投函者(三井千絵)
議決権行使集計作業はDXから遠く・・・
9月24日、三井住友信託銀行がこれまで議決権行使の集計で問題のある慣行があったという報道が行われた。続けて夕方にはみずほ信託でも同様の問題があったことが報じられた。
株主総会における事前の議決権行使は、企業から受託している信託銀行で、通常株主総会の前日までに郵便或いはオンラインで行使されたものを集計している。そこで本来は集計するべきなのに集計されていない票があったことが、海外のファンドの指摘に基づく調査で発覚したのだそうだ。行使した時間が明確に管理できるオンライン方式と異なり、郵送の場合は郵便がオフィスに到着するかどうかにかかる。株主総会は特定の日程に集中しており、信託銀行は地元の郵便局と協議し通常の配達で届くより1日早く届くような特別対応を依頼していたそうだ。そして、そのため期限内に届いても通常の方式であれば届かなかったはずのものを集計から除外していた、と記事は説明している。公平性という点では悪くない判断という気もするし、それならばメールで送ればいいじゃないかという意見もあるだろう。しかし本質的な問題はそこではなく、議決権行使の集計が不透明であったことだと思う。
本稿は冒頭の問題をきかっけとして、執筆したが、冒頭の問題の解決のための意見ではないことを最初にお断りしたい。
議決権行使プラットフォーム
記事では続けて、議決権行使の電子化が必要だという点が触れられている。日本にも議決権行使プラットフォームがあり、東京証券取引所が出資している会社が提供している。日本では、このプラットフォームの利用率が海外に比べ低いという点が以前から問題視されており、スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コード導入後も経産省などが研究会を設定し議論を行っていた。
しかし両コードの導入に伴った議論が始まった頃から、筆者は議決権行使プラットフォームの導入の議論だけでは解決は難しいと考えてきた。株主総会の議決権の処理は膨大な作業で、効率化は誰もが望んでおり、もしそれで解決するのであればもっと導入されるはずだ。当初は(前述の研究会だけでなく)様々なところで機関投資家に「なぜ導入しないのか?」という問いかけが行われると、きまって「全ての企業に対する議決権行使を行うことができないから」「企業によって手段を変えるのは業務上難しい」といった意見が聞かれた。つまり議決権行使プラットフォームを通してすべての企業の議決権行使を行うことができないのだ。他国でも100%ではないといわれているが、日本では企業の利用普及率も(他国に比べ)とても低い。コーポレートガバナンス・コードでは、プラットフォームの利用に関する項目が入り、導入すると「一つコンプライが増える」とまで言われた。それでも導入しない企業がいるのは「日本企業は電子化が苦手」といったレベルではないかもしれない。
議決権を行使する“権利”の電子化
問題は議決権プラットフォームにあるのではなく、日本ではこれを導入しても海外と同じようなメリットが得られないことにあると筆者は考えている。
日本と、たとえば英国の違いを挙げてみたい。英国ではCRESTという“ほふり”のような中央システムがあり、日本でも10年前に導入したような電子化された株券と、その取引の結果(株式を保有する権利の移動)が管理されている。そもそも株券を電子化するというのは、紙で印刷した株券をどこかに預け、その記録を別途データベースに入力しネット経由で確認できる・・・というのとは大きなコンセプト上の違いがある。ほふりのシステム導入後は日本でも株券については電子的にしか存在せず、それを保有した権利も電子的に存在している。消失するリスクもないし、現物と照合しなくてもいい。全て中央のシステムの中に存在している。
ところがCRESTには、日本にはないもうひとつの情報が管理されている。それが議決権だ。そして各自が議決権行使を行うために議決権行使プラットフォームを使っても、それらの情報も最後は全てこのシステムに届けられる。
議決権の管理は難しい。それは年金や保険といった他人の資産を資産運用会社が“預かり”、銘柄を選び売買をして議決権を行使する。つまり名義上の保有者(株主)と実質の株主が異なっている。そこに加えてファンド・オブ・ファンズや貸株など様々な形態が「誰が議決権を行使する権利を有しているのか」をわかりづらくしている。日本では株主総会の基準日に株を保有している人(=名義株主)を企業が委託する株主名簿管理人(今回記事になった信託銀行等)が特定する(株主名簿作成)。この時誰が何株分議決権を持つかが確定する。そして企業は、その議決権をもつ名義株主に、行使できる数と議案を送付する。その後名義株主は実質株主に議決権行使の判断を依頼する。こうしてやっと実質株主は議決権を行使できるのだが、その”株主”を確定する基準日は株主総会の3か月近く前に設定されている。これは世界的にとても長い。英国では株主総会の2日前に誰が株主で議決権行使ができるかが確定する。この違いは議決権行使プラットフォームの導入が100%になってもかなわないだろう。なぜ英国ではこれができるのか。
英国では、最終的に名簿が確定される前に企業は議決権を最終的に持つ人に届くよう広く年次報告書、議案とともに投票用紙を配布する。この年次報告書や議案は最近日本でもWeb開示が行われているが、投票用紙(議決権行使指図書)そのものは議決権としての権利と関係はない。それらは公開され、また個人投資家は予め議決権行使を希望していれば口座のある証券会社などが送付する。実際は投資家は電子プラットフォーム等を通じて予め議決権を行使しておく。その人が議決権を最終的に有するかどうかはCRESTが管理しているので、株主総会前日の決められた時間にCREST上で照合される。それまでに売ってしまっていれば行使した分が無効となるだけだ。
日本ではこのような中央システムがないので、議決権行使プラットフォームを使っても、企業から委託をうけている株主名簿管理人で集計される。ここに冒頭で指摘された「集計の仕方」という不透明が生じた。だから仮に議決権行使プラットフォームの利用が100%になっても、今のままでは「郵便が到着しませんでした」という点は解決するかもしれないが、集計の透明性は向上せず、名簿作成(議決権の管理)の煩雑さも解決しない。基準日を株主総会の2日前にするなどとてもできないと思う。つまりほふりのようなシステム上で、株の売買から直接紐づけ議決権を管理できなければ、プラットフォームを使う大きなメリットは出てこないのではないだろうか。
コーポレートガバナンス上の問題
議決権が電子的に管理されていないのは、オペレーション上の問題だけではなく、実はコーポレートガバナンス上の重要な問題ともつながっている。
前述のように、今日本では基準日は株主総会より概ね3ヶ月も前となっている。この3ヶ月という長い期間、すでに当該企業の株式を保有していない投資家も議決権を行使でき、配当ももらえる。逆に言えば、本来の決算が公表されてから、企業に対し期待が生まれ、仮にそれから買っても配当が貰え議決権も行使できるのであれば、株主総会に向けて株価が企業価値を反映していく・・・といったメカニズムも働かない。
めったに起きることではないかもしれないが、基準日が株主総会と非常に離れていることにより、今年は珍事がおきた。コロナ禍による決算や監査の遅れが生じ、4月以降株主総会を遅らせる議論が出た時、日本では「基準日を過ぎているのだから、今から変更はありえない」と機関投資家が反対した。このようなスケジュールになっていない国が多いので、当初海外の投資家は「え?どうして反対するのか?」と驚く声も聞かれた。決算の重要性や、責任投資の観点からも残念であったが、そもそも基準日が株主総会に対し十分に近いところに初めから設定されていれば、こんな議論はおきなかった。
これをきっかけに抜本的な議論を
2つのコードが導入されてから様々な取り組みが行われてきたが、複数の問題に影響を及ぼす抜本的な議論はなかなか難しく、議決権の電子化の必要性まで十分に議論されたことはないと認識している。(経産省の研究会の資料には海外の事例としてCRESTがとりあげられてはいた)。この問題はその都度違う形で表面化するため、株主総会の延期の議論が出た時、そもそも株主総会と基準日が離れていることはあまり議論されず、その要因としての議決権の電子化まで遡ることはなかった(と認識している)。今回も「だから議決権行使プラットフォームを使わなければならないのだ」ということで議論は終わってしまうかもしれない。しかしそれではやはりごく一部の対処にしかならない。
議決権が電子化され、中央システムで管理されれば今回のような不透明さは改善し、さらに他国のように基準日を総会に近づけることもできる。また企業側の名簿管理業務も相当効率化できるだろう。以前グローバルにサービスを展開しているため、英国等と日本の差を実感している株主エンゲージメント支援業者に意見を問うた時、この中央システムがないことと関連する精度の差を挙げた。
コロナ禍で今年は数々のシステム化の遅れが指摘された。助成金がスムーズに振り込まれなかったのは、皆がマイナンバーカードを作っていないからではない。どんな物事も、我々が見えているのは海の上に浮かぶ小さな氷山の一角で、実は水面下には大きな問題とつながっているかもしれない。常に全体的な議論が必要だ。今回は、議決権そのものの電子化まで議論が進んでほしいとささやかに願っている。
参考資料
ICSA Registrars group Guidance Note
Shareholder proxy voting: Discussion paper on potential progress in transparency