(投稿者: 空中遺跡)
本ブログの読者はESGへの関心が高い方が多いと思われるが、ESGの中の「E」(環境)の中の1テーマである生物多様性に関して、私が最近読んだ良書を紹介したい。
書名:「生物多様性はなぜ大切か?」
日高敏隆・編
昭和堂より2005年刊
定価:2,530円(税込)
https://www.amazon.co.jp/dp/4812205069/
編者の日高氏は、動物行動学者。2009年に79歳で逝去しているが、評論家の立花隆氏との対談等でよく知られているように思う。
本書は、総合地球環境学研究所(以下、「地球研」と略)が”地球研叢書”として刊行している中の一冊。
地球研が2004年に開催した《第3回地球研フォーラム「もし生き物が減っていくと 〜生物多様性をどう考える」》での5人の講演を元に、1人ずつ章立てしてまとめたもの。
・第1章 生物多様性とはなんだろう: (執筆者、以下同様)中静透
・第2章 「雑食動物」人間: 日高敏隆
・第3章 遺伝子からみた多様性と人間の特徴: 川本芳
(第4章以下略)
私が読んだ限り、第4章と第5章は執筆者のバイアスが強く、論拠に乏しいように感じたため触れない。
第2章と第3章は読み応えがあったものの、本稿では章のタイトルと執筆者を紹介するに留め、第1章の内容を中心に紹介したい。
第1章の執筆者の中静透(なかしずか・とおる)氏は、本書刊行時は東北大学大学院生命科学研究科の教授で、専門は森林生態学。
現在は、森林研究・整備機構の理事長。
第1章の詳細目次は、次の通り。
・はじめに
・生物多様性問題とは?
・生物多様性は減っているのか?
・なぜ生物多様性が大切なのか?
・生物多様性がとくに重要な役割をはたす生態系サービス
・なぜ生物多様性はむずかしいのか?
・おわりに
中静氏によれば、地球環境問題の中でも、温暖化や大気汚染などに比べて、生物多様性については、分かりにくいと感じられたり、科学的な根拠の弱い問題だと捉えられがちだという。
温暖化による気温上昇で海水面が上昇するとか、大気汚染によって人間の健康が損なわれるといった明確な影響に対して、「生物多様性が失われるとどのような影響があるのか?」という点に関しては、影響がよく分からなかったり、人によって見解の相違があったり、必ずしも重要な問題とは捉えられない場合があるとのこと。
ただ確かに、中静氏も「現時点では発見されていない有用な資源が、生態系の中に埋もれている可能性」については生物多様性の恩恵の一つとして挙げてはいる。
しかしながら、「熱帯雨林のように1ヘクタールに200種もの樹木が生育する生態系で、そのすべてを保全しなければ」ならないかという点に関しては否定している。
その根拠として、「新たに一種が生態系に加わることで増加する生産力(※)は、種類が増えていくにつれ小さくなり、せいぜい数十種で飽和してしまうと考えられる」ためと述べている。この根拠の部分は、経済学での限界効用逓減の法則と同じ考え方であろう。
(※: ここでいう「生産力」とは、人間にとって有用な物質を生み出す能力を指している)
「生物多様性問題は、なぜ難しいのか」という点に関して、中静氏は次の4点に整理できるのではないかとしている。
1. 生物多様性消失の影響が不確実で予測が難しい。
2. 多面的な影響があり、その評価と価値判断も多様。
3. 膨大な多様性が必要であることの説明が難しい。
4. グローバルの問題なのか、地域の問題なのかが難しい。
本書では、この4点に関してそれぞれ簡単な事例を挙げながら説明を行っている。
そして結論として、「つまり、生物多様性の重要性や価値をどのように評価するか、ということそのものが、その評価手法をふくめてまだ解決できていない」とする。
ただし結語として、「この章を読んで、生物多様性の問題とはどんな問題なのか、あるいはそのむずかしさが、少しでも理解していただければ幸いである。とはいえ、個人的にはもっとシンプルな感覚的理解も必要だと思っている。」として、いくつかの事例とともに「ともかく、生物多様性が与えてくれているものに、もっと気づくことからはじめたい。」としている。
本書は16年前に刊行されている古い書籍ではあるものの、私が知る限り、中静氏が指摘している生物多様性に関する評価や評価手法に関する課題は、現在でも解決されていないように思われる。
また、本稿では中静氏の論考を抜粋して紹介しているため、一部に論拠が弱く感じられる箇所があるかもしれないが、本書ではグラフを何点か用いる等、適宜具体的な数値に基いて丁寧に説明されているので、詳しくは本書にあたってほしい。