投函者(三井千絵)

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政策保有株(持ち合い株)が閉ざすものは・・・

データ改ざんのカルチャーと持ち合い株

グローバルな資産運用会社GMOは2月14日、13年間投資をしてきた豊田自動織機について、昨今指摘されているデータ改ざん等ガバナンス問題についてエンゲージメント/提言をおこなったことを、自身のクライアントに対し説明するレターを公開した。レターの中でGMOは、トヨタグループ・関連会社による持ち合い株から“ヒエラルキー”が生まれ、受託者として問題解決に消極的なメンタリティーを産み、非現実的な要求にも抵抗できず、結果的に今回のような事件につながったと述べている。GMOは引き続きクライアントに変わって豊田自動織機に対し、政策保合株(持ち合い株)解消やコーポーレートガバナンスとあわせてアイデンティティとカルチャーの再構築を求めていく、と述べている。豊田自動織機はフォークリフトや自動車用エアコンなどで世界的にもトップクラスの企業であり、投資先として大変魅力的であるのに、コーポレートガバナンスの問題によって資産価値より低い時価総額に甘んじている、と分析。日野自動車やダイハツと同様、これはトヨタグループ全体のガバナンス問題なのだと主張している。

 

ここでいうガバナンス問題とは「統治」の在り方で、社外役員が何人とか、取締役実効性評価をどのように行うかといったコードが求める項目の個別の成否ではない(もちろんこれらもガバナンスを改善する手段として重要だ)。企業価値(=株主価値)最大化のためには、全てのステークホルダーの利益を考慮した統治が不可欠だ。データをごまかせば一時的には良く見えても、最終的には企業価値の毀損となる。しかしこのようなことを防ぐには、一人一人の従業員(あるいはサプライヤー)の問題を理解し、解決しようとするモチベーションを高める必要がある。GMOはそのレターの最後に、豊田自動織機とトヨタ自動車の取締役会は、全てのステークホルダーの利益になるようガバナンスが機能する必要がある、ということを認識するべきだ、と訴えている。そしてそのために提案したアクションの一つが、持ち合い株の解消となっている。

 

保険料カルテルと持ち合い株

保険料を事前に調整していた問題で、昨年末損害保険大手4社は金融庁から業務改善命令を受け取った。最終的に親会社を含め4社合計149名もの役員が処分を受けた。その中の一社である東京海上HDはTCFDが始まった当初よりリーダーシップをとっており、今年も統合報告書をみると気候変動への取り組みについては、詳細な開示を行われている。気候変動に起因するとみられる様々な事象として降水量の変化、ハリケーン、森林火災、熱波、豪雨などをあげ、降水量の変化、水害、崖崩れなどの自然災害、それらに伴う地価の変動など様々な事業に及ぼす影響を挙げ、戦略を記している。東京海上以外の大手損保も、最近は同様に気候変動への対応だけでなくサステナビリティの課題全体に対し、ガバナンスも含めて詳細の開示を行っている。それなのにカルテルといったことが起きてしまうのか。

 

ところが2月上旬より金融庁が損保会社に政策保有株(持ち合い株)の売却を求めていることが報じられると、損保4社の株価は急上昇した。業務改善命令が出た企業の株価が急騰するとはどういうことか。

持ち合い株をしている間は、株主が問題があると意見しても、相互の保有によって互いに許しあう、と投資家は考える。結果的に低収益事業は温存され、競争力を意識しないような対応が行われ、保険料を事前調整するカルテルを生んだ、と金融庁は分析したのかもしれない。そして保ち合いをしている企業との間にも、市場原理を反映させた保険料率の設定を阻んでいたかもしれない。いみじくも損保大手の統合報告書に記載された通り、さっこんの自然災害が急増している状況では、それは損害保険のサステナビリティを損なうかもしれない。それら諸々の考えから投資家はこの対応を歓迎したのかもしれない。

 

良い「ガバナンス」はすべてに優先する

今年は政府が力をいれているためか、2023年度の統合報告書では突然「人的資本」にページを割く企業が登場し、人材教育やタウンボールミーティングの導入、ジョブ型給与などのキーワードが飛び交っている。しかし「ガバナンス」がしっかりしていない企業が人的資本に力を入れても、それは果たしてあるべき方向に生かせるものだろうか。確かに一部では人材育成が成功していても、部署間でヒエラルキーやモチベーションを阻害するような給料格差が生まれたりしていないだろうか。本来競争力を持つ社員がいても、それを無にする業界慣行が残っていないだろうか。

 

今年もまた株主総会のシーズンが近づいてくる。様々なサステナビリティの課題はあるが、今こそ機関投資家は、投資先企業のガバナンスに注目しエンゲージメントを行って欲しいと思う。良いガバナンスがもたらされれ、適切な人材が経営を担えば、そのほかのサステナビリティの課題は、遠からず解決するだろうから。