ーー今こそ試されるマネジメントの力量ーー

投函者(三井千絵)

 

オーストラリア会計基準評議会のFAQ

オーストラリア会計基準評議会(AASB)は、コロナウイルス感染の拡大から予想される財務報告とその監査に向けて、重要な考慮事項や影響についてFAQを発表した。13頁からなるFAQには、冒頭から「すべての財務諸表作成者、および監査人はコロナウイルスの影響を考慮する必要があります」とはっきりと宣言し、これらが旅行業界や教育産業だけでなく、サプライチェーンやグローバルエコノミーにもたらす不確実性が、すべての産業にこれまで遭遇したことのないリスクをもたらすかもしれない、結果としてすべての企業が影響を受け、それは財務諸表にインパクトを与える、と述べている。
そして企業の取締役、企業の中でコーポレート・ガバナンスに責任を持つ担当部署(Company secretaryなど)、CEO、CFOは来る決算において、財務諸表作成の初期の段階でコロナウイルスの影響をしっかりと議論し評価することが重要だと訴えている。
FAQは続けて、Key considerationsとして、企業側が評価すべきこと(影響など)、監査人が留意すること(ガバナンス責任者が適切なリスク評価手続きを実行しているか、渡航制限などにより監査手続きの実施に潜在的な監査範囲の制約が起きているかなど)をまとめ、判断のためのフローチャートを提供している。このフローチャーでは、財務諸表作成者側の対応について、判断フローチャートの最初の入り口は「実際に財務諸表に影響のあるなしに関わらず、コロナウイルス感染拡大が事業に大きな影響をあたえると合理的に予想していて、そのリスクが投資家の決定に影響を与えるか?」となっている。
つまり影響の有無ではなく、投資家が影響を合理的に予想することが考えられたら、説明をするべきである、という姿勢にたっている。

 

リスク評価のプロセス

FAQは続けて、それぞれのフローチャートの問いごとに、取るべき次の対応を財務諸表作成者と監査人それぞれについて、細かく解説をしている。まず財務諸表作成者側の対応として、前章の問いについてYESであれば(投資家が影響を予想していれば)次の問は、「財務的な影響があるか?」になる。Noであれば(投資家が影響を予想していると思われなければ)「ビジネスへの重要な影響はあるか?」だ。そして財務諸表に影響が予想される場合はそれを開示し、予想されない場合も自らの仮定を開示するようFAQは求めている。
次にこれらのプロセスにおいて監査人側がやるべきこととして、職業的懐疑心を発揮し、リスクを特定し、コロナウイルスの影響がリスク評価に組み込まれているかどうか、発生するビジネスリスクの重要性をどのように評価したのかを経営者等と話し合う必要がある、と述べている。またそのビジネスが影響をうける地域や取引関係なども評価に影響を与える可能性があると、助言している。
財務上のインパクトについては、財務諸表作成者には「どのようなタイプのインパクトがあり得るか」を分析するように求め、監査人には「どうやって監査すべきか」について説明している。そして、もしコロナウイルスが重大な影響を与える場合は、どのような開示が必要かを財務諸表作成者に説明し、監査人にどのような監査手続きが適切であるかを解説している。続けて後発事象、Going Concernの判断、開示と続く。レポートの最後には、ジョイントベンチャーや子会社・持ち分法適用会社から情報が取得できない場合についても触れられている。

 

経営者、監査人の責任

日本では70%の上場企業が決算期末を迎え、有価証券報告書の作成に入る。事業に対する影響を評価し、そのリスクを特定し財務諸表に与える影響を分析することは、ここ数年高まってきた気候変動からうけるリスク、事業や財務諸表への影響を開示する難しさをはるかに凌駕するかもしれない。
しかし、市場の不確実性を少しでも低減するには、まずはマネジメントが事業への影響をとらえることが第一歩であり、リスクやその対処を取締役会で議論し、監査人とともに、クオリティの高い報告を行うことが、重要だ。

このAASBのFAQは日本企業にもそのまま活用できる。財務諸表作成者だけではなく、企業取締役は一読するべきだろう。
コロナウイルスの拡大を止めるための努力が行われる一方で、我々にできることは事業の不確実性によるリスクを少しでも減らすことだろう。各社ともリモートによる業務や、様々な制約がある中ではあるものの、ここが各社マネジメントや監査人の力量の見せ所と言えるかもしれない。