投函者(三井千絵)
叩かれるESG投信
12月19日、金融庁はESG投信の監督指針案を公表、1月27日まで意見を募集した。この監督指針は欧州のSFDR(投資家のESG開示規則)の施行や米国のESGファンドの命名規則や開示規則案などが提示されるなか、兼ねてから注目されていた日本での当局のESG投信に対する対応ということで、短いコンサルテーション中に非常に注目が集まった。1月10日、日本CFA協会は金融庁による改訂案の解説のウェビナーを開催したが、その中で司会者は「今日は年初の連休明けにも関わらず大変多くの参加が得られた」と述べた。
今回の監督指針案が注目された遠因は半年前の2022年6月に発表された資産運用業高度化プログレスレポートまで遡る。毎年一度発行されるこのレポートは2022年、その一部に“ESG投信の監督上の期待”が掲載された。ESGを名乗る投信に対し当局が期待することとしてESG 要素をどのように特定・評価しているのか、エンゲージメントや議決権行使をどのように行っているのかといった点、またその開示についてESGを殊更強調することによって投資家に誤解をあたえていないかといった点が挙げられた。その後ブルームバーグは10月28日、レポート公開後新規設定された投信で“ESG”と名のつくものがみられなくなったと報じた。
2022年は資産運用会社が”ESG“を避けはじめたかのように見える。日本だけではない。同じくブルンバーグは12月8日に、SFDR9条を名乗るファンドが新規ではほぼゼロになったと報じた。ESGだと名乗ると虚偽や誇張が行われていないか、開示を厳しく監視されると運用会社が尻込みをしている、と記事は分析している。米国でもESG開示に不適切な、虚偽な表現があったと制裁金を課されるケースが発生するようになった。
金融庁の監督指針
そのような中金融庁が発表した今回の監督指針は次のような構成になっている。まずは監督する対象、ESG投信について指針は “「ESGを投資対象選定の主要な要素」としており、かつそれを目論見書のファンドの目的・特色に記載しているもの”と記した。EUのSFDRのようなラベリングはない。そしてこれに当てはまらないものが“ESG、SDGs、グリーン、脱炭素、インパクト、サステナブルなど一般に顧客が ESG 投信だと期待する名前をつけることで誤認を招いていないか”監督する。この部分に反応を示したESG関係者は少なくなかった。”主要な“の定義に当てはまらなければESGではないということか・・・と心配をしたようだ。しかし監督指針は監督上の定義を言っているだけであり、たとえば全ての投資先企業のESGの要素を考慮しているが普通にパフォーマンスをみているような、いわゆる”ESGインテグレーション“投資を否定しているものではない、と金融庁は前述のウェビナーで説明している。またESG投信というものに一定の定義を示したことは歓迎されることだろう。しかし多くの投資家等関係者が当惑するのは、結局ESG投資というのは、社会あるいは当局にとって奨励されるべきことなのか、疑われるべきことなのか、という点だろう。
少ない日本のESG投信
前述の日本CFA協会のウェビナーで、パネリストの一人はこう語った。「かつて運用業界はSRIファンドなどに取り組んだが余り広がらなかった。その理由は”インテグレーション”(運用パフォーマンスへのリンク)ができていたからだ」ESGという言葉が生まれた頃は、ESGの要素を考慮する目的はリスクを最小化することであり、それはすなわち将来の収益のためであった。いつの間にかESGを重視するときは運用パフォーマンスを犠牲にしても構わない・・・という考え方が広まった。今回の監督指針上では”ESGを投資対象選定の主要な要素”としているものが”ESG投信”だと言っている。確かに、気候や社会の将来を考えた投資をして欲しいという思いは個人投資家にもあるだろう。しかし子供たちの将来や老後のために投資を行うのであれば「パフォーマンスは二の次でいい」と本当に言えるのだろうか。そのうえ現在日本では、ESGを名乗る投信はEUや米国などと比べてまだまだ少なく、全体の数%だ。このような中で仮にESGへの考慮を誇張したとして、個人投資家がそれを進んで購入するだろうか。
パブコメに寄せられたコメント
グローバルな運用会社のESGアナリストK氏は、数人の資産運用会社の知人と今回の改訂案について話し合い、共同でコメントを送った。今回の問題はESG投信が何かではない。販売会社が「ESG投信だから良い」というような販売をすることだ、とK氏らは考えている。
投信のグリーンウオッシュが問題視されているが、その疑いはさまざまな理由で発生する。まず運用者が運用方針に掲げたESGの考慮ができないケース。これは正しいデータが取得できなかったとか、判断を誤ったとか、はじめから無理な方針であったといったことが挙げられる。しかし初めからESGの考慮をする気がなかったのにそのように顧客に説明した・・・ということであれば、これは虚偽開示、あるいは不適切なセールスであり、運用者が関与しないところで起きている場合もある。そこでK氏らは「“ESG投信だから良い”という単純な販売が行われないよう監督することを求める」というコメントを送った。それであればその投資方針を”ESG的”に誇張する必要もなくなる。販売者側は運用方針を理解し、顧客のニーズを理解して販売にあたばよい。
もう一点、投信を購入する個人にも「ESGとは何か」という知識が必要だ。先のウェビナーでもパネリストの一人は「ESGの考慮はもともと長期投資のためにあった。長期に投資をする場合、財務諸表だけでは判断できないことがありESGの要素をみるようになったのだ」と述べたが、10年ほど前ESGは長期投資の重視と共に注目され始めた。だから個人はESG投信を嗜好するのであれば長期投資の意味を理解する必要がある。そういった投資教育の必要性は最近さまざまなところで議論に上がっているが、K氏らはもう一点、当局にも個人投資家の教育にも力を入れて欲しいとコメントした。
求められるのは個人投資家の判断力の向上
金融庁が今回の監督指針を改定するのはグリーンウオッシュの防止だと言われているが、それはつまり個人投資家の保護のためだろう。それにはまず、金融庁は個人投資家にどのような投資を望むべきか、どのような投信を選ぶべきかか考える力をつける場をもっと提供していくことではないだろうか。もっとも効き目があるのは買い手の判断力を高めることだ。それをなくして開示だけでより良いESG投資を奨励するには無理がある。
ESGがなぜ重要か、考えるような教育機会は販売側にとっても必要だろう。社会にとってより良いESG投資が重要であるならば、今回の取り組みを監督指針の強化だけで終わらせず、金融庁も関連機関も多角的な取り組みを行う必要があるだろう。