投函者(三井千絵)
ボードを2/3に縮小
2021年から、国際サステナビリティ開示基準を策定しているIFRS財団は、2025年6月3日から5日までミラノで開催された評議員会(トラスティのミーティング)の後、次のような発表を行った
「2024年度年次報告書で強調されているように、IFRS財団は事業運営の戦略的かつ包括的な見直しを開始した。(中略)管理体制と報告ラインを簡素化し、財団および理事会全体の運営上の意思決定を合理化した」そして「財団全体の資源の効率的かつ効果的な活用を確保するため、運営コストの見直しを行い、評議員会はガバナンスおよびスタッフ関連の運営コストの削減を承認し、2つの理事会(IASB、ISSB)の運営コストを削減する計画を策定した。(中略)理事の任期満了に伴い、2028年末までに各理事会を14名から10名へと段階的に移行することを目指している」
なんと、まだS1、S2しか開発を完了していない段階で、IFRS財団はサステナビリティ開示に係るコストの削減が求められているようだ。続けて「新たな最高開発責任者(CDO)の下で収益創出プログラムを強化する計画を発表した」と書かれている。財団が資金繰りに苦労しているという認識は、投資家団体を含む世界のステークホルダーにあっただろうか。
IFRS財団の理事は、監督的役割に徹した社外によって構成される米国型取締役ではなく、いわゆる執行役員だ。(評議員がいわゆる”監督”機能を持っている)それを1/3にも及ぶ8名を減らすとなると、普通の企業であれば事業も2/3に縮小させると考えるだろう。これは驚くべきことだ。特にISSBは、今でも開発の速度が速いとは思えないというのが、大方のコンセンサスだろう。
IFRS財団の収益
2024年年次報告書をみると、確かに160万ポンドの赤字が発生したようだが、前年は黒字だ。とはいえ、レポートを読み進めると、ここのところの人件費や様々なコスト上昇、米国のタリフなどが将来の見通しを暗くしているようだ。
IFRS財団の収入は67,574,000ポンド。支出の大半は人件費で51,341,000ポンドだ。うちボードの人件費(給与と関連諸費用)はIASBが8,455,000ポンド、ISSBが6,697,000ポンド。合計8人減らすとボードだけでも500万ポンド(現在の為替で10億円)ほど節約できるということだろうか。ボードを減らすことによってプロジェクトも減らすのであれば、スタッフも減らせるだろう。まずは今年の赤字が今後毎年同じぐらいのペースで増え続けると、2028年にはこれぐらいコストを削減したい、ということなのかもしれない。
さて、こうしてコストを削減したとして、今後のIASB/ISSBの活動はどうなるのだろうか。
ISSBは最近TNFDとMOUを結んだ。全てを自ら開発するのではなく、他で開発される基準を取り込んでいくのであれば、人員を減らしてもやっていけるのだろうか。これから収益改善プログラムをたちあげるということだが、基準開発が収益を増やす道は限られている。現在の収入の内訳はContributed revenueといういわゆる各国からの拠出金が40,997,000ポンド、基準に関する教材などを作成する監査法人などに課金するロイヤリティ、カンファレンス、講演、教育といったIP収入が26,577,000ポンドだ。後者は開発する基準が減ったり、直接適用国がなければ理論的には減ってしまう。人員削減時にこの収入を増やすことは、普通は考えにくい。IFRS財団は収入と求められる役割のバランスをどのように考えているのか、この2024年のアニュアルレポートからは問題意識は読み取れても、改善に向けた見通しは明確に感じられない。
市場が支えられるコスト最適なあり方
ボード削減の決定はこのミラノのトラスティミーティングで行われたのだと思われるが、その議事録はとてもあっさりしている。様々なアジェンダの中でそれと思しきものとして「トラスティ戦略委員会」で「コスト削減のための組織変更について分析した」とあるだけだ。どのような議論でボードの1/3を削減する決定をしたのだろうか。
ISSBには、これまで多くの投資家や投資家団体が意見を送ってきたが、この団体の経営状況とそのサステナビリティを、はたして我々は投資先企業をみるがごとくに真剣に見てきただろうか。IFRS財団は民間団体で、取り組みにかかるリソースやコストは調達しなければならない。IFRSと異なりISSBは多くの国が自国でも自国版を開発している。そこにかけたコストをIFRS財団に寄せてその財政を支えたほうが、資本市場全体でみた時合理的なのではないか。
政府組織でないために、財政の問題を自ら解決しなければならないグローバルの基準設定主体は、IFRS財団だけではない。IAASBもIEASBも、同じような経営体制だ。ほかは大丈夫なのだろうか。グローバル市場が基準開発を支えられるコストは、どれくらいが適切なのか。そのサステナビリティのためにはどのような体制が望ましいのか。IFRS財団はどの事業を削減しようとしているのか、逆にどうやって収入を増やそうとしているのか、投資家団体をはじめとしたステークホルダーはしっかり注目しなければならないのではないだろうか。
今回の決定は発表当時あまり話題にならなかった。ステークホルダーの中には「そもそも14人は多かった。決定のスピードアップにちょうど良い」という声も聞かれた。しかしIASBはこの体制で20年以上運営されている。14人が本当に多すぎるならなぜ今なのか。IFRS財団と各国のレギュレーターや基準設定主体で、どのようにコストや開発を分担するのが最適なのか、投資家をはじめとしたステークホルダーには、あるべき論だけではなく、総合的なサステナビリティを考える責任もあるだろう。

