投函者(三井千絵)
サステナブル・ファイナンス4年目の夏
オリンピックが開幕し東京は日に日に暑くなっているが、サステナブル・ファイナンスの議論もますます熱くなっている。EUが最初にコンサルテーションを行ったのは2018年。気候変動対応のための長期投資を阻害しないようIFRS9号(金融資産の公正価値)の基準を修正して適用する提案に、世界中が驚かされた。(コンサルテーションで70%の反対を受け保留)しかし“Co2削減に貢献する事業の定義”をまとめたEUタクソノミは、今世界でこの議論のリーダーシップを取り、気候変動だけに留まらず7月に第2弾“ソーシャル・タクソノミ”の議論が始まった。人権やガバナンスについての基準が記載されており、EUでサステナブル・ファイナンスの議論を続けるために設置された “プラットフォーム”(様々な関係者からなる会議体)は、それまでの議論のまとめを7月12日に発表し8月末まで意見募集を行っている。
あるアジア株に投資する日本人ファンドマネージャーは「議論のモデルがEUの企業になっており、自分の投資先のアジア企業に当てはまるのか・・・」と不安を感じている。これまでのタクソノミの議論でも、脱炭素の様々なアプローチの中で、日本企業が力を入れているものが取り上げられず、それがEUの投資家を通して日本企業にどう影響するか不安視する声もあった。それに多くの日本企業はすでに欧州で事業を行い直接的な影響もあり、議論に積極的に参加していくべきといった意見もあった。
そして4年たった今、日本の投資家や企業、関連団体、関連省庁も、サステナブル・ファイナンスについてその動きを追いかけ、国内で議論を行ない、EUのパブコメに回答してきている。「後ろからついていくのではなく、日本も先頭に回って最初に意見を投げかけ、世界の議論をリードしたい・・・」と、こぼす関係者も時折見かける。
日本が議論の先頭に立つには?
EUタクソノミの議論が始まってから、よく国内の関係者から「脱炭素化には、様々なパスがあるのに、EUの産業に有利な手法ばかり取り上げられていて、日本の事情が反映しないのは全体にとっても良くない」といった声も聞かれた。しかし仮に政治的な意図がなくとも、議論に参加するメンバーが既知の情報が議論のベースとなり、その他の視点をカバーしきれないことはあるだろう。悪気がなくてもパブコメで寄せられる数百件のコメントを全てうまくは反映できないかもしれない。とはいえ、それにただ文句を言えば「地球温暖化に後ろ向き」と指をさされ、国内で別途タクソノミを作れば「国内だけで甘い基準を作っている」と揶揄されるだろう。後からついていく身は確かに辛い。
それでも日本企業の対応・技術のほうが優れていて、世界でリーダーシップを取るべきなものもあるはずだ。EUが作った枠組みの“モノマネ”ではあるが、夏休みであることもあり少し妄想してみよう。たとえばまだ誰もやっていないもの、ゴミ問題についてのタクソノミを作ろう!とリーダーシップをとってみてはどうだろうか?
なぜゴミか?というと、特にこの環境投資の関係者から「ESGだ、サステナビリティだというが、パリなんかに行くと分別ゴミ捨てもちゃんとできていなかったりする。日本の環境対策についてとやかく言われたくない!」というぼやきを聞くことが多いからだ。確かに街角に限定すれば、日本ではペットボトル、缶、燃えるゴミと分別し、自宅でもプラスチック・リサイクルマークに従って分類している。家電はお金を払って処分してもらい、AO機器についてはさらに厳しい。あまりに大変で裏山に投げ込んでいる人もいるかもしれないが、最近は物を買う時、筆者の場合「これを処分する時面倒だろうな・・・」と思うことが無駄遣いの抑止力にすらなる。
クリーン・タクソノミで世界を救え
個人がゴミを完璧に分類しなければ捨てられないのは、消費の抑止力になる危険がある・・・それでは回収の対応を販売した企業に求めれば、それは逆にいえば、収益、企業価値に貢献するだろうか?
先日自宅で使っていた液晶ディスプレイが壊れ、「ああ、面倒だ・・買うときは簡単なのに」とぼやきながら処分方法をネットで調べたところ、処分の申し込みのサイトがあり、製造番号などを入力すると「PCリサイクルマーク」という処分する時無料で引き取ってもられる権利がついている製品であったことが判明した。申し込むと着払いの宅配便用ラベルが送付されてきた。梱包して送り出し、一安心した。
販売した時から製造した企業があらかじめ引き取る前提になっていれば、消費者の負担は減るだろう。回収時から分類している方が処分のコストも全体的に抑制できるだろう。この引き取りコストは収益を減らすかもしれないが、対応が周知されれば売り上げを伸ばすかもしれない。企業価値にも反映し、社会にもインパクトとなる。日本ではAO機は法律が助けているが自主的に回収を発表する企業もある。もし回収の取り組みを評価する“クリーン・タクソノミ”などがあったらどうだろう?
製品ごとに、回収・リサイクル方法をタクソノミ化し、実施している企業をタクソノミエリジブルと呼ぶ。責任ある投資家であれば、ポートフォリオの50%以上はタクソノミエリジブルな企業に投資すべきだ・・・という声をあげていく。すると、きちんとリサイクルしている企業を一定以上ポートフォリオに入れなければならなくなり、もし日本企業が他国の企業よりうまくできていれば、きっと投資対象としてひっぱりだこになるだろう。
リサイクルのありかたの議論に・・・
そうすると、コンサルテーションでは世界中からコメントレターが寄せられるかもしれない。欧州では「日本企業にとってはこの処分方法は一律に法律だから価格に乗せやすいが、我々にはコストとなる。ここはなんとしても、タクソノミの定義に意見しなければ」と立ち上がるグループがあるかもしれない。逆に「このようなやり方はリサイクルとは呼ばない、CO2が出て環境負荷があがる。別のやり方も定義に入れるべき」といった提言も出てくるかもしれない。これまでいいと思っていたやり方が、実はあまりよくないと気がつかされるかもしれない。あるいはこちらも近隣国とタグを組んで頑張ることになるかもしれない。もう廃プラスチックをアジアに持ち込まないでください、輸出してリサイクルをしたと言うのは間違いです、と言う声があがり、廃棄の仕方をモニターしようということになるかもしれない。ゴミが多く出る製造工程をサプライヤーに押し付けているかもしれないから、ゴミ版の“スコープ3”の開示が必要になるかもしれない・・・特定の国同士がゴミでは揉めているかもしれない。コメントレター全ての対応できなくて「日本は政治的に決めている!」と叱られるかもしれない。そうして、実は先頭を走り、世界の議論をまとめることはそれはそれで大変なんだ・・・と痛切に感じるかもしれない。
それでも議論の先頭にたつことには、きっと学びも多いだろう。これからヨーロッパがソーシャル・タクソノミに向かうなら、日本で”クリーン・タクソノミ”に取り組んで、世界をゴミ問題から救うリーダーシップをとってみるのはどうだろうか?・・・連日の暑さの中、そんなことをぼんやり考えている・・・。