コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の適用開始から4カ月が経過した。企業の対応を記載したCG報告書も100社を超えた。機関投資家が企業の取組みを正しく理解し、評価するためにより良い情報開示が求められるが、それには既導入国の事例を知るのも有益だ。
特に、CGコード導入時点でガバナンスの取り組みが投資家によく知られていたUKやEUといった事例よりも、ゼロから出発したであろう東南アジアの国々の取組みは、今の日本の状況に近く、より重要なヒントが得られるのではないだろうか。
■東南アジアの企業情報開示――ステークホルダーの透明性の強化
東南アジア各国は、実はCGコードの歴史は長い。1997年のアジア通貨危機の後、IMFの援助の条件として次々に導入された。当時、財閥による支配、政府保有企業などの不透明さが批判を浴びたこともあり、「独立性の高い取締役の一定数の導入」や、「会社の支配構造の開示」に特に力をいれてきたように見受けられる。
いわゆるASEAN5と言われる国々では、インドネシアを除き登記をした全ての株式会社が、企業のプロファイルや年次報告書を監査報告書とともに監督当局に提出、一般にも閲覧が可能となっている。全企業が年次報告書を提出するのは英国会社法の影響と思われるが、この開示によって得られる対象企業すべての役員や株主情報が、一元化されたデータベースで取得できれば、子会社・関連企業まで調べることができ、企業のガバナンスを評価するにあたってかなり有益ではないだろうか。(実際、この情報を検索サービスとして開放している国が多い)
例えば、フィリピンでは非上場企業は上位20名まで、上場企業になると上位100位までの株主を、四半期ごとに開示することが義務付けられる。フィリピン証券取引所のコーポレートガバナンス担当者にその理由を聞くと「少数株主の権利の保護のためです」と即答が得られた。
また、タイでは株主や役員といった直接の企業関係者だけでなく、他のステークホルダーも開示が求められている。例えば監査法人は監査人氏名をタイSECのHPで開示している。資産運用会社についても、ファンドマネージャーの氏名が開示されている。これらは、前者は企業開示と突き合わせることができるし、後者は企業が対話の相手を確認する際に役に立つ。
■アグレッシブな取り組み
通貨危機から15年たち、より新しい取り組みへも意欲的だ。タイSECは、現在「サステナビリティ・デベロップメント」という取り組みを行っており、CGコードのみならず、ESG、GRIやISO26000など様々な異なる活動を統合し、タイ企業の総合的なサステナビリティ向上へつなげるアクションプランのロードマップを描いている。そして、その取り組みの説明資料上、目的として同族支配の解消が先頭に挙げられている。タイSECはこれをアジア全体の問題としてとらえ、他のアセアン諸国の同族経営企業の割合を示し、これを解決していくべきという強い姿勢を示している。
フィリピンではCGコードは120項目あり、企業は自社の取り組みについて説明したCGレポートをSECに提出している。また、その実効性をみるためにもう一つの取り組みがある。フィリピン証券取引所ではCGコードの120項目すべてについてコンプライのチェックボックスと、エクスプレインのサマリーを書くシートを用意している。現在の日本では「ボックスチェッキングだ」と批判されそうな様式だが、フィリピンのCFA協会関係者は「これは、企業によるセルフアセスメントのツールである」と大変評価していた。
CGレポートではナラティブな(文章による)説明がなされているので、内容のチェックをしようとするとおのずと時間がかかる。フィリピンSECでは、更に法定開示書類である年次報告書Form 17-Aにもコーポレートガバナンスの一部の記載を求めているが、MD&Aと並んでナラティブな表現であるため、企業がより力をいれて記載すれば、SECによる内容チェックの負担も大きくなる。SECの負担が大きいと言うことは、投資家にとっても大変だと言える。証券取引所が用意しているセルフアセスメントのシートがあれば対応の全容を知る助けになる、また企業自身も提出前に120項目のうち説明漏れがないか意識しやすい。意図的ではない対応漏れ、あるいは記載漏れの低減効果は期待できるだろう。
■日本企業への示唆
日本でも、CGコードとCG報告書の実効性確保はこれからの課題だ。上記のタイやフィリピンの取り組みはヒントになるのではないだろうか。特に「原則主義」を重視し、一律の細かい開示のひな型を作らなかったことで、各社各様の説明が生まれてくる。良い面もあるが、同時に第三者によるチェックの負担が大きくなり、客観性が担保されにくくなる。このようなセルフアセスメントツールを併せ持つことも、理解を促進する方法ではないか。
また、法定開示書類におけるステークホルダーに関する開示についても、参考とするべきではないだろうか。日本の法定開示書類である有価証券報告書では、一部ガバナンスに関わる情報が開示されてきたが、CGコードの導入にあわせた対応は行われていない。それゆえ、現在も大株主は上位10位、役員報酬は(1億円未満であれば)個別開示を不要とするなど比較的甘い。執行役員の開示もされず、各種委員会の委員長名なども開示を義務付けられてない。
例えば、「この役員はいつから就任しているか」、あるいは「他社の有価証券報告書で報告されていないか?」といったファクトは、一般に過度な兼任や収益との関係の客観的なチェックに用いられる。もちろんガバナンスに力を入れている企業は「XXはXXXなどを歴任し、XXXXにおける経験も豊富で・・」といった説明が充実するので、一律な開示は不要と言う意見もあるかもしれない。しかし企業の説明だけでは、何か問題があって不都合な事実が記載されていない場合、それを見抜くことは難しい。
具体的なファクトを一律に開示させる方法は「ボイラープレートな説明となる」あるいは「ボックスチェッキング的な評価を促す」といった懸念から敬遠されてきた。しかし、導入国の事例から今一度ファクトに関わる開示が十分か見直し、コードにあわせた対応を行うことを考える時期ではないだろうか。
■法定開示書類で開示する重要性
他方、ここ数年企業が作成する書類間の位置づけや役割の重複も議論されてきたが、このCGコードに関する企業の取組みが、取引所に提出するCG報告書だけで良いのか、それも今一度考えたほうが良いのではないだろうか。
英国では、法定開示書類(英国の場合はアニュアルレポート)に、コーポレートガバナンスポリシーの記載が義務付けられている。上記のようにフィリピンでも同様だ。通常、日本の有価証券報告書と同等に位置づけられる法定開示書類は、監査を受け、企業の中でも取締役会で承認される等、記載内容に対する責任が重い(もちろん、それ以外の報告書だから間違いがあっても良いというわけではないが)。
現在、金融庁で「スチュワードシップ・コードとCGコードのフォローアップ会議」が設定されたが、CGコードのコンプライ状況を評価するために必要な情報が開示できるよう、有価証券報告書の記載の見直し、その際には前述のように、ファクトのつきあわせによって企業の情報がわかるような情報開示を強化するといったことも少し検討して欲しいと思う。
数年後には、コードを導入した年から企業がどのような改善を遂げたかを、検証が必要になると思われる。そのために必要な開示の検討は、早急に取組むべきではないだろうか。
三井千絵