投函者(三井千絵)

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東南アジアのトランジッションが日本を凌駕する日も近い?

 

ADB(Asian Development Bank(アジア開発銀行))は、1月29日から31日、タイの首都バンコクで、地元金融当局と共催で第39回ABMI ASEAN+3 Bond Market Forumを開催した。ABMIとはAsian Bond Markets Initiativeの略で、2003年の第6回ASEAN+3財務大臣会議で合意された「アジアにおいて効率的で流動性の高い債券市場を育成し、アジアにおける貯蓄をアジアに対する投資へと活用できるようにする」ことを目的としたものだ。このイニシアチブの元、2010年からASEAN+3域内のクロスボーダー債券取引を促進することを目的として、ASEAN+3 Bond Market Forumを開催するようになった。それから13年、年3回開催しているため、既に39回もの開催を数えている。このフォーラムでは域内のプロ投資家向け債券市場への上場プロセスの共通化を目的に、ASEAN+3債券共通発行フレームワーク(AMBIF)を進め、2015年9月にはAMBIFに基づく一号債券が発行された。

この会合でご縁がありパネルと講演を行った。本稿ではその時の様子をお伝えする。時節柄、フォーラムの議論の多くは「トランジション・ファイナンス」一色となった。

 

タイのプログレス

1日目の午前中は、まずはホスト国のお披露目ということで、タイの証券監督当局SECから、サステナブルと呼ばれる債券(Green/Social/Sustainability GSS bondとSustainability-linked bond SLBなど)が2018年からどのように増えてきているか、タクソノミ開発や外部レビューの整備(行動規範の導入)、サステナビリティ開示、そしてESGデータプラットフォームの構築といった、金融市場全体で取り組まれている項目が紹介された。続いてタイ証券取引所(SET)からは、そのESGデータプラットフォームについて詳細が説明された。SETは開示のためのESGメトリクスを提供し、企業の開示情報を、データプラットフォームに集め、それをもとに金融市場がGSSボンドやSLBを発行できるようにする、またSETでもこれらのデータをもとにESGレーティングを行ったり、ESG indexを提供するという計画について述べた。最後にボンドマーケット協会からいくつかの発行事例と、協会が提供しているボンド情報のプラットフォームを紹介した。

続けて主にタイのサステナビリティ開示についてのパネルディスカッションが行われ、筆者もここにパネリストとして登壇した(筆者の役割は日本からの視点のinputだった)。パネリストはSECのサステナビリティ開示の担当者、GRIからGRIとISSBが昨年末から取り組んでいる「サステナビリティ・イノベーションラボ」というプロジェクトの担当者、アユタヤ銀行のTCFDレポート担当者であった。GRIは、多くの企業は開示基準が引き続き複数存在するのかどうか心配をしているだろうが、GRIとISSBではコンテンツについて今後協力していくと述べた。この地域でも、すでに先進的開示を行なっている企業はGRIを多く採用しているようだ。

 

スコープ3開示への挑戦

午後の最初のパネルは、東南アジアで展開しているスコープ3の収集・計算のためのツールベンダーによるパネルディスカッションだった。日本のベンチャー企業で、東南アジアで展開しているところもパネリストとして登壇し、導入事例などを話した。パネリストの一人は、サプライヤーのデータを集めるために、サプライヤーが別のツールを導入していても、ツール間でインタフェースを合わせ、合算には問題がないようにしていくといったことを強調した。工業製品の部品やパームオイルなど、東南アジアでは日本企業のサプライヤーになっている企業も多く、それらの間で「自社の顧客のための排出量の提供」に対する意識が向上しているかを感じさせた。

1日目の最後は、ASEANタクソノミだ。ASEANタクソノミとASEAN各国の国別タクソノミには、アンバー(琥珀色)という概念がある。これは主に、グリーンとはいえないが脱炭素を頑張っているケースに用いる分類といわれている。EUタクソノミが最初に用いたが、タクソノミができた時からあったわけではない。EUタクソノミが登場しグリーンファイナンスに用いられるようになったのち、これだけだと既にグリーンな産業に資金が集中してしまうため、グリーンになる途上についても扱わなければトランジションは進まないという声が高まり、新しく生まれたものだ。ASEANタクソノミでは発電の場合は、「グリーン」はLifecycle GHG 排出量が100gCo2 e/kWhまで、「アンバー」は100gから425gまで、輸送なら「グリーン」は28gまで、「アンバー」なら65gまでといった形だ。そしてASEANトランジッションファイナンス・ガイドラインを紹介し、ASEAN各国一緒に脱炭素を進めていこう、といった話をした。続けて日本の金融庁は、トランジションのために策定したトランジッション・ロードマップ(パスウエイ)について紹介した。金融庁は「アンバー」という考え方と「パスウエイ」という考え方を対比させたが、筆者には会場側はそれらを本質的に違いはなく、同じことを目指すものだと受け止めているように感じた。

一日目の最後のセッションはNature Solutions Finance Hub (NSFH) for Asia and the Pacificという活動についてADBからの発表だった。東南アジアとしては生物多様性問題は当事者にあたる。NSFHの活動としては、食品や農業、漁業、森林、水に関する事業、観光産業などをあげ、情報提供や、分析、地域ごとのインパクト、特殊なファイナンスストラクチャーについてのプロジェクト、リスク軽減のためのファンドの検討などが紹介された。

 

アジアの市場

2日目の最初のセッションは、Credit Guarantee and Investment FacilityというASEAN+3のすべての加盟国から出資を行い、ASEAN+3域内の企業が発行する社債に保証を供与する信託基金の活動についてであった。ここ直近で新たに保証をあたえたファンドを紹介し、いくつかの国境をまたいだ社債発行のケースが紹介された。ここでも今はサステナブル・ファイナンスが議論の中心だった。“サステナブル”と言える事業を選び、グリーン/サステナブル・フレームワークの開発を行い、外部認証に関わる整備を行うといったタスクフォースだ。ADBが力をいれてきた現地通貨建債券市場の発展の状況を“inched up(ジリジリと増加)”という表現を用いながら説明、ここのところ政府債だけでなく社債が健闘している、という点をハイライトした。2日目の午後は、アジアの市場全体のデジタル化のチャレンジについてで、主にデータ、あるいは取引のインターフェースの標準化の議論であった。カンファレンス3日目には、アジア各国のトランジションファイナンスをささえる認証機関のワークショップも行われた。ここで次から次へと事例を紹介する各国の認証機関をみて、筆者は既にこれだけのケースがあるのかと驚きを覚えた。

 

日本への期待

そして3日目の午後は、地元タイの取締役協会(IOD)とADBによるイベントで、会員企業のCFOを中心とした取締役が200名ほど参加するなか「サステナビリティ開示」について議論を行った。ここでも筆者はパネルに参加したが、参加者の多くが注目していたのは、パネルの前に行われたトヨタの講演だったようだ。Toyota’s Carbon Neutrality Direction and TCFD Disclosure Practicesと題して、トヨタアジアリージョナルヘッドクオーターの副社長が講演を行った。タイIODのこの日のイベントの目標は、タイ企業の取締役にTCFD開示に意欲を持ってもらいたい、というものだった。それは投資家がどうというより、グローバル企業のサプライヤーが多いため、”自分の排出量は誰かのスコープ3”であり、しっかり開示をしていかないとサプライチェーンから外されるリスクがある・・・といった危機感を持って欲しいという意図があったそうだ。会場を埋め尽くし、トヨタの話を聞く取締役たちの顔つきは真剣そのものだった。

筆者のパネルでは、モデレータから「日本企業はTCFD開示について先駆者だ。秘訣は何ですか?」と問われ苦笑してしまった。このままではアジア各国の勢いは日本を凌駕し、我々こそ取り残されるのではないか。しかし筆者が呼んでいただいた理由は、皆がいまだに「日本を目指せ」と思ってくれているからだ。日本は官民力をあわせて、アジアのリーダーとして行動していくべきではないか、と強く感じた。