投函者(三井千絵)

2026-01-26 10.12.50

豊富な石油・天然ガスがあっても再エネ(@ウズベキスタン)

最近日本市場では、株と債券が同時に悪くなる。市場をみていると、まるでジェットコースターに乗っているようで酔いそうになる。ブリックレイヤーの楠本氏がカーボンクレジット/排出権で運用しようと考えたのは「株にも債券にも連動しないアセットクラス」を求めたからだ。更に「いずれ日本でもこれらを取引する市場が必要となる。その日に向けて先に経験を積もう」というのが、この運用をはじめた理由だったそうだ。

 

株債券に連動しないアセットクラス

2019年に創業したブリックレイヤーの主な顧客は、国内の年金基金、財団法人、事業法人である。こうした顧客の資産を長期的に守り、価値を高めていくために、どのような運用が必要かを考えたとき、「リーマンショックのような大規模な金融危機では、どれだけ工夫をしても多くの資産が同時に下落し、損失が拡大してしまうという現実がある」という想いに辿り着いた。そこで既存の株式や債券と連動しにくい資産で運用する必要があると考え、カーボンクレジットや排出権取引に着目した。

現在、ブリックレイヤーは、カリフォルニア州のコンプライアンス・カーボン(法定制度に基づき排出量の上限を定めた排出量取引)を中核とし、北米東部や欧州の排出権市場にも投資を行っている。これらの市場はいずれも法制度に裏付けられた強制力のある需要を持ち、金融市場とは異なる価格形成メカニズムを有している点が特徴だ。

日本は世界で5番目に多い温室効果ガス排出国であるにもかかわらず、これまで排出権取引はGXリーグにおけるボランタリークレジット取引にとどまってきた。しかし、2026年度からは排出量取引制度に基づく本格的な市場、いわゆるコンプライアンス・カーボン市場が始まる予定であり、楠本氏は、この市場が将来的に世界でも有数の規模に成長すると期待している。

排出量削減に向けて、排出枠が法定制度として定められ、目標を達成できない企業は必ず排出枠を購入しなければならない仕組みになると、排出枠の総量が毎年削減されるにつれて、企業の脱炭素コストは上昇し、それに伴って排出枠の市場価格も上昇しやすくなる。さらに、日本の制度では、政府が排出枠の下限価格を設定し、その下限を毎年「物価上昇率+3%」で引き上げていくことが議論されている。

制度の初期段階では、企業に無償で排出枠が配分されるため、排出枠が余剰となる局面も想定される。その場合、市場価格は下限価格近辺で取引される可能性が高いが、それでも下限価格自体が毎年インフレに連動して上昇するため、年率で物価上昇率+3%程度のリターンが期待できる構造となれば、排出枠はインフレ連動国債に近い性質を持つ資産だと楠本氏は感じている。

そして、制度が途中で大きく揺らぐことなく継続すれば、排出量の上限は年々引き下げられていくため、理論的には排出枠の市場価格は中長期的に上昇していく。鉄鋼や化学などの高排出産業が技術的・経済的に排出量を十分に削減できない場合、排出枠が不足し、需給の引き締まりによって価格がさらに上昇する可能性もある。

このように、排出権市場は、短期的な価格変動はあり得るものの、法制度に支えられた強制需要と供給制約を背景に、中長期では安定した下支えと上昇余地の両方を持つ資産として位置づけることができる。

 

トランプショック

  逆にリスクもある。排出枠市場は、制度によって設計・保護された市場であるがゆえに、政策や政治の影響を受けやすい。そのため、投資にあたっては、需給や価格動向だけでなく、政策動向や政治情勢を継続的に調査・監視することが不可欠となる。

トランプ政権発足から約1年が経過し、米国ではバイデン政権下で導入された脱炭素関連の税制優遇や補助金が、次々と打ち切られてきた。また、トランプ氏は就任後、各州が独自に運営する環境政策、とりわけカリフォルニア州の排出権取引制度を強く批判しており、「連邦政府が州法を違憲、あるいは連邦法に基づき無効と主張する可能性」が高まったとの見方も広がった。

実際に、連邦政府が一部の州の環境政策を対象に訴訟を起こした例もある。しかし、現時点(2026年1月)では、カリフォルニア州、ワシントン州、米国北東部12州(RGGI)の排出権制度に実質的な影響は生じていない。州が運営する排出権制度そのものを無効化する訴訟において、連邦政府が勝訴する可能性は低く、法的ハードルは極めて高いと考えられている。過去を振り返っても、2019年に連邦政府がカリフォルニア州の排出権制度を巡って訴訟を起こしたが、この際も連邦政府は敗訴している。こうした前例から見ても、連邦政府による法的チャレンジが制度を根本から覆す可能性は限定的である、と楠本氏はみている。

それでも、市場には排出枠という資産特性を十分に理解していないアセットマネージャーも存在し、こうした政治関連のニュースが流れるたびに、短期的なリスク回避として売却が先行することがあるそうだ。先物取引も存在するため、売りが売りを呼び、価格下落やボラティリティの上昇につながりやすく、足元では市場環境が不安定になる局面も見られるそうだ。

しかし排出枠は事業会社にとって毎年必ず購入しなければならないコンプライアンス資産であり、この点が中長期的な価値を支えている。楠本氏は、「短期的な価格変動はあっても、構造的には中長期で価値は上昇していく」と見ている。具体的には、現在の水準で排出枠を購入し、約4年間保有した場合、最低でも年率6〜7%程度のリターンが期待できると考えている。さらに、2027年以降は、事業会社の排出枠需要が政府による供給量を大幅に上回る局面に入ると見られており、需給の引き締まりを背景に、中長期では年間30%を超えるような大きなアップサイドリターンも見込めると楠本氏は予想している。

 

日本の排出量取引市場の動き

 2026年度以降国内でも排出権取引制度がスタートし、年間排出量が10万トン以上の企業の参加は義務付けられる。そして2028年度からは、化石燃料の利用に対し「化石燃料賦課金」も導入される。日本でも、これまでのGXーETSでは排出企業だけでなく金融機関も売買できていたただめ、今後ブリックレイヤーは日本でも運用も可能となると期待している。ただ、日本の場合は、最初は排出権を無償で割り当てるので、しばらくは排出権の売買は活性化しないのではないか、というのが楠本氏のみかただ。

日本は2024年からGX-CT債を発行し、GX-ETFなどカーボンプライスをもってその償還原資を当てる計画になっている。つまりは徐々にこの排出権の価格をあげていく必要がある。

楠本氏は、日本の排出枠取引市場について、制度の初期段階においては排出枠価格がインフレ連動債に近い安定した動きを示すと予想している。GX-ETSの立ち上がり期には、企業へのフリーアロケーション(無償配分)が中心となり、排出枠が相対的に余剰となる局面も想定されるが、価格フロアの存在により、排出枠は一定の価値を保ちつつ推移する。その後、制度が本格稼働し、企業へのフリーアロケーションが段階的に縮小され、オークション(有償販売)が導入される2030年以降には、市場構造が大きく変化すると考えている。この段階では、日本国内の企業に加え、ブリックレイヤーのような国内ファンドのみならず、海外の投資ファンドの参入も進み、排出枠の売買は一段と活発化することが見込まれる。これにより、排出枠を投資対象とするファンド運用も、より流動性の高い市場環境のもとで本格的に行えるようになると期待している。

「先進国の排出枠取引市場の中で、日本は欧州に次ぐ規模に成長する可能性があり、市場の透明性と流動性が高まれば、単に脱炭素の実現に貢献するだけでなく、新たなイノベーションの創出を促すことにもつながる。また、排出枠市場の発展は、日本政府が掲げる「金融立国」の実現に向けても重要な役割を果たすと考えられ、日本の金融市場全体の魅力向上に大きく寄与することが期待される」と、楠本氏は考えている。

 

東南アジアとのJCMへの期待

カーボン市場のもう一つの商品はカーボンクレジットだ。楠本氏は「日本の温室効果ガス削減について、2030年までの目標は主に電力分野などを中心に達成可能だろう。しかしそれ以降については、削減余地が限られ、追加的な削減は容易ではなく、コストも大きく上昇する局面に入る」と指摘する。

「製造業など排出量が多く、かつ削減コストが高い企業にとっては、自社による脱炭素投資と排出枠の購入だけに依存する場合、製造コストに占める炭素コストの上昇が大きな負担となり、製品価格への転嫁を余儀なくされる可能性がある。こうしたコスト上昇を補完する手段として、カーボンクレジットの活用が重要な役割を果たす。さらに、カーボンクレジットを活用した事業から得られる収入は、事業会社が進める脱炭素プロジェクトの採算性を高める効果がある。日本においても今後、カーボンクレジットを用いたオフセット取引が本格化し、売買が活発になるだろう。そして国内に限らず、海外においてGX排出枠価格よりも低コストでカーボンクレジットを創出できる環境が整えば、企業にとってカーボンクレジットを購入するインセンティブは一段と高まる」というのが楠本氏の考えだ。

政府はJCM(Joint Crediting Mechanism)制度を通じたカーボンクレジットの創出を推進しており、2030年までに累計1億トンのクレジット創出を目標としている。これは現時点では遠く及ばない目標だ。ブリックレイヤーはそこにも目を向けて、アフリカにおけるJCM制度の可能性に着目し、タンザニアにおけるJCMプロジェクトへの取り組みを開始し、日本と新興国を結ぶ新たな脱炭素資金循環モデルの構築を目指している。一方日本のJCMが他国と比べて十分に魅力的な制度といえるか、懸念も抱いている。

「日本では、国内企業への負担を抑える観点から、GX排出枠価格の上限を比較的低い水準に設定する可能性が指摘されている。仮にそのような価格制約が強く働けば、日本は国際的なクレジット獲得競争において、価格面で他国に買い負けてしまう可能性が高まる。これは、JCMを通じたクレジット創出・獲得のスピードや規模に直接的な影響を与えかねない。また今後は、EUにおけるオフセット制度の導入もある。EU市場では、日本が想定する価格水準よりもはるかに高い価格でクレジットが取引される余地があり、EUでオフセット制度が本格的に始まれば、世界的な需要はさらに強まると考えられる。このような環境下では、日本が価格や制度設計の面で慎重姿勢を取り過ぎた場合、国際的なクレジット市場の成長から取り残されるリスクも否定できない」楠本氏は、日本政府にはJCMの国際的な競争力を維持・強化する観点から、価格政策、制度の柔軟性、クレジット品質と量のバランスについて、迅速かつ戦略的な対応を行ってほしいと強く思っている。

 

先週はダボス会議で耳を疑うようなことが連日報じられているが、世界はまだ脱炭素でも産業でも金融でもしっかり繋がっている。

日本のカーボンクレジット/排出量市場においても、排出量削減だけではなく、日本市場の魅力をいかに高め、金融との協調による市場拡大のためにか、アセットマネージャーの声を反映させた議論が行われるべきではないだろうか。