投函者(三井千絵)
2016年11月、英国FRCは、スチュワードシップ・コードの受け入れを表明し、FRCのホームページ上に名前が掲載されていた302団体について、スチュワードシップ・コードの実施状況を調査し、分類した結果を発表した。
Tieringと呼ばれるこの措置は、その約1年前、2016年1月に発表されたFRCのプロジェクトの一つ。コードにサインをした各社が本当にスチュワードシップ・コードを適切に実施しているかどうかをFRCで調査し、そのクオリティに応じてレベル分けするというものだ。
2015年の秋ごろ、コードにサインをした団体が300を超え、ロンドンの投資家、特にアセット・マネージャーの一部に不満が広がり始めていた。
「明らかにサインだけして、何もやっていない投資家もいる。スチュワードシップ・コードにきちんと対応していることをアセット・オーナーに示したいのに」
「本当にコードにコンプライしているのかを厳しく問うとか、FRCは何らかの対応をしてくれないのだろうか」
従ってTieringのプロジェクトが発表された時、喜んだ投資家も少なくない。FRCは調査の方法として「エビデンスを重んじる」といい、コードが求めている要件について何らかの対応をしているかどうかを調べ、対応していればTier1、してないところはTier2と分類し、FRCのHP上で一覧化すること、またいきなりHP上で公表するのではなく、一度各団体にFRCの見解を通知し、話合いの機会をもつことを発表した。
当初の調査は6月~7月頃までと予定されていた。次第にFRCからレターを貰った投資家同士で話題になりはじめた。「あんな甘い調査では誰もがT1になる!」と不満をこぼす人もあれば、ガバナンス担当者でも「FRCから突然レターがきた」と驚くケースもあった。
FRCとも何度も議論してきたある関連団体の、スチュワードシップ・コード担当者は次のように語った。「FRCはどうやら、運用会社に対しては最初1割ぐらいしかT1としないつもりのようだ。そしてちゃんと問題点を対応してきたところを、T2からT1にひきあげ、最終的には2,3割をT1にするようだ。ただそれくらい厳しいから、海外の運用会社、特に日本の運用会社にはT1は無理だろう」・・・日系の運用会社は、何か違うところがあるのだろうか?
FRCは7月にすぐTiering結果を発表することはせず、運用会社の対応を待って11月に最終的な分類を発表した。この発表段階でサインの数は既に250ほどに減っており、計画時になかったT3というのが設けられていたが、これらは一定の期間ののち、スチュワードシップへのコンプライを向上させられない、ということでリストから取り下げられた。そして日本の運用会社の子会社らしい名前としては、T2に野村アセットマネジメントの英国子会社の名前がみられるのみになった。
それから1年後の2017年12月5日、FRCではCGコードの改定に合わせてスチュワードシップ・コードのイニシャル・コンサルテーションが発表された。このタイミングでまた英国の運用会社にインタビューを行った際、野村アセットマネジメントの現地子会社にもヒアリングをお願いした。いつの間にか野村アセットはT1になっていたからだ。どのような努力をしてこの1年間でT1になったのか、その体験を聞いてみることにした。
ファンドマネージャーT氏は、頑固そうな英国人でインタビューの冒頭で「おめでとうございます。最近T1に昇格されましたね」というと、「いや、あれは最初からT1で、FRCの調査不足だったそうです。ある日先方連絡があったのです」と興味なさそうに語った。「正直、T1になることは難しいことではないです(当たり前のことをやっているだけです)」
「そうですか?ある関係者の方は、外国の運用会社には難しいだろうと言っていましたが・・・」「バカな。何を言っているんだ。私はここでもう10年も運用している」
そして自分たちの運用方針について語った。5年ぐらい前からESGも含めたいくつかの評価軸を用い、企業を評価している。役員報酬についてはROICに注目している。今ESGのKPIを導入しそれで経営者を評価している企業があるが、自分は報酬はROICで評価する。それとは別に、もちろん各社のガバナンス、そして環境とソーシャルを別々に評価する。このデータが数年分蓄積されてきた。四半期ごとにResponsible investment reportとしてHPで公表しているから見て欲しい、と述べた。
帰国後に探してみたが、なかなかHPで見つからない。しかも少し検索していると、いつの間にか日本のグループの親会社のHPにいることがある。直接URLを教えて貰ってやっとたどり着くことができた。ティア2のティア1との違いは、基本的に要件は満たしているが透明性や報告の欠如がある場合だ。FRCが「最初からT1だった」と連絡してきたのであれば、これらのレポート類を当初見落としたのかもしれない。少なくとも英国では、自社が対応したことは強くアピールしたほうが良いし、HPのデザインはグローバルに分かりやすいよう、他社と似せたり、資料にたどり着きやすく工夫にも一考の価値があるだろう。
Tieringが始まる少し前、UKではアセット・オーナーが集まって、アセット・マネージャーがオーナーに運用報告する際のレポートのフレームワークを作成した。アセット・オーナーが別々に運用会社に報告を求めることはお互いコストになるので、報告して欲しい要件をアセット・オーナー側でまとめようという取り組みだ。その為かUKのアセット・マネージャーのレポートは良くも悪くもお互い似てきている。みな議決権行使やエンゲージメントの時の重要なケースを数件ピックアップして記載している。
野村アセットロンドンの報告書はそれらと少し違って見える。社名を伏せ、自らの評価を項目ごとに一覧化しており、それらをRatingと呼んでいる。レポートは2冊あり、もう一冊には投資方針等が書かれているが冒頭には19世紀の哲学者が引用されていた。T氏のアクティブ運用では保有銘柄は少ない。レポートには25社程度が数頁にわたって記載されていて、いずれも簡潔だった。
運用には様々な方法があり、様々なレポートがある。フレーム通りのレポートばかりであればいざ知らず、それらを評価していくのは、FRCにとってもさぞ大変だっただろう。しかもこういったレポートの収集もさぞ骨が折れただろう。
FRCへのインタビュー時に、Tieringの今後についても聞いてみると、「あれはもうやらない」と即答だった。「欧州シェアホールダーダイレクティブをうけ、イギリスでも年金基金にスチュワードシップ・コードの義務化が行われる。そうなると、またサインをする団体の数は膨れ上がる。我々にはそれほどのリソースはない」とのことだ。
野村アセットマネジメント・ロンドンを“日系の運用会社”と呼ぶべきかどうかはさておき、(そういう考え方は日本人的と反省するべきかもしれない)日本語の名前のついた運用会社が、T1になったことは純粋に良かったと思う。FRCも真摯にチェックをしてくれて、日本人としてありがたく思う。ただ我々はブラックロックやアバディーンを特定の国の会社としてみることはあまりないと思う。運用会社が世界各地に拠点をおけば、特にPRIやスチュワードシップ活動、議決権行使基準などは通常グローバルな基準になる。“日系”の運用会社も同じで、ロンドンでも他のアジア諸国でも同様にグローバルな運用会社として地元のレギュレーターに見られている(と思いたい)。気持としては、どんどんそのような運用会社が日本から出てきて欲しい。