投函者(三井千絵)
昨年12月の金融審議会ディスクロージャーWG(以下、DWG)では、長い議論の末第一四半期、第三四半期の四半期報告書(金融庁EDINETで提出/閲覧する開示書類)を、それぞれ取引所に提出している四半期決算短信(東証TDnetで提出/閲覧する開示書類)に一本化という方向性が打ち出された。四半期報告書の提出は金商法で定められているため、改正には国会決議が必要となり、現時点(2023年2月末)では決定ではない。ディスクロージャーWGではこれが開示の後退とならないよう、四半期決算短信の内容拡充を示唆しているが、同時に決算短信自体の簡素化を求める声もある。四半期に関わる議論はまだまだつきないだろう。
開示の後退を避けるため決算短信を拡充するということは、この2つの書類は現在同じではないということだが、その差異は見かけより複雑だ。そしてその問題の多くは、機関投資家やアナリストより、これらの書類の情報をもとにニュースやデータベースサービスを提供している金融情報サービス(例:ブームバーグ、Quick、東洋経済など。以下、情報ベンダー)が直面している。
TDnetとXBRL
昨今機関投資家やアナリストなど情報の”エンドユーザー“で、TDnet本体を直接見たことがない人は多いのではないだろうか。企業の決算説明会では決算短信も提示されるが、決算説明会用のスライドと共にHPにも置かれていることが多い。しかし同時にエンドユーザーの誰もが、何らかの形で情報ベンダーによる決算ニュースや、財務データベースに頼っていることだろう。東証の決算発表は、ピーク時には1日に何百社も集中する。それでも滞りなく決算ニュースが配信され、データベースが更新されるのを可能としているのは、このTDnetである。
昔は決算発表の時、各社の担当者は書類を東証に提出すると同時に、東証に設置された記者クラブにも配達していた。1998年に東証はこれをシステム化し、決算短信を電子的に提出し報道各社に同時配信することを可能とした。これがTDnetだ。財務諸表は各社各様だが、全社同一書式のサマリー情報は、そのままデータベースに入力しやすく、比較可能性を高めた。そしてその部分だけ、当初からデータで提供された。最初はcsvファイル(カンマ区切りでデータが格納されたファイル)で、レイアウト通りにデータが並んでいた。各社システム開発を行い、決算が発表されると自動でデータベースを更新できるようにした。こうして何百件発表されても、対応できるようになっていった。
2008年東証はシステム更改を行い、このcsvファイルを、金融庁のEDINETとあわせてXBRL(<売上高>といった情報の意味を表すタグを挿入する書式)ファイルに置き換えた。提出企業や利用する情報ベンダー(或いは自前のデータベースをもつ金融機関)の開発コストなどが考慮され、EDINETとTDnetは同じ形式(XBRLとそのタクソノミというタグの定義ファイル)を採用した。そしてまず短信が発表された段階でデータを収録し、のちに有価証券報告書(または四半期報告書)が提出されるとデータベースを上書きするという処理を、多くの情報ベンダーが導入した。
別々の道を歩み始めた両システム
それから15年たった。TDnetとEDINETはそれぞれシステム更改を重ね、今は完全に同じとはいえない。2013年、EDINETはそれまで財務諸表本表のみをXBRLファイルで提出を求めていたが(それ以外はHTML)、注記やセグメント情報、テキスト部分もXBRLの書式に変更した。しかしこの年TDnetは同じようには対応しなかった。どの書類もEDINETに提出するほうがコンテンツは多く、XBRLファイルから特定の情報をデータでとりだすことが比較的容易にできる。一方TDnetでは、一部の情報以外は各社が別々にコンパイルしたPDF書式で受け付けている。これはデータとして取り出すことにあまり向いておらず、情報ベンダーではデータの取り出しに失敗することがある。
株式市場では、情報、特に決算情報は公開されたら一秒の遅れもなく公平にエンドユーザーに届く必要がある。情報ベンダーは発表企業数が最大になるピーク時でも、遅延なく情報が提供できるようコストをかけてシステム開発をする。両方に記載された情報は、基本はTDnetで配信されたタイミングで収録しなければならない。様々な方式で間違いを見つけて修正し、データをきれいにしたのち、最後にEDINETに提出された情報でデータベースを上書きし、安心をする・・・そんな対応をしているところが多い。
取引所と法定開示で別々の書式のファイルを提出させられている国は日本だけではない。多くの国で取引所にはサマリーのような比較しやすい特定のデータを開示するシステムがあり、法定開示としては別途重厚なシステムがある。例えば英国では、取引所のほか証券法の定める年次報告書の提出と、別途会社法に基づいた年次報告書の提出がある。それぞれ目的が異なるため、システムも同じではない。取引所やレギュレーターが、国内の複数のシステム間で“XBRLのタクソノミをどうやって揃えるか・・・”と悩んでいるケースも珍しくない。それでも一つ言えることは、どの国でも少しでも状況を改善させようと、たゆまぬ努力が続けられているということだ。
東証の取り組み 「ディスクロージャーのデジタル化」
今後四半期報告書のみで開示されている情報を、四半期短信で拡充する検討が行われることは大変ありがたいが、それでもシステム的にはどう変わるのか・・・という問題を情報ベンダーは抱えている。これは「しょせん情報ベンダーの問題」では済まされない。ニュースやデータベースを通してエンドユーザーにもインパクトがあり、かかったコストは最終的には“情報利用料”として市場全体で背負うことになるからだ。
TDnetがEDINETと異なりPDFの提出を受け付けてきたのには、その開示の性質の違いがある。決算短信はスピードが重視され、株価に影響を与える余地が大きく、企業もより解り易く伝えたいと考える。それでも、そのためにデータの取り出しがうまくいかなければ、正確なニュースにならなかったり、最終的には当該企業の損となる。株式会社日本取引所グループの子会社であるJPX総研では、2021年から決算短信を、PDFよりデータとして取り出しやすいHTML(XBRLではない)で配信することで利便性がどれだけ向上するか検証を行う共同実験をおこなっている。他にも2022年には、情報のデジタル化の価値に対する理解を浸透させるための教育活動(2022年12月開催「ディスクロージャーのデジタル化と投資家との対話促進」オンラインセミナー)も行った。これらの活動を経て、2022年12月の時点では「関係各社からフィードバックをいただき、本実証実験の効果について検証し、恒久的な対応について検討いたします」とそのホームページで発表している。
この共同実験もあり、四半期報告書の情報をTDnetの拡充で補う場合、その書式については3つの可能性がある。PDFのままか、EDINETと同じXBRLとするか、第三の道としてHTMLにするかだ。しかしどの方式になっても、東証がそれを利用者との対話によって進めるのであれば、意義深い。
開示システムはどのようにあるべきか
ある情報ベンダーの担当者は「いつかTDnetも併せてくれると期待してXBRLでデータを取得するシステム開発をしてきたが、このままHTML方式のTDnetに集約されれば、活用されないまま終わるのだろうか・・・」と肩を落とす。しかしそれぞれのシステムは、それぞれの開示書類がこれまでになっていた目的の違いや、歴史的背景も抱えており、また情報ベンダー側だけでなく、提出者側のシステムにも影響を与えていて、なかなかすっきりとした形にはならないだろう。
それでもこの機会に、これらの市場のシステム間で、最終的にデータはどのようにあるべきか、全体を見通した議論を行うことはできないだろうか。株式市場にとって、決算情報がタイムリーに正確に、そしてすべてのエンドユーザーに公平に届けられることは何よりも重要だ。従ってこの市場をささえるシステムやインターフェースについても、関係者間でしっかりとした議論を行う価値があるだろう。四半期の一本化をめぐり、東証にはぜひその船頭役を期待したい。