを確認したようだ。
KAMを株主総会の監査報告書に記載することの意味
会社法計算規則の定める財務諸表の記載は金商法のそれに比べて少ない。実際は多くの投資家は株主総会に向けた対話や議決権行使を決算短信を見て行っている。KAM導入に向けた議論が行われていた頃も、会社法の監査報告書にもKAMを記載すべきだという意見に対し、会社法の財務諸表や事業報告書ではKAMの前提として参照先に選べる情報が足りず(もちろん必要な場合に記載することは差し支えないのだが)難しいのではないか、という意見も聞かれた。
しかし決算短信の発表前に監査が終わっているのであれば、その時までに経営者との議論は終わっているはずで、物理的にはKAMを記載できる状況になっているように思う。もちろん上記のKAMをじっくり理解しようとするならば、事業報告書ではなく有価証券報告書が欲しいところではあるが、それでも株主総会のタイミングでKAMを出してもらえると、監査人がどこを重点的に監査したかを知ることができ、より深い理解につながると言える。
もちろん全ての企業が対応できるわけではないとは思うし、この株主総会と有価証券報告書のタイミングの議論は引き続きしていかなければならない。しかしKAMをいち早く見ることができたことは、投資家にとっては非常に役立ったといえるのではないだろうか。