(木村祐基)

決算短信様式の自由化が3月期から適用

東京証券取引所(以下、東証)が公表した「決算短信・四半期決算短信の様式に関する自由度の向上のための有価証券上場規定の一部改正」が、2017年3月期決算から適用される。

あらためて今回の改正の要点を整理すると以下の通りである。

  • 決算短信(サマリー情報)について、所定の様式の使用を「義務」から「要請」に変更
  • 決算短信の添付資料のうち、速報性が求められないもの(経営方針)を有価証券報告書に移管する。追加情報の開示は「要請」から「任意」とする。
  • 経営成績等については、「分析的記載」を要請から「概況の記載」を要請に変更。
  • 財務諸表と主な注記については、原則として従来通りの開示を要請。ただし、投資判断を誤らせるおそれがない場合には、決算短信(サマリー情報)開示時点では連結財務諸表を添付しなくてもよいこととし、開示可能となった段階で後から開示することができる。その場合、決算短信公表時には、任意の財務情報を提供する。
  • 決算発表について、監査の完了は不要であることを明確化する。

決算短信のサマリー情報と連結財務諸表は必ず一体として開示されるべきものである

このような「決算短信様式の自由化」について、上場企業の決算発表がどのように変わるのか、あるいは変化はないのか、投資家の関心も高い。なかでも、機関投資家として最も関心が高いのは④の「投資判断を誤らせるおそれがない場合には、決算短信開示時点では連結財務諸表を添付しなくともよい」という点である。

 我々は、「決算短信のサマリー情報と連結財務諸表は必ず一体として開示されるべきものである」ということをあらためて強く主張したい。

 そもそも財務諸表は、「投資判断に重要なもの」だからこそ開示が法定されている。投資家は、単に売上高や利益の数値だけを見て決算数値を評価しているわけではなく、損益計算書や貸借対照表、キャッシュフロー計算書などの財務諸表の全体を分析して評価している。それは、たとえば「10%増益」といっても、粗利益率が改善した結果なのか、販管費や研究開発費を削減した結果なのか、あるいは売掛金や棚卸資産は増えていないのか、必要な引当金や減損が行われているのか等々の内容によって、評価は全く違ってくるからである。したがって、財務諸表が添付されないサマリー情報のみの開示が「投資家の判断を誤らせるおそれがない場合」というのは、およそ考えられないものであろう。

また、企業にとっても、売上高や当期利益等の主要数値が公表できるときには、「財務諸表」も作成できているはずであり、それをあえて遅らせて開示するメリットは考えにくい。

繰り返しになるが、決算短信のサマリー情報と連結財務諸表は必ず一体として開示されるべきものである。

企業の対応の状況

では、実際に上場企業はこの新ルールに、どのように対応しようとしているのだろうか。

宝印刷(株)が実施した「決算短信の見直しに関するアンケート」(2017年3月31日公表)の結果によると、回答企業789社のうち、「サマリー情報と財務諸表本表は同時に提出する」という会社が705社で、「財務諸表本表は準備が整ってから開示する」とした会社は3社だけであった。しかし、「未定」という会社が81社あり、今後サマリー情報のみを先行して開示するという会社が増える可能性があることも否定できない。

監査法人の対応への懸念

この点について、日本公認会計士協会は、東証へのパブコメで、「決算短信による情報開示の意義が速報性にあることに鑑みれば、本来、決算短信の要請はサマリー情報のみで足り、添付書類の要請は不要であると考える」との意見を提出しており、決算の監査にあたる監査法人が企業に対して「決算短信の開示はサマリー情報だけで足りるので、連結財務諸表は後日、監査が確定してから提出すればよいはずです」と示唆する可能性も考えられ、投資家として懸念を感じているところである。

実際、東証の「決算短信・四半期決算短信作成要領等」には、「決算短信の早期化の要請」という項目があり、事業年度末の決算については「遅くとも45日以内に開示を行うことが適当であり、30日以内の開示がより望ましいものと考えられる」と記載されている。

もちろん、決算短信は「監査が不要である」ことを明確にすることになっている。しかし、現実には多くの会社が、決算発表後に、監査の結果決算数値を修正するということにならないように、実質的に監査の終了を待って決算発表を行っている(逆に言えば、決算発表までに監査を終了してもらうように監査法人に依頼している)のが現実であろう。

もともと、今回の決算短信様式の見直しの契機となった金融審議会ディスクロージャーワーキンググループでは、東証の上場規則による決算短信、会社法に基づく事業報告書、金融商品取引法に基づく有価証券報告書と、複数の開示書類で重複している開示内容を整理して、開示の一元化・監査の一元化を進めて、現在非常にタイトなスケジュールとなっている監査日程の余裕度を確保するということも大きなテーマであった。

したがって、監査法人の立場からすると、今回の決算短信の見直しを契機に、「サマリー情報は45日(または30日)以内に公表し、連結財務諸表は、監査の日程を確保して後日発表することにしてはどうか、と会社側と話し合うことも考えられる対応かもしれない。

もしもそのような事情があるのであれば、投資家としては、「速報性」(45日ないし30日以内のサマリー情報のみの開示)にこだわるあまりに不完全な情報が開示されることを望んでいない、むしろ少々開示日程が遅くなっても「必要十分な情報の開示」(決算が固まった段階での連結財務諸表を添付した決算短信の開示)を望んでいる、ということを、再度強調しておきたい。

英米の決算発表日数は日本よりも遅い

なお、経済産業省の調査資料(「持続的成長に向けた企業と投資家の対話促進研究会」基礎資料編)によれば、各国の決算期末から決算発表までの日数は、日本(東証上場企業)が平均37日であるのに対し、米国は大規模会社32.5日、中規模36.9日、小規模57.7日、英国では大規模44.3日、中規模64.3日、小規模103.1日となっている。特に中小規模企業については、日本のような「速報性」が求められているわけではなさそうである。

本質的な問題の議論を望む

但し、これらの諸国では、株主総会の開催日が決算期末から120~160日後となっており、その約2か月前には詳細な法定年次報告書が開示されている。株主は、この報告書に基づいて株主総会への準備を行うことができる。

日本では、有価証券報告書が総会前には開示されておらず、決算短信がその代わりになっているという特殊な環境にある。

政策当局には、今回の決算短信のルール改正について拙速な実施を進めるよりも、これを機に、あらためてこのような本質的な問題について、早急に議論を深めていただくことを要望したい。