投函者(三井千絵)
ほぼ1年間、企業会計基準諮問会議で議論を重ねてきたのれんの会計処理の見直しについては、ついに3月13日に開催された企業会計基準諮問会議で、パブリックコメントの実施となった。
グローバル基準と異なるのれんの会計処理
日本の会計基準は、これまでIFRSなど国際基準との差異を解消してきたが、いまだ大きな違いがある。のれんの会計処理だ。のれんはM&Aの際に、買収額が対象企業の純資産(時価)を上回った部分で、買収によって将来それだけの価値がでるとみこんでつけた値段、あるいは買収先企業のBSに現れていない無形資産を示す価値として理解されている。これをIFRSや米国基準では償却しない無形資産として計上し、日本基準では定期償却する。IFRSも米国基準も以前は償却をしていたが議論の末に変更された。そのため海外でも、償却をするべきという考え方は今でもある。
日本ではIFRS適用企業が上場市場、業種を問わず混在し、国内企業同士を比較しても、異なる会計処理が混在した状態となっている。20年ぐらい前、日本企業がめったにM&Aを行わなかった頃はさほど影響はなかったかもしれない。しかし現在は多くの企業が積極的にM&Aを行うようになった。これはコーポレートガバナンスコードが、資本コストを意識し、事業ポートフォリオの見直し、成長のストーリーを企業に求めてきたことも一因だ。その結果日本企業は、少なからずのれんを抱え、会計基準が異なる企業同士の比較を難しくしている。
企業会計諮問会議での議論
昨年、スタートアップ企業からのれんの償却がM&Aをやりにくくすると見直しの要請がでると、企業会計諮問会議ではこの会計処理の見直しの要否をめぐり議論をはじめた。6月には内閣府からもそれをフォローするという閣議決定がなされ、7月には経済同友会他12団体、スタートアップ有志、企業経営者有志138名からのれんの非償却の要請が行われた。この時の要請には具体的な改訂案も含まれた。非償却の選択制、また償却費の区分変更だ。これは投資家から見ればさらに会計処理を企業ごとに細分化させ比較可能性を劣化させる。それから半年、企業会計諮問会議は毎月公聴会を行った。8回にわたって開催された公聴会では、様々な関係者が発言をおこなってきたが、さらなる意見を集めるためにパブリックコンサルテーションを行うことになった。
様々な意見を聞いたといっても、公開された公聴会で招集された人々の一覧をみると、いわゆる財務諸表利用者はほとんどいない。実際機関投資家が会計基準について意見をすることは、簡単ではない。
投資家の意見
筆者が委員をしている、グローバルで19万人の会員を有するCFA協会の企業開示指針委員会(Corporate Reporting Policy Council)は、開示に関するパブコメに応答するなど投資家の意見をまとめ発信しているが、2007年に「A Comprehensive Business Reporting Model」というレポートを発行した。これは投資家が企業を評価する際どのように行い、そのために財務諸表にどのような情報が開示されて欲しいかについてまとめたものだ。いわゆるアナリストが当期の業績を分析するときのものではなく、投資の判断をする際、将来キャッシュフローを見積もりその現在価値を評価するという視点となっており、当時の会計関係者にとっては新しい考え方だったようだ。とはいえ、このレポートが発行されたのは米国基準やIFRSがすでにのれんの償却をやめたあとで、少なくとも「DCFでは償却は足し戻して評価する」といったことも、十分に会計基準設定主体側に共有された状況と思われる。当時の執筆メンバーはこの時を振り返り「投資家にとって会計士と議論するのは(用語が合わず)とても大変だった」と漏らしていた。
世界中の会計基準設定主体は「財務諸表は投資家のためにあり、投資家の意見が反映されるべき」とはいうが、いざ議論となると、会計について投資家の知識で意見を伝えるのはいずれの国でも簡単ではないようだ。
IASBの投資家に近づく努力
筆者は2014年から2020までIFRSタクソノミ諮問委員会の委員をさせていただき、IASBの基準開発に関わる姿勢に触れる機会を得た。鮮明に覚えているのはある委員会で、冒頭IASBの理事が「こんにち、投資家の企業評価において財務諸表が果たす役割が減っている」という問題意識を共有したことだった。のれんとなればまだBSに金額がのるが、企業に将来の収益をもたらす源泉である無形資産の多くは財務諸表に現れない。無形資産を表現することを目指して開示基準の開発をはじめたIIRCには、いく人もIFRSの関係者や会計の専門家が関わった。そしてIASBでも無形資産の扱いについて、どんなに難しいとわかっていても何度もアジェンダとして検討をしている。
IASBの問題意識は「企業評価に使われなければ財務報告の意味はあるのか」ということだと、当時筆者は理解した。
パブコメに回答しよう!
企業会計諮問会議事務局は、今回パブコメに進むにあたってのれんの非償却の導入について「表現の忠実性やコスト・ベネフィットの観点でのれんの償却を上回る状況にないと考えられる」という分析を示したと報じられている。そのため意見を送っても、結果は変わらないように聞こえるかもしれない。「決まった基準に従って、処理をするので基準はなんでもかまわない」と考える人もいるだろうと思う。財務諸表外の情報を活用し、財務諸表でも引かれた償却を足し戻して利用する。ルールがわかっていればやりようはある。それでも他国どころか国内でも会計処理が異なった状況で、市場の発展のためによい訳がない。
パブコメは、3月末決算企業の決算期そして株主総会の前の繁忙期にやってくる。なかなか大変な時期ではあるが、それでも投資家はこの機会に声をあげるべきではないか。それも市場に対する責任をはたすことにつながるといえるだろう。

