(木村祐基)

金融審議会ディスクロージャーワーキンググループ報告書が4月18日に公表された。この報告書については、当ブログでも一度コメントした(4月21日「金融審議会ディスクロージャーWG報告を読んで」)ところであるが、過日、機関投資家やアナリスト、情報ベンダー、研究者など決算短信のユーザーが集まって意見交換会を行った。特に決算短信の簡素化による業務への影響について議論したので、そこでの主な意見を紹介したい。

議論の多くは財務諸表の開示の問題に集中した。株価への影響を懸念する声が強かった。また決算短信は、有価証券報告書が総会の前に提出されないことから、投資家と企業の対話等で重要な役割を担っていることに対する指摘があった。

【主な意見】

1. 決算短信の見直しの方向性について ・東証がルール化している現在の決算短信サマリーの統一フォーム、及び財務諸表等の添付資料が同時に開示されていることは、全ての上場会社の決算情報等が必ず取得できるという点で、投資家にとって非常に有用な制度であり、日本が誇るべきものである。 金融審では、海外の決算リリースが自由な形式であることが指摘されていたが、米国ではかつてSEC委員長がその著書(i)で、企業が会計基準に基づかない独自の「実質利益」といった”都合のよい数字“を発表することで株価が誘導される、といった問題点を指摘していた。

・今回の見直しの方向性のうち、①公表前の監査は不要であることを明確にする、②速報性が求められない項目(例えば経営方針など)については、有価証券報告書に記載することとする、という2点については、ユーザーとしても理解できる。ただし、その場合には、有価証券報告書が株主総会前に提出され、経営方針等を分析して株主総会に向けた「対話」や議決権行使にあたれることが必要である。

・「投資者の投資判断を誤らせる恐れがない場合には、決算短信開示時点では連結財務諸表の開示を行わなくともよいこととする」という点についてはユーザーの懸念が大きい。決算短信(サマリー情報)で売上高や営業利益、自己資本等の主要な数値が開示されているのであれば「財務諸表」が作成できていないはずがなく、その開示を遅らせることが企業にとってどのようなメリットがあるのか疑問である。また、「投資者の投資判断を誤らせる恐れがない場合」を判断するのが投資者ではなく会社自身となるため、会社が「都合の悪い情報」を出さないための言い訳に使う恐れがあるのではないか。

・監査人との意見の相違により、決算の数値が訂正されることについては、適時開示が行われるなら、投資家も理解できる。

・金融審では「アナリストがカバーする上位の企業はみな財務諸表をだすだろう」という意見も出ていたが、数年前に四半期のキャッシュフロー・ステートメントの提出を任意とした時の状況を鑑みると楽観できない。

・金融審WGの議論のなかで、一部の委員の間に、海外諸国では決算リリースは簡単な内容なのに、日本では詳細な開示が要請されており、企業の負担となっているので、内容を削減して「簡素化」することが必要である、といった認識があるように見受けられた。しかし、米国企業や英国企業の決算リリースを一読すればわかるように、米英でも非常に詳細な決算分析資料が開示されており、日本の決算短信の開示が「過大」という認識は当たらないように思われる。

2.株価形成への影響について

・財務諸表と同時開示でなければ、間違った株価形成がなされる恐れがある。在庫状況、引当金、その他財務諸表を見て初めて分かる部分も多い。

・決算短信で発表があればその日の数時間のうちにニュースが配信される。決算短信に正確な情報がなければ市場を惑わすことになると思う。開示に積極的な企業ばかりではないので、ある程度制度で開示をさせないと正確な報道や分析ができなくなる。

・会計方針の変更やセグメント情報などの主な注記については継続されるものと理解しているが、「自由度を高める」との方針によって削減されることがないようにお願いしたい。

・多くのファンドマネジャー、アナリストが、情報ベンダーが提供する財務データを利用している現状を踏まえると、決算発表時にすべての会社の財務諸表が公表されないと、データに「穴があく」ことになり、投資家自身が今問題点を指摘していなくても、結果的には分析に悪影響が生じる。クオンツ分析やインデックスに基づいて運用する投資家にとっては、1社でも欠けると問題である。

3.企業と投資家の対話への影響について

・WG報告書で気になったのは、「投資者と企業との対話を通じ、投資者が必要とする財務情報が適時に提供されるようにすることが望ましい」という部分。スチュワードシップ・コードで継続的な対話が求められているのだから、開示が後退して対話でフォローしろというのは本末転倒だと思う。建設的に対話をさせたいのであれば、基礎的な情報はきちんと制度として開示をさせてほしい。

・日本では有価証券報告書の開示が遅いため、株主総会(議決権行使)前の対話は、決算短信のデータを見て行っている。決算短信が充実していないと、見えないところで対話しろ、ということになる。

〔まとめ〕

(1) 決算短信の見直しについて、特に「投資者の投資判断を誤らせる恐れがない場合には、決算短信開示時点では連結財務諸表の開示を行わなくともよいこととする」という点について、株価形成や「対話」への悪影響などユーザーの懸念が大きく、引き続きユーザーの意見を聞き、慎重な検討をお願いしたい。

(2) 速報性がそれほど求められない項目については有価証券報告書に記載するという見直しについては、考え方は理解できる。しかし、日本では有価証券報告書が株主総会前に開示されておらず、決算短信の情報がその代替になっている。したがって決算短信の情報が簡素化されると、株主総会の議決権行使に向けて、企業と投資家との十分な対話を行うことが妨げられる可能性がある。決算短信の簡素化を行う場合には、有価証券報告書の開示を、少なくとも米英レベルに早期化し、株主総会の1~2か月前には開示されるようにすることも併せて行うことを期待する。

以上

注(i)『ウォール街の大罪』アーサー・レビット著