投函者(三井千絵)
完全に国境を解放したベトナム
日本が1日のコロナ感染者数でついに世界一になった7月末、ベトナム行きの飛行機に搭乗していた。ベトナムは5月15日より、それまでベトナム入国者に求めていたコロナウイルスの検査要件を一時的に停止し、陰性証明もワクチン接種証明もなく入国できるようにした。それに先立ち3月15日、日本など13カ国を対象にビザ免除措置も再開しており、つまりは日本人にとっては、かつてのように飛行機を予約しパスポートをもって空港にいけば、国内便と同様まったく普通に訪問できるようになったということだ。そして、それは本当にそうだった。
6月にパリに行った時は搭乗券をもらうために、欧州の入国条件であるワクチン3回接種の証明書(なければ72時間以内のPCR陰性証明など)やEUの渡航者サイトへの事前登録などを示す必要があったが、2年半前のようにチェックイン・カウンターでパスポートをみせると実にあっさりと搭乗券が発券された。
渡越の理由は、知人が14年前にベトナムで起業したリサーチ・コンサルタントの会社の社員旅行に参加させてもらうことだ。2日目の研修で少しだけスピーチをした。ベトナムは、戦争や国営企業が中心だった時代が90年代の中頃まで続いていたこと、そして今は経済が成長中であることから、会社も人も若く、”社員旅行”というのはベトナム企業の中でわりと一般的だそうだ。(日本企業の特徴なのかと思っていた)特に知人の会社では2年間のコロナで、直接会えないうちに新規採用した社員も少なくなく、合宿で「チームビルディング」を、ハノイから車で1時間程度の湖畔のビラを借り切り、大型バスを借りて従業員とその家族、過去にやめた社員などにも声をかけて社員旅行を実施した。
ベトナムのESG
外は素晴らしい湖にカヤックなどが浮かんでいるが、部屋の中に静かに座ったベトナムの若者たち(ほとんどが20代前半)を前に、筆者はコ―ポレートガバナンスや気候変動などESG、また企業開示について、1時間ほど話をした。この会社では、30%から50%の顧客はベトナム進出を検討している日本企業で、顧客や調査先にはSMEが多いそうだ。社長からは「IFRSとか難しすぎるかも」と言われていた。それでも”ESG”はさすがに聞いたことがあるだろうし、環境、人権については取り組みもあるだろうと思って話し始めたが、実際は2年間ベトナムを留守にした日本人社長より、現地の若い社員のこれらに対する関心は高かった。特にSDGsやサステナビリティについての意識はかなり浸透しているようにみえた。
ベトナムでは、コ―ポレートガバナンスコードへの取り組みは2016年から行われており、2019年に導入された。取締役会の1/3には独立社外取締役が求められているようだ。ベトナムはそのため2020年にOCEDと地元レギュレーターとの共催で毎年開催されている”Asia Corporate Governance Round-Table”の開催国になる予定だった。しかしコロナで開催は延期された。若い社員は他国のガバナンスコードが上場企業だけかどうか等を知りたがった。(ベトナムでは非上場でも従業員100人を超える企業に適用されている)またサステナビリティレポートも、ガバナンスコードで推奨されている。私が一言話すたびに、質問や意見が飛び出し、途中で「みなさん、社長さんよりずっと詳しいですね」と苦笑させられた。
資源もあり農産物・海産物を出荷し、部品工場なども誘致しているベトナムでは、多くの企業が海外の上場企業のサプライチェーンに組み込まれている。「非上場企業や小さな企業でも、環境や人権など配慮していかなければ、サプライヤーとして認められなくなる。みなさんがアドバイスする企業もますます、自国だけでなくEUや世界の動向に合わせていく必要があるだろう」と述べると、真剣な眼差しを感じた。
その翌日、市内のモールでベトナム国産のEVカーやバイクが展示されている様子をみた。すでにEVのバスもよく走っているようだ。(石油が取れる国なのに)思えばニュースではなんとなく聞いていても、目の当たりにすると驚く。2年半も国内に篭り感覚が鈍ってしまったのではないかと不安を感じた。
日本は大丈夫か?
そんなベトナムは今コロナ新規感染を1日1500人程度に抑え、観光やビジネスへの来訪者を無条件で受け入れ始めている。街中ではハノイ市内を楽しむヨーロッパ系の観光客をよく見かけた。日本では100年に一回の感染症といった見方をしているが、東南アジアではなんらかの感染症が少なくとも10年に一度は起きている。社員旅行中、「チームビルディング」と称したイベントで、チーム対抗の椅子取りゲームやスプーンリレーに興じる若者たちの様子は、元気な大学生の合宿のようだった。日本の若者は大丈夫だろうか。困難があっても今こそ海外からの来訪者を無条件で受け入れ、諸外国と一緒にコロナ下の経済活動を強力に再開させなければならないのではないか、と強く感じた。