投函者(三井千絵)
昨年から「コーポレート・セクレタリー」という言葉が、ガバナンス関連で聞かれるようになった。金融庁のコーポレートガバナンス アクション・プログラム2025で、「今後の方向性」としてその言葉が取り上げられたからだ。
その後、様々なコーポレートガバナンスに関する情報サイトで、コーポレート・セクレタリーとは何か、についての記事が見られるようになった。一部のサイトでは「取締役会事務局」と訳されており、コンプライアンスのためとか、投資家との対話の促進の役割といった説明がなされている。金融庁が意図したものは、はたしてそういったものだろうか。
コーポレートガバナンスを支えるそれぞれの環境
日本のコーポレートガバナンス・コードは、10年前に主に英国のコードや取り組みを参考に導入された。英国のコードもその後改定を重ね、その時々の重要な点を反映させながら今日に至っているが、改訂するたびにお互いに参考にする。企業活動も投資家もグローバル化しているので、できれば同じ方向性を持つべきだ。しかしコードは、たとえば監督機能の強化に独立社外取締役のクオリティを高めるといった目指すところは同じでも、その実現には各国の会社法や上場規則、慣習といった環境の差があり、その差分を何らかの形でうめていかないと実効性を高められない。
例えば、日本では従来からの取締役会は執行と監督が分離されていないとか、監査役制度が独特であるといったなかで、同じようにコードが求める独立社外取締役の役割を実現するためには、どのような体制が必要か、といった議論だ。日本企業が開示しているガバナンス体制図は会社ごとにさまざまで、もしかしたらこれを不思議に思う海外の投資家もあるかもしれない。
英国のコードは、英国の会社法が前提となっている。英国の会社法と同じような法・企業統治のしくみは英連邦諸国などで導入されている。これによって各国がコードを入れるときの実務面の取り組みは変わってくる。英国会社法にあり日本にないもののひとつがコーポレート・セクレタリーだ。英国ではこれは会社法に規定される、取締役とか監査委員会とか、取締役会議長等に並んで、責任が明確化した機関である。
英国のコーポレート・セクレタリーの役割
英国では株主総会、取締役会、年次報告書を取り仕切る責任を持つ機関としてコーポレート・セクレタリーが設置される。これを担うことができるのは、専門の資格を持った人間だ。コーポレート・セクレタリーを担う資格は、アナリストや会計士(英国では会計士は国家資格ではない)のように特定の協会に加盟し、教育を受け試験を受けて取得し、継続教育を受ける必要もある。
コーポレート・セクレタリーは当該企業の取締役等にガバナンスの助言も行う。つまり彼らが「コーポレートガバナンスとは何か」「開示の目的は何か」をどれだけ理解しているかは、当該企業のガバナンスのクオリティを高めることになるだろう。 このような制度はコーポレートガバナンス・コードや開示規則を管轄するレギュレーターからすれば、非常に頼りになる。新たなコードや開示規則は、コーポレー・トセクレタリー協会を通じて”必ず”全企業に伝えることができる。更にはその使命が高度であればあるほど、彼らの価値は高まり、コードの要件や開示が大変であっても、きっと簡単には根を上げたり、不満をいったりはしないだろう。
取締役会の有効性(ボード・エフェクティブネス)
英国では会社法もさることながら、コーポレートガバナンス・コードの付属書類であった「ボード・エフェクティブネス」というガイダンスにおいて、議長、CEO、コーポレート・セクレタリー、などが、より良いガバナンスのために何をすべきかが明確に記されていた。(現在は同名のレポートはなくなった)これはコーポレート・セクレタリーの仕事を助けていた。
コーポレート・セクレタリー協会では優れたコーポレート・セクレタリーを表彰するアワードを実施しており、コロナ前のことだったが、ある受賞者にインタビューをしたことがある。彼女は自分の仕事をこんなふうに表現した。
「私は、このガイダンスをプリントし常に机の上に置いてきた。そして私が何をすべきかを意識するようにしてきた」つまり彼らが企業内で、CEOや議長に「あなたの責任はXXですよ」と助言をする際の原点となっていた。背筋を伸ばし「私は取締役会で常にチェアマンとCEOの間に座り、取締役会が執り行われることに全力を尽くしている」と答えてくれた姿に、専門家としての高い自負を感じた。
コーポレート・セクレタリーの制度は、シンガポール、マレーシア、インドなどでも導入されている。オーストラリアやカナダでも同様だ。日本の法体系と似ている台湾は、これまでコーポレート・セクレタリーを制度としてもっていなかったが,2018年にはじまったコ―ポレートガバナンス改革の3カ年ロードマップで、上場ルールとしてコーポレートセクレタリーの設置を求める検討を始めた。
日本での期待
日本企業では、長くガバナンスや投資家・株主と向き合う部署や構成は各社が自由に決めてきた。その結果、IR部があったりなかったり、有報を経理が担当したり、総務が執筆したりと各社各様だった。そういう環境の違いでコーポレート・セクレタリーを制度として導入することを考えるのは、簡単ではないだろう。金融庁はそれでも「今後の方向性」の一つにこれを掲げた。人的資本の重要性が議論される中、ガバナンスの専門家の在り方について議論をするのはよいアイディアだ。
現在コーポレートガバナンス・コードの改定案が議論されており、より原則的なコードにしたいと金融庁は述べている。原則主義的にすることに力をいれるのは、日本のようにガバナンス形態が多様化してしまっている国では、良い試みだとは思う。詳細に記載すれば「それらをクリアすればよい」と考えがちで、それがガバナンスの向上につながっていないと、また新たな「やること」を記載しなければならず、いたちごっこになる。コードが求める達成すべき結果だけに言及すれば、そういった「言い逃れ防止」ができるという期待がある一方で、誰かが適用の質を厳しく評価できなければ、それぞれの解釈によりルーズになるという危惧もある。
つまり機能させるためには、コードが求めることを正確に理解し、評価できる機能が必要だ。コーポレート・セクレタリーのような位置付けが各社にあれば、それは達成しやすいかもしれない。
もちろん冒頭に書いた「金融庁が意図したコーポレート・セクレタリー」については、英国と同じようなもの、というわけではないかもしれない。日本ではまず取締役会事務局だったり、コンプライアンスだったりするのかもしれない。それでも誰か企業の中で、外部の組織で教育を受けた専門家を置くというのは一歩前進だろう。また他国の制度をよく知ってみることも、改善へのアイディアを探るきかっけになるだろう

